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徒然綴り・・・歌詞&ひとり言

さて、どうする。NO.6

2011年02月26日 19時38分29秒 | Weblog
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  今まで書いて来た流れでは、
  米国が、ただの悪い国であるということになってしまうかも知れない。
 
  しかし、私の中にはもうひとつの考え方があるのである。

  それは、
  「米国もまた、撹乱されたひとつの国に過ぎなかったのではないか」
  ということである。

              ハワイ真珠湾攻撃 1941年=「6」
                           1941年12月8日=別の計算方法で「6」

              広島・原爆投下   1945年8月6日=「6」
                                     =別の計算方法で「13」

              長崎・原爆投下   1945年8月9日=「9」    

  731部隊が誕生した後、わずか一年半後、日本は米国を急襲した。
  このことと、日本に原爆が2度落とされたことは、
  日米関係を語る時、外すことが出来ない大事件である。
  
  これらの日付に一定の法則が当て嵌まってしまうということが、
  米国も(日本も)ひとつのコマであったことを意味していると私は考える。
  
  先日ふれた、米国(先進国)の人々の生活の中に観る、
  言えない・聞けない・信じるしかない、
  誰が味方で誰が敵で、誰がホンモノで誰がツクリモノかも判らない、
  開かれているかのような閉ざされた社会の危険な陰鬱。

  喋るな、訊くな、そういうことにしておけ、という社会の中で、
  人間が伸び伸びとその能力を発揮することは、かなり難しいと考える。

  そして人種差別を肯定する宗教が絡み、ものごとは複雑化する。

  支配層と労働階層。労働さえも奪われた階層。
  日本の政治が日本人を貧困層に追い込みながら階層を固定してゆくと、
  日本も多民族と混じりながら、同じ道をゆくのである。  

  今となっては正常な判断力を失ってしまったかのようにも見える米国。
  自信満々に見せながら、米国は苦しんでいる。

  この、何重にも目隠しされた状態で、魂が迷子になっているかのようなさまは、
  韓国にも通じるものがある。

  誰も口に出さなかったのかも知れないが、みんな同じ思いの中にいるのだ。

  イスラエルも。
  日本ほど外国人の数はいないにしても、外国人と共存する政策。
  不景気や失業。
  異国人や女性の主張によって社会がどんどん変えられて、
  男たちは、認めたり諦めたり困ったりすることもあったようだ。
  そして止まないパレスチナとの戦闘で、
  多くの犠牲者を出してきたのだ。

  日本の女性、そして日本が好きな在日の人々に、この場を借りて。

  男たちから仕事を取り上げ、
  民族や国家が長く守ってきたものを壊そうとすれば、
  自分たち自身を守っていた「何か」、
  男たちが連綿と伝えあってきた「何か」、
  子供たちが知ってゆくべきだった多くの知恵も壊されることに、
  くれぐれ注意していただきたいと思う。

                        (まぁ、その為にやってるんだろうけどな~。)

 
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つづく

直し忘れを直しました。 

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