秋田大学附属鉱業博物館。秋田市手形大沢。
2023年6月4日(日)。
久保田城跡を見学後、北東の丘陵地麓に位置する秋田大学附属鉱業博物館へ向かった。
秋田県は鉱産資源に恵まれ,古くから鉱山開発が進められてきた地域である。県内各地には黒鉱鉱床や鉱脈鉱床などの金属鉱床が多数存在する。また,日本海沿岸部は国内有数の油田地帯として知られている。
鉱業博物館の沿革は,鉱山技術者養成のために 1910年(明治43年)に設立された旧制秋田鉱山専門学校の列品室を淵源とする。1941年(昭和16年)に火事により列品室の全資料を焼失するが、その後新制秋田大学設立時に県からの寄付によって鉱山博物館が設立され、資料の復興がなされた。
現在の博物館は鉱山学部設立50周年記念事業として1961年に卒業生を中心とした寄付・協力により建設されたものである。なお、当初は鉱山学部の附属施設であったが、その後秋田大学内の機構再編にともない、1998年(平成10年)には工学資源学部附属に、2014年には国際資源学部が新設されたことにともない、国際資源学部附属となった。
円筒形の建物の1階から3階までが展示室となっており、鉱物・鉱石の展示(1階)と、それを通した地殻活動・地球史(2階)、あるいは人類活動と鉱物資源との関わり、鉱業活動(3階)についての展示と解説を主眼としている。
1階展示室では、「鉱物・鉱石」をテーマとしており、標本の展示は約400種1500点以上に及ぶ。鉱物編ではシュツルンツ分類に沿って半円形の展示コーナーに鉱物標本が展示されており、鉱石・鉱床編ではかつて秋田県の鉱山で広く採掘された黒鉱ほか、大型の鉱石及び石炭、原油などのエネルギー資源の標本を展示している。
玉川温泉の北投石
2階展示室では、「地球の構成と歴史」をテーマに、岩石地質編と化石編の2つの小テーマに沿って「地球の成り立ち」、「岩石」、「地球表層の諸現象」(岩石地質編)、「秋田の生い立ち」、「地球生命史」(化石編)に至る5つの展示コーナーがある。前者では隕石や岩石、地層はぎ取り標本、火山噴出物など、後者では化石等が展示されている。
稲倉石鉱山産菱マンガン鉱鉱石
秋田大学大学院国際資源学研究科教授 渡辺 寧
鉱業博物館1階の鉱石展示コーナーには巨大な菱マンガン鉱の鉱石が展示されている。菱マンガン鉱はMnCO3の化学組成を持つ炭酸塩鉱物で、北海道古平町にある稲倉石鉱山では規模の大きな鉱脈を形成していた。本鉱石はアルゼンチンのCapillitas鉱山産のものに引けを取らないほど濃紅色で、稲倉石鉱山が閉山後、「積丹ルビー」と銘打って札幌界隈で宝石として販売されていたが、最近はさすがに見られなくなった。このような濃紅色は菱マンガン鉱中のマンガン含有量が高く、不純物が少ないことに起因する。
稲倉石鉱床は1885年に発見され、1931年から採掘が開始された。開発の初期には金銀の採掘が行われたが、すぐにマンガンが生産の主体となり、断続的に採掘が行われた。1970年に大江鉱山と合併、1984年まで操業が続けられた。総量で100万トン以上の金属マンガンを産出した。
稲倉石鉱床の南東約5kmにはマンガンのほか銅、鉛、亜鉛を産出した大江鉱床が位置する。どちらの鉱床も北西方向の熱水鉱脈群からなり、両鉱床の鉱脈は一直線状に分布する。両鉱床の間には地表では天狗岳安山岩が、地下では貫入岩である石英閃緑岩が分布しており、両鉱山の鉱脈は直接、連結していない。大江鉱山の鉱脈は石英閃緑岩、特にその岩体上部に発達しており、母岩の中新世の火山岩類中に入ると消滅する。稲倉石鉱山では、鉱脈は火山岩類にのみ認められているが、その下部には石英閃緑岩の存在が確認されている。両鉱床とも、鉱脈には、菱マンガン鉱のほか、黄鉄鉱、黄銅鉱、方鉛鉱、閃亜鉛鉱などの硫化鉱物を伴っている。
稲倉石鉱床の鉱脈に伴うセリサイトは310万年前の年代を示し、鉱床を覆う天狗岳安山岩の年代(330万年前)とほぼ同じである。このことから、天狗岳安山岩を噴出したマグマ活動が鉱化作用に関連したと推定されている。
このような炭酸塩鉱物に富む鉱脈は一般に熱水系の縁辺部に形成されることが多く、熱水系の高温部に向かうに従い鉛・亜鉛、さらには銅鉱化作用に移行する。閉山した今となっては知る由もないが、稲倉石鉱床の下部にベースメタル鉱化作用が存在するのか興味の持たれるところである。
(鉱業博物館だより2023年早春 第22号 コラム)
3階展示室では、「資源開発」をテーマに資源探査から採掘、選鉱、製錬に至るまでの各過程を模型とともに展示している。
申川油田、八橋油田
かつて秋田県は院内銀山、阿仁鉱山、小坂鉱山、尾去沢鉱山、花岡鉱山、荒川鉱山等の各鉱山ほか、申川油田、八橋油田等の地下資源を広く採掘していたため、秋田県の鉱山史についても展示しており、大正期の石油掘削機の模型や、久保田藩による坑内の絵図等も展示している。
このあと、北西近くにある旧秋田藩主佐竹氏別邸庭園の国名勝・如斯亭庭園へ向かった。