上代継神明社
鎮座地 上代継422
祭神 天照皇大神(あまてらすおおみかみ)
旧格式 無格社
別当寺 東海寺
例大祭 ?
解説
天正年間(1573~92)二城山城主、大石遠江守道俊が中丸の内の旧地より現在地へ遷したという。
あるいは、代継縫之助が勧請したという。
社殿には江戸時代末の見事な彫刻が施されている。
以下その紹介。
左側面「寿老人」
右側面「神功皇后の玉島汀鮎釣り」
神功皇后が三韓出兵の際、
肥前松浦玉島河で裳の糸を使って鮎を釣り、
戦勝を祈願している様子。
この故事によって、アユは魚に占という字を当てる事になったという。
後ろには竹内宿禰が控えている。
「記紀」には無い民間伝承。
小川専蔵義長の作とあり、別に弘化3年(1846)の墨書もある。
鎮座地 上代継422
祭神 天照皇大神(あまてらすおおみかみ)
旧格式 無格社
別当寺 東海寺
例大祭 ?
解説
天正年間(1573~92)二城山城主、大石遠江守道俊が中丸の内の旧地より現在地へ遷したという。
あるいは、代継縫之助が勧請したという。
社殿には江戸時代末の見事な彫刻が施されている。
以下その紹介。
左側面「寿老人」
右側面「神功皇后の玉島汀鮎釣り」
神功皇后が三韓出兵の際、
肥前松浦玉島河で裳の糸を使って鮎を釣り、
戦勝を祈願している様子。
この故事によって、アユは魚に占という字を当てる事になったという。
後ろには竹内宿禰が控えている。
「記紀」には無い民間伝承。
小川専蔵義長の作とあり、別に弘化3年(1846)の墨書もある。