天満橋


慶応4(1868)年1月、小田数馬が河原で殺害され、天満橋の北詰に梟首(きょうしゅ)された。新選組隊士と伝えられているが、隊士名簿に「小田数馬」の名は見当たらない。同名の隊士である、「宮川数馬」もしくは「桜井数馬」の変名とも考えられる。

発見難易度 ★☆☆☆☆


大きな橋なのですぐにわかります。
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