枡屋


京で倒幕派をサポートしていた古高俊太郎が、枡屋喜右衛門と名を変え、薪炭商店を営みながら身を隠していた店。 新選組に捕縛された古高は、土方の拷問によってついには口を割り、長州藩による「御所焼き討ち」の陰謀が発覚、これが池田屋事件へ繋がる。 なお、現在は「志る幸」という料理店になっている。

発見難易度 ★★★★☆
「志る幸」に行こうと思わないと通ることのない、非常に細暗い路地にあります。 店の前には「勤王の志士 古高俊太郎邸跡」の碑がひっそりとたたずんでいます。
志る幸  
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六角獄舎


池田屋事件で捕縛された古高俊太郎が入獄していた牢の跡。 禁門の変の際に、京都市中に広がった火災がこの六角獄舎のそばまで迫り、入獄していた尊皇攘夷派の志士が逃亡するのを恐れた幕府の役人により、古高を含む、判決が下される前の志士ら33人が処刑された。

発見難易度 ★★★★★
細い路地が入り組んだところにあるので、分かりづらいです。 やっとの思いで辿り着き、マンションの壁の前にある「勤王志士平野国臣他数十名終焉の跡」の石碑だけを見て満足してはいけません。 壁の内側に「殉難勤王志士忠霊塔」がありますので見逃さないよう注意!


↑マンションの壁の前にある石碑
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高瀬川一之舟入


伏見から物資を運んだ高瀬舟が荷物の上げ下ろしをしていた場所。 池田屋事件の際、重傷を負った土佐脱藩・望月亀弥太がこの付近で自害したといわれている。

発見難易度 ★★☆☆☆
現在は「高瀬川一之舟入」という大きな石碑が建っています。 また、復元された高瀬舟が係留してあるので、目印になると思います。
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寺田屋


幕末の志士たちが宿にしていた旅館。 坂本龍馬が襲われた部屋や、龍馬に難を知らせたお龍が入浴していた風呂などが当時のまま残っている。

発見難易度 ★★☆☆☆
向かいに駐車場が3台分ありますが、非常に狭いです。 また、駐車場から出るときに左右の様子が全くわからないので注意しましょう。 寺田屋そのものは、わかりやすい場所にあります。
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中岡慎太郎寓居跡


1867年に京都の近江屋にて坂本竜馬とともに暗殺された中岡慎太郎の寓居跡。
当時は、土佐藩御用達の古本屋菊屋があったらしい。

発見難易度 ★★☆☆☆
現在は、あぶらとり紙の「象」というお店になっております。 河原町通りのアーケード街にあり、看板も出ているので見つけやすいと思います。 ちなみに、こちらのお店では龍馬と慎太郎のあぶらとり紙もあるそうです。

龍馬と慎太郎のあぶらとり紙(リンク先ページ下方にあります)
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