私はH県K市に向かって車を走らせていた。
助手席には石本が乗っている。彼は思っていた以上に良く喋る男だった。
「で、その時僕がそれに気付いたんですよ、グフフ」
「ふーん」
「で、その部品を僕と友達で一ミリ単位でそーっと置いたら、それが上手くいっちゃったんですよ、グフ、うふふふふ」
「それは凄いねぇ」
「グフフフ、自分でもあれは本当に上手くやったと思うんですよ、グフフ」
「ああ、そう…」
車を運転していて最も苦痛なのは、眠くなることだ。次に苦痛なのは、趣味じゃない音楽と、どうでも良い話を聞かされる事だ。
どうでもいい話をする人間は、自分のしている話が相手にとって有益か無益かを気にしない者が多い。もちろん面白いバカ話は歓迎だが、車の整備の話を二時間もされると、さすがに苦痛になって来る。少なくとも彼は自分が話したことを、相手がどんな表情で聞いているかはあまり気にしない様子だった。
翌朝、旅館に泊まった私と石本は、K製鋼のK事業所に向かった。
ゲートで事前に用意された入門書類を提出し、現場に入る。すでにポンプを積んだトラックや、安井工業が手配したレッカー(クレーン車)は来ているが、いきなり作業に入ることは出来ない。
作業を行なう前に、まずは『安全教育』を受けなければならないのだ。安全教育とは、その現場内で守らなければならないルールや、災害を防止する為の注意点のレクチャーなどが行なわれる企業教育だ。主に初めてその現場に入る場合に行なわれるので、『入構教育』、『初等者教育』、『初期安全教育』などと呼ばれることが多い。
「必ず上下左右の安全を確認し・・・」
「もしこれらを怠った場合は、当工場への出入りを禁止致します」
等の、若干退屈な話を延々と聞かされる。ほとんどの場合は三十分から一時間で終了するが、長い会社は二時間、場合によっては一日にも及ぶらしい。
幸いにもK製鋼の安全教育は一時間程で終わらせてもらえたが、最後に安全担当に言われた言葉が気になった。
「あ、電検は一つ五百円です。この用紙に検査希望の物を書いてね、全部だよ」
安全の担当者は、さらっと言って用紙を置いて出て行った。
「電気検査は分かるけど、一個500円?一回500円か?」
私にはこの意味が分からなかった。そもそも工事で使用する電気機器の検査をする現場自体が少ないし、ましてそれに対してお金を取られるなんて、聞いたことも無かった。
現場に戻ると、安井工業の安井社長が来ていた。
「ああ、どうも安井です!」
電話では何度も話していたが、実際に会ってみると、とても気さくなおじさんという感じだった。
「初めまして、R社の木田です。彼は石本です」
「どうもおはようございます」
挨拶が済むと、私はさっそく安井に『電検』について聴いてみた。
「あの、電検の一個500円ってどういう意味ですか?」
「ああ、あれね。あれはね、電気器具一個に付き検査料が500円って意味ですよ」
「…?じゃあ今日は吸込ポンプと電工ドラム、投光機と送風機を各二台を入れようと思っているんですけど」
「なるべく少なくした方がイイと思うけどね。ここだけの話、500円なんてバカらしいでしょう」
「あの、これからK製鋼の仕事をするっていうのに、『電検』で三千円も取られるんですか?」
「うん、そういうことになるね」
「・・・」
私には理解に苦しむ内容だったが、従うしかない。
五分後、測定機器を持った安全担当がやって来た。
「ハイ、完了です」
検査は本当にあっという間、数分で終わってしまった。行なったのはアースが取れているかのみ、以上終了。
「じゃあ六点で三千円ね」
「・・・はい」
私はその場で三千円を支払い、領収書を受け取った。
風俗店でボッたくられるのは自己責任だが、まさか真昼間の工事現場でボったくられるとは思わなかった。
助手席には石本が乗っている。彼は思っていた以上に良く喋る男だった。
「で、その時僕がそれに気付いたんですよ、グフフ」
「ふーん」
「で、その部品を僕と友達で一ミリ単位でそーっと置いたら、それが上手くいっちゃったんですよ、グフ、うふふふふ」
「それは凄いねぇ」
「グフフフ、自分でもあれは本当に上手くやったと思うんですよ、グフフ」
「ああ、そう…」
車を運転していて最も苦痛なのは、眠くなることだ。次に苦痛なのは、趣味じゃない音楽と、どうでも良い話を聞かされる事だ。
どうでもいい話をする人間は、自分のしている話が相手にとって有益か無益かを気にしない者が多い。もちろん面白いバカ話は歓迎だが、車の整備の話を二時間もされると、さすがに苦痛になって来る。少なくとも彼は自分が話したことを、相手がどんな表情で聞いているかはあまり気にしない様子だった。
翌朝、旅館に泊まった私と石本は、K製鋼のK事業所に向かった。
ゲートで事前に用意された入門書類を提出し、現場に入る。すでにポンプを積んだトラックや、安井工業が手配したレッカー(クレーン車)は来ているが、いきなり作業に入ることは出来ない。
作業を行なう前に、まずは『安全教育』を受けなければならないのだ。安全教育とは、その現場内で守らなければならないルールや、災害を防止する為の注意点のレクチャーなどが行なわれる企業教育だ。主に初めてその現場に入る場合に行なわれるので、『入構教育』、『初等者教育』、『初期安全教育』などと呼ばれることが多い。
「必ず上下左右の安全を確認し・・・」
「もしこれらを怠った場合は、当工場への出入りを禁止致します」
等の、若干退屈な話を延々と聞かされる。ほとんどの場合は三十分から一時間で終了するが、長い会社は二時間、場合によっては一日にも及ぶらしい。
幸いにもK製鋼の安全教育は一時間程で終わらせてもらえたが、最後に安全担当に言われた言葉が気になった。
「あ、電検は一つ五百円です。この用紙に検査希望の物を書いてね、全部だよ」
安全の担当者は、さらっと言って用紙を置いて出て行った。
「電気検査は分かるけど、一個500円?一回500円か?」
私にはこの意味が分からなかった。そもそも工事で使用する電気機器の検査をする現場自体が少ないし、ましてそれに対してお金を取られるなんて、聞いたことも無かった。
現場に戻ると、安井工業の安井社長が来ていた。
「ああ、どうも安井です!」
電話では何度も話していたが、実際に会ってみると、とても気さくなおじさんという感じだった。
「初めまして、R社の木田です。彼は石本です」
「どうもおはようございます」
挨拶が済むと、私はさっそく安井に『電検』について聴いてみた。
「あの、電検の一個500円ってどういう意味ですか?」
「ああ、あれね。あれはね、電気器具一個に付き検査料が500円って意味ですよ」
「…?じゃあ今日は吸込ポンプと電工ドラム、投光機と送風機を各二台を入れようと思っているんですけど」
「なるべく少なくした方がイイと思うけどね。ここだけの話、500円なんてバカらしいでしょう」
「あの、これからK製鋼の仕事をするっていうのに、『電検』で三千円も取られるんですか?」
「うん、そういうことになるね」
「・・・」
私には理解に苦しむ内容だったが、従うしかない。
五分後、測定機器を持った安全担当がやって来た。
「ハイ、完了です」
検査は本当にあっという間、数分で終わってしまった。行なったのはアースが取れているかのみ、以上終了。
「じゃあ六点で三千円ね」
「・・・はい」
私はその場で三千円を支払い、領収書を受け取った。
風俗店でボッたくられるのは自己責任だが、まさか真昼間の工事現場でボったくられるとは思わなかった。