S社の樋口の指示の元、ハスキーの200時間メンテナンスは進行して行った。
私がもっともこの作業で興味があったのが、『チェックバルブ』と呼ばれるパーツのメンテナンス方法だった。
エンジンの回転運動が、クランクによってピストン運動に変換された三連プランジャーは、2,800kgf/cm2の超高圧水を造り出す。この超高圧水はそのままでは脈動が大きく、非常に扱い難い物になる。その超高圧水の脈動を抑え、安定した水流に制御するのが、チェックバルブの役目だ。
樋口は、ハスキーから取外した手榴弾ほどの大きさのチェックバルブ三つを、メンテナンスコンテナに持ち込んだ。
「こいつを整備するときは、この専用工具を使うんだ」
樋口はそう言うと、アルミの分厚い板を作業台の万力に挟み込んだ。板には穴が空いていて、そこにチェックバルブを挟み込むと、板の上端のボルトを締め込んだ。
「こうやってチェックバルブを固定して、前後の部品を外すんだ」
樋口はチェックバルブから金属部品やシールを外して行った。最後に本体ボディがアルミ板に残った。
「さ、こいつを今から研磨するぞ」
樋口は私の前にアルミ板から外したチェックバルブのボディを置くと、板チョコ程の大きさで、厚さ10ミリのガラス板をよこした。板の両面には、耐水サンドペーパーが貼り付けてある。
「それでバルブのお尻を、丁寧に研磨するんだ。表の600番(目の粗さ)で研磨したら、裏の800番で仕上げだ」
「どの程度の目安ですか?」
「バルブのお尻に、穴が五つ空いているだろう」
「ええ」
バルブのお尻には、鉛筆の芯程度の直径の穴が五つ、円周上に並んでいた。
「その穴の周りに、汚れのような模様が着いているな。それが消えるまでだ」
私は作業台の上にガラス板を置き、水で濡らすと、チェックバルブを右手に持った。
「研磨するときは、バルブを持った手を八の字に動かすんだ」
私はガラス板の上で、ゆっくりとバルブを八の字に動かす。
「そうだ、そう。面を均一にしないと最後に組んだ時、超高圧水が漏れるからな」
樋口が笑いながら脅してきた。
「これ、三つやると、かなり時間が掛かりませんか?」
樋口はニヤリとした。
「だから木田君に手伝ってもらっているんだろう」
「・・・」
私は苦笑いをしながら頷くと、黙々と作業を続けた。
一時間後、私が丁寧に研磨した三つのチェックバルブを、樋口が組み始めた。
交換部品は、アッセンブリーキットとして袋に入っており、それらを全て交換するだけだった。セラミック部品に、ステンレスのバネ、赤や黄緑のシール類、合金製の部品、意外と数が多い。そして金属部品の締め付けには、やはりトルクレンチが使用される。超高圧ポンプの部品は、トルク管理が厳密だ。
樋口は、一番小さなトルクレンチを持つと、チェックバルブのお尻に金属製の部品を固定しようとした。それは丁度私が研磨した部分だった。
「これにはちょっとしたコツがいるんだ」
樋口はそう言うと、油性マジックで本体と金属部品に数箇所印を付けた。
「トルクレンチで締めたとき、この位置で固定されなきゃならない」
「つまり最後にトルクレンチで締めたときの、部品の移動量を予測するんですか?」
「そうだ」
樋口は油性マジックで印を付けた位置から、円盤部品を少し手前にずらした。円盤の中心部に頭が六角になっている固定用特殊ネジを、『ネジロック』を塗布して刺し込み、トルクレンチで締め始める。
「グッ!グッ!」
トルクレンチがネジを回して行く。小さいパーツなので、そんなに力は必要無い。
「グッ!グッ!」
まだトルクレンチは「カックン」とならない。
「グッ!グッ!」
樋口はさらに回す。
「グッ!グッ!」
その時だった、
「グギィッ!!」
鈍い、そして嫌な音がした。
「ああっ!!」
樋口が大声を上げる。
「ああ、ああぁ・・・」
今度は悲観的な声だ。見ると固定用のネジがポッキリと折れてしまい、ネジの芯がボディに残っていた。金属の円盤は、床に落ちている。
「折れ、ちゃいました?」
私はチェックバルブを覗き込んだ。
「何で折れるんだ?」
樋口は誰にとも無く言い、やや怒気を含んだ目でトルクレンチのグリップを見つめている。
「あ、トルクが間違ってる…のか?」
樋口はマニュアルと、トルクレンチのグリップ内の目盛りを交互に見比べた。
「間違ってたな」
樋口は呟いた。
「どう、するんですか?」
私はやや遠慮がちに聴いてみた。本体内部に折れて残ったネジの軸を取り出すのは、至難の業に見えたからだ。
「うーん…」
樋口はしばらくチェックバルブを見つめた。私は彼の判断を待った。
「うん、いらねえやこんな物!」
いきなり樋口はチェックバルブを丸ごとゴミ箱に放り込んだ。
「!」
私は絶句した。どうみても安い物では無い筈だ。
「あの、す、捨てるんですか!?」
樋口はまるで小学生ような顔つきで、私に言い放った。
「壊れちゃったんだから、いらないだろう」
「直さないんですか?」
「直らないだろう」
「・・・」
言い終わると、樋口はくるりと背を向け、部品棚から何かを取り出した。
「これで問題は解決だ!」
それはビニール袋から取り出せば、いきなり使える新品の『チェックバルブ』だった。
「どうだ!」
「いや、どうだって言われても、別に僕は構いませんけど・・・」
こうしてチェックバルブ一個三十万円は、単なるゴミになったのだった。
私がもっともこの作業で興味があったのが、『チェックバルブ』と呼ばれるパーツのメンテナンス方法だった。
エンジンの回転運動が、クランクによってピストン運動に変換された三連プランジャーは、2,800kgf/cm2の超高圧水を造り出す。この超高圧水はそのままでは脈動が大きく、非常に扱い難い物になる。その超高圧水の脈動を抑え、安定した水流に制御するのが、チェックバルブの役目だ。
樋口は、ハスキーから取外した手榴弾ほどの大きさのチェックバルブ三つを、メンテナンスコンテナに持ち込んだ。
「こいつを整備するときは、この専用工具を使うんだ」
樋口はそう言うと、アルミの分厚い板を作業台の万力に挟み込んだ。板には穴が空いていて、そこにチェックバルブを挟み込むと、板の上端のボルトを締め込んだ。
「こうやってチェックバルブを固定して、前後の部品を外すんだ」
樋口はチェックバルブから金属部品やシールを外して行った。最後に本体ボディがアルミ板に残った。
「さ、こいつを今から研磨するぞ」
樋口は私の前にアルミ板から外したチェックバルブのボディを置くと、板チョコ程の大きさで、厚さ10ミリのガラス板をよこした。板の両面には、耐水サンドペーパーが貼り付けてある。
「それでバルブのお尻を、丁寧に研磨するんだ。表の600番(目の粗さ)で研磨したら、裏の800番で仕上げだ」
「どの程度の目安ですか?」
「バルブのお尻に、穴が五つ空いているだろう」
「ええ」
バルブのお尻には、鉛筆の芯程度の直径の穴が五つ、円周上に並んでいた。
「その穴の周りに、汚れのような模様が着いているな。それが消えるまでだ」
私は作業台の上にガラス板を置き、水で濡らすと、チェックバルブを右手に持った。
「研磨するときは、バルブを持った手を八の字に動かすんだ」
私はガラス板の上で、ゆっくりとバルブを八の字に動かす。
「そうだ、そう。面を均一にしないと最後に組んだ時、超高圧水が漏れるからな」
樋口が笑いながら脅してきた。
「これ、三つやると、かなり時間が掛かりませんか?」
樋口はニヤリとした。
「だから木田君に手伝ってもらっているんだろう」
「・・・」
私は苦笑いをしながら頷くと、黙々と作業を続けた。
一時間後、私が丁寧に研磨した三つのチェックバルブを、樋口が組み始めた。
交換部品は、アッセンブリーキットとして袋に入っており、それらを全て交換するだけだった。セラミック部品に、ステンレスのバネ、赤や黄緑のシール類、合金製の部品、意外と数が多い。そして金属部品の締め付けには、やはりトルクレンチが使用される。超高圧ポンプの部品は、トルク管理が厳密だ。
樋口は、一番小さなトルクレンチを持つと、チェックバルブのお尻に金属製の部品を固定しようとした。それは丁度私が研磨した部分だった。
「これにはちょっとしたコツがいるんだ」
樋口はそう言うと、油性マジックで本体と金属部品に数箇所印を付けた。
「トルクレンチで締めたとき、この位置で固定されなきゃならない」
「つまり最後にトルクレンチで締めたときの、部品の移動量を予測するんですか?」
「そうだ」
樋口は油性マジックで印を付けた位置から、円盤部品を少し手前にずらした。円盤の中心部に頭が六角になっている固定用特殊ネジを、『ネジロック』を塗布して刺し込み、トルクレンチで締め始める。
「グッ!グッ!」
トルクレンチがネジを回して行く。小さいパーツなので、そんなに力は必要無い。
「グッ!グッ!」
まだトルクレンチは「カックン」とならない。
「グッ!グッ!」
樋口はさらに回す。
「グッ!グッ!」
その時だった、
「グギィッ!!」
鈍い、そして嫌な音がした。
「ああっ!!」
樋口が大声を上げる。
「ああ、ああぁ・・・」
今度は悲観的な声だ。見ると固定用のネジがポッキリと折れてしまい、ネジの芯がボディに残っていた。金属の円盤は、床に落ちている。
「折れ、ちゃいました?」
私はチェックバルブを覗き込んだ。
「何で折れるんだ?」
樋口は誰にとも無く言い、やや怒気を含んだ目でトルクレンチのグリップを見つめている。
「あ、トルクが間違ってる…のか?」
樋口はマニュアルと、トルクレンチのグリップ内の目盛りを交互に見比べた。
「間違ってたな」
樋口は呟いた。
「どう、するんですか?」
私はやや遠慮がちに聴いてみた。本体内部に折れて残ったネジの軸を取り出すのは、至難の業に見えたからだ。
「うーん…」
樋口はしばらくチェックバルブを見つめた。私は彼の判断を待った。
「うん、いらねえやこんな物!」
いきなり樋口はチェックバルブを丸ごとゴミ箱に放り込んだ。
「!」
私は絶句した。どうみても安い物では無い筈だ。
「あの、す、捨てるんですか!?」
樋口はまるで小学生ような顔つきで、私に言い放った。
「壊れちゃったんだから、いらないだろう」
「直さないんですか?」
「直らないだろう」
「・・・」
言い終わると、樋口はくるりと背を向け、部品棚から何かを取り出した。
「これで問題は解決だ!」
それはビニール袋から取り出せば、いきなり使える新品の『チェックバルブ』だった。
「どうだ!」
「いや、どうだって言われても、別に僕は構いませんけど・・・」
こうしてチェックバルブ一個三十万円は、単なるゴミになったのだった。