ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

子育て支援より敬老祝金?

2023年03月21日 09時47分00秒 | 国際・政治

 私が30代前半、大分大学教育福祉科学部の講師か助教授であった時のことです。

 旦野原の教室か研究室かは忘れてしまいましたが、或る社会人学生が、私に「高齢者(向けの政策)は票になるけど、子ども(向けの政策)は票にならない」とこぼしました。

 このような言葉が、20年以上経ってから突然、私の記憶に蘇りました。

 既にインターネットでは広く報じられ、コメントなども多く書かれていることですが、秋田県にある仙北市議会では、80歳になった市民への敬老祝金を廃止する旨の条例案が反対多数で否決されました。今回は、あまり長くない記事ですが、朝日新聞社2023年3月18日11時5分付「子育て支援に充てるはずが…80歳への『祝い金5千円』廃止案を否決」(https://www.asahi.com/articles/ASR3K7KSDR3KULUC00M.html)を参照しました。

 仙北市のサイトを見ると、仙北市議会令和5年第1回定例会の情報が掲載されています。「令和5年第1回仙北市議会定例会議案」によると、55本の議案と2本の諮問が予定されており、問題となった条例は、議案第16号の「仙北市敬老祝金条例の一部を改正する条例制定について」です(令和5年度予算にも関わってくるはずです)。「令和5年第1回仙北市議会定例会議案」に改正案が掲載されていますが、まずは現行の仙北市敬老祝金条例(平成17年9月20日条例第78号)を示しておきます。次のとおりです。

 「(目的)

 第1条 この条例は、高齢者に対し敬老の意を表し併せてその福祉の増進に寄与するため、敬老祝金(以下「祝金」という。)を支給し、敬老思想の普及を図ることを目的とする。

 (支給対象)

 第2条 敬老祝金の支給対象者は、毎年9月15日(以下「支給基準日」という。)現在満80歳以上の者で本市住民基本台帳に記録され、支給基準日以前引き続き3年以上居住している者とする。ただし、次の各号のいずれかに該当するときは、支給しないものとする。

  (1) 支給基準日現在において死亡しているとき。

  (2) 支給基準日現在において市に定住しなくなったとき。

  (3) その他市長が祝金の支給が適当でないと認めたとき。

 (支給金額)

 第3条 祝金の額は、次のとおりとする。

  (1) 満80歳 5,000円

  (2) 満100歳 100,000円

 (支給時期)

 第4条 祝金は、支給基準日以降に支給する。ただし、満100歳に達した者に対しては、その誕生日以降に支給するものとする。

 (委任)

 第5条 この条例に定めるもののほか、必要な事項は、市長が定める。

  附 則

 この条例は、平成17年9月20日から施行する。

  附 則(平成24年7月1日条例第16号抄)

 (施行期日)

 1 この条例は、平成24年7月9日から施行する。

  附 則(平成28年3月17日条例第16号)

 (施行期日)

 1 この条例は、平成28年4月1日から施行する。

 (経過措置)

 2 この条例による改正後の第3条第1項第2号の規定については、平成28年度及び29年度に限り適用しないものとし、平成28年度に満99歳に達した者に5万円を支給し、平成29年度に満100歳に達した者には5万円を支給するものとする。」

 (以上、仙北市例規集から引用させていただきました。)

 件の「仙北市敬老祝金条例の一部を改正する条例」案は、次のとおりです。

 「仙北市敬老祝金条例(平成17年条例第78号)の一部を次のように改正する。

 第2条中『敬老』を削り、『毎年9月15日(以下「基準支給日」という。)現在80歳以上の者で』を『当該年度内に満年齢で100歳に達した者で、当該年齢に達した日時点において』に改め、『支給基準日以前』を削り、同条ただし書及び各号を削る。

 第3条中『祝金の』の次に『支給』を加え、『次のとおり』を『10万円』に改め、同条各号を削る。

 第4条中『支給基準日』を『100歳に達した日』に改め、同条ただし書を削る。

   附 則

  この条例は、令和5年4月1日から施行する。」

 仮に改正されることになったとすれば、仙北市敬老祝金条例の第2条ないし第4条は次のようになっていました(ちなみに、「ないし」を漢字で書くと「乃至」で、ここでは第2条から第4条までを意味します)。

 第2条:「祝金の支給対象者は、当該年度内に満年齢で100歳に達した者で、当該年齢に達した日時点において本市住民基本台帳に記録され、引き続き3年以上居住している者とする。」

 第3条:「祝金の支給額は、10万円とする。」

 第4条:「祝金は、100歳に達した日以降に支給する。」(←「満年齢で」という言葉が入るほうがよいのですが、改正案に従いました。)

 趣旨は、敬老祝い金を単純に廃止するというのではなく、9月15日(かつての敬老の日)時点において満80歳以上の者に対する支給を取りやめ、満100歳に達した者に対してのみ支給するということです。平均寿命などを考慮すれば、支給対象者は大幅に減ることとなるでしょう。

 「令和5年第1回仙北市議会定例会議案」に提案理由などが書かれていないのですが、上記朝日新聞社記事によると「80歳を迎えた市民に5千円を支給している『敬老祝い金』を廃止する」ことによって「浮いた財源を子育て支援に充てるとしていた」とのことであり、仙北市の田口知明市長も「高齢者と子どもをてんびんにかけるつもりはないが、財源が不足する中で子育て世代を支援する判断だった」という趣旨を語ったそうです。

 仙北市議会が条例案を否決したのは3月17日のことです。賛成4に対して反対11でした。ここで市議会議員の構成などを詳しく調べることはしませんが(論文であれば当然行います)、「議員紹介」を見ると、議員定数は16で、男性議員は14名、女性議員は2名でした。「議員紹介」では顔写真が掲載されているものの生年月日などは記されていないのですが、このブログの「地方議会のデジタルトランスフォーメーション化は」で記したことが形を変えて妥当しているのかもしれないと考えさせられます。どの議員が、上記朝日新聞社記事を借りるならば「反対した議員は『ささやかな幸せを奪う』などと主張した」のかは知りませんし、「どうでもいい」ことかも知れませんが、むしろ「大局的な立場で考えるのが議員の仕事ではないか」、「仙北市の将来像を考えないでどうするのか:という思いを抱かれた方もおられるでしょう。その意味において、賛成票を投じた議員の「少子化を抑制するためには(子どもへの)投資が必要。今は我慢し、財政立て直しを図るべきだ」という意見のほうが、仙北市、さらに日本全体の将来像を(たとえ断片的であっても)描いていたと評価することも可能ではないでしょうか。

 ちなみに、上記朝日新聞社記事には「市によると、2023年度の支給対象者は約340人で、予算として計約170万円が必要となる。事業を見直す中で、廃止の方針を決めたという」と書かれています。市の予算全体、児童福祉、教育などの分野への影響という観点からすれば微々たるものでしょう。

 もとより、仙北市当局による市議会への説明が不十分であったかもしれません、しかし、これまた上記朝日新聞社記事の表現を借りるならば、反対票を投じた議員の「人生の先輩への敬愛の気持ちがあれば、努力して生み出せる金額だ」とする主張はいかがなものでしょうか。失礼を承知で、かつ、炎上を覚悟で記すならば、少なくとも仙北市においては、「人生の先輩への敬愛の気持ち」は、その先輩が満80歳であれば5000円、満100歳であれば10万円で済ませられるということらしいのです。むしろ、「失敬な!」という声が聞こえてきそうな気もします。

 秋田県民でもなければ仙北市民でもない私は、当地の詳しい事情を知りませんし、仙北市議会をつぶさに観察した訳でもありません。ただ、第8期仙北市高齢者福祉計画(令和3年度〜令和5年度)に「仙北市の65歳以上の高齢者人口は令和2年9月末現在、10,788人で総人口の42.40%を占め、高齢の単身世帯や高齢夫婦のみの世帯、認知症高齢者が増加しています。介護サービスへの需要が増加し、多様化することが予想される一方で、現役世代の人口は一層の減少が見込まれており、 高齢者や障がい者を支える人的基盤の確保が大きな課題となっています」、「今後、地域の多様な支援のニーズに的確に対応していくためには、地域住民と行政等が協働して、地域や個人の抱えるさまざまな生活課題に包括 的に対応する新たな仕組みづくりが必要です。そのため、高齢者介護、障がい福祉、児童福祉、生活困窮者支援等の制度や分野の枠を超えて総合的に地域の実情に応じた支援を提供することが必要であり、支援のあり方を『縦割り』から『丸ごと』へ転換する改革が必要と考えます」と書かれています。

 引用したところを含め、計画をどのように読み進めるかは一つの課題でもあり、人それぞれの違いが生じうるところですが、42.40%という高齢者人口に重きを置けば、高齢者福祉が最重要であると考える人も多いでしょう。しかし、これは結果のみを重視し、原因や途中経過を無視する思考につながることでしょう。私は、「現役世代の人口は一層の減少が見込まれており、 高齢者や障がい者を支える人的基盤の確保が大きな課題となっています」という部分、とくに「現役世代の人口は一層の減少が見込まれており」という部分こそ、上の引用文で最も注意しなければならない箇所と考えています。「現役世代」を重視しなければ高齢化社会を支えることはできない、それどころか高齢化社会の実現にもつながらないはずであるからです。「現役世代」が存在するのは子ども時代が存在するからであるのは当たり前の話です(いきなり「現役世代」が生まれるはずがありません)。そして、主に「現役世代」が担う役割の一つが子育て支援です。このように考えていけば、子育て支援こそが最重要課題であるということになるでしょう。

 「日本では子育てが難しい」。あるいは「日本は子育て世代に厳しい」。このような言葉は、もう何十年も前から耳にしていますし、聞かれた方、口にした方も多いでしょう。そうでなければ、私が冒頭に掲げた発言がなされるはずがありません。結果として現れたのが少子高齢化社会であるということでしょう。


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