昨日60年安保のことを書いたら、今日はNHKスペシャルがそれがらみのことをやっていた。
NHKスペシャル 2015年7月18日 戦後70年 ニッポンの肖像 政治の模索
面白かった。
戦後の政治を、吉田路線と岸路線で切り分け、前者を「豊かさを求めて」、後者を「自主・独立」派という語で語ろうというのが基本路線。
この設定が既に、異論があり得るくくりだとまず思ったが、それはそれとして、岸退陣問題で安保の学生たちは安保の中味さえ知らなかったのだと田原総一郎さんが言ったのに対して、もう一人のゲストの御厨さんが、岸氏は、自主・独立を求め憲法改正を求めるのだが、一般大衆は岸の路線を戦前への回帰であると捉えていたとパラフレーズしていた点が印象的だった。
まさにそこだったんだと私は思うわけですよ。
そして、岸という人はやっぱり、昨日までファシスト、今日から民主主義者といわれるだけの人ではあったんだなとも思った。民衆に振り回されるのが民主主義なのではなくて、民衆の2歩、3歩先を行ってリードするのが民主主義なのだ、みたいなことを語っていた。
これって、むしろソ連とか中国で共産党が民衆を指導する地位にあるのと同じ状態を語っているじゃないかと思えて面白かった。やっぱり、満州派はボルシェビズム肯定、トロキスト肯定派だよなぁ。
いや、もちろん、実際にはそうなんですよ。3歩先、5歩先を考えて提示していくのがリーダーの役割でしょう。しかし、それもその時々の国民が受け入れられるか否かをよく見ていかないと、強権的なものになってしまうと。
■ 不誠実な「自主・独立派」
それはともかく、やっぱり私はこの人たち、つまり岸一派は不誠実であるという感想を持つし、一般大衆はそこを嗅ぎ取っていたのではないかとまだ思う。
それはこういうこと。
もし、「自主・独立」路線を取りたくて、それには再軍備が是非とも必要であると考えるのなら、まず第一に、戦前に起こったことには多く指導層の誤りがあったと反省すればよかったんじゃないでしょうか。
だって、そここそ一般大衆が戦前を引きずる指導者を嫌がった理由だったんだから。60年代、70年代じゃまだ恨んでいた人さえいたでしょう。
そして、今日番組を見ていて、こうやって憲法改正派という名の旧満州派が生き残った、潜在的に力を持っていたために、戦後長らく歴史が解明されなかったし、今もどうもおかしいんだろうなとも思った。
226事件の様子がなんとなくアウトラインが世間に出て来たのなんて80年代だと思うし、裁判記録が裁判官本人の自宅から発見されて概要が詳しくなってきたのなんて90年代。
つまりですね、戦前の戦争に対してあそこは間違い、あのおかげで俺らはこんなになった、責任者は責任を認めよ、等々という話をもっとフランクにさせていれば、それはそれとして自主憲法制定していくか、という話にもなり得たかもしれない。
しかし、おそらくここにこそ岸派の泣き所があったんじゃないでしょうか。
それは、満州事変はそもそも謀略でした、華北工作も大きな失敗点でした、その前にそういえばシベリア出兵もあり、その余波が大きく影響したことから端を発して満州を領国化するしかないと判断したわけですが、それは誤りでした、その後各種工作をしましたがその資金源として云々、なんて話をしたくなかったわけでしょ?
従って、岸さんたちが大きな力を持てなかった、賛同者が増えなかったのは、それは人々が「豊かさを求めて」いたばかりではないと私は考えます。
自主・独立を言い立て、強い日本、自信とプライドを取り戻せと大声で語る人たちに人々は不誠実さを見ていたからであると言えるかもな、とさえ思います。
■ 思考実験
思考実験として、もし、戦前の国策は誤りであったと岸さんが言いだし、60年代から70年代初頭に岸総理が再び誕生して憲法改正をしていたらどうなったのか。
憲法改正して再軍備宣言をする、ってことですよね。これってまず間違いなく、日本再軍備宣言、ファシスト岸が舞い戻る、みたいな見出しが世界中に出てたと思うなぁ。ヒトラーのたどった経緯を誰もが思い出しただろうし。
日本じゃ高度経済成長期は平和の絶頂ってことになってるけど、当時のアジアではベトナム戦争があって、普通に全然平和じゃない時代だったから、そこにあの好戦的な日本が舞い戻るのか、というのはかなり大変な話。
中ソが抗議して敵対するなんてのはまだいい方で、私はアメリカが日本に強い不信感を持っただろうと思う。
そもそも、インドシナ各地には日本の残留兵士がいたわけだよね。で、この人たちは現地側に立っている、と。
この状況で日本が再軍備した時、それは日本はどこから独立するんだ、それはアメリカだな、ってな意図が丸わかり。しかも、軍を動かしている時代にあって「独立」というのは今みたいな観念的、理想的なそれではない。
そういうわけで、アメリカが岸の再軍備を望まんかったんじゃないの、と私は思う。
ついでにいえば、中ソが日本に真正面から対立してくるというのも、アメリカにとっては歓迎できないのではなかろうか。事実として、アメリカはソ連をなんとか孤立させるために中国に歩みよったわけだけど、ここで日本が中ソと対立していたら、中ソを分断できないかも。
日本にとっては、それならそれでもいい気がするけど、アメちゃんは困ったんじゃなかろうか・・・。
■ 思考実験2
しかし、そうか。もし日本ががーがーびーびー独立だ、再軍備だと騒いでいたら、中国を引き込んでソ連に立ち向かうという70年代以降のアメリカの路線はできなくなっていた可能性があったかも。
ということは、岸の動きとは、米中分断であったともいえる? これは日本にとってはよかったかも、じゃなくて絶対によかった。しかし、アメリカは絶対嫌がっただろうとも思うんだなぁ。日米って所詮はこういう関係だよね。で、結果として、なんせ日本再軍備と騒ぎが大きくなったら、いわゆる西側諸国からまたまた制裁とかかけられることも覚悟しなきゃならんかっただろう。多分。高い確率で。となると、これって一歩間違えば日本はソ連に接近するしかない、となる可能性もある。
これっておそらくアメリカ指導層が密かに日露戦争後からずっと懸念しつづけている組み合わせだと思うので、なおさら、何かとっても穏やかならぬ事態になっていたかもしれない。まず間違いなく、高度経済成長期はなかったか遠のいたでしょう。
まぁ夢想ですが。
こうやって考えてくると、岸さんはまったくイデオロギーフリーなのが敵対者としては恐怖だったのじゃないのかな。合理主義者には時としてモラルもないし。戦略として反共とか言ってただけで、そんなもんまったく信じてなかったと思う。まぁ、戦争の裏側見てた人なわけだしね。
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