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松本に就職した久美子は、大きな秘密を持ったまま、誰に頼ることもなく必死で自活し、世間に対しても家族に対しても、普通の十八歳の女の子としての姿を装っていた、幼さを際立たせて・・・
他人が見る久美子は清純で、負けん気で、頑張り屋さんだと誰が見ても、そう思っていた。
何処にでもいる、十八歳の女の子として、仕事に、日常生活に、精一杯勤めていた。
けれど、久美子自身の秘密とは別に、久美子を悩ませていた事、必死で働き、節約して、ある程度の貯金が、お金が出来ると、父親か、姉から、まるで、その時を待ちかねていたように、お金の必要事が出来てしまったから、助けて欲しいと言って来て、久美子を落胆させた。
「なんとか、お金を都合して欲しい!」
実家から、家族から、逃れたいと願っていても、どうにもならない、しがらみがつきまとう。
久美子はそのたびにほとんど、無一文になり、ひどく落ち込んで生きて行く気力さえなくなる、辛い事だった。
その事情とは、どうやら、父が不用意に繰り返しする「借金」を姉は苦労して、尻拭いをしていたようだった。
そんな事も、一度や二度の事では済まなかった。
久美子の父は家族や他人の痛みなどに気づく人間ではなかったから、姉が久美子に助けを求めて来る時は、よほどの事情が出来た時のようだった!
そんな時、久美子は大好きな絵の勉強をしたい気持ちも、希望も目標まで奪われたような、絶望した思いになり、しばらくは久美子は、家族の存在を憎んで、家族の存在を消したいとまで思った、若くて激しい激情的なおもいになった。
そして少しずつ、少しずつ、絵を描く事への夢や情熱を無くして行った時期の事だった。
今、故郷として、この地に立ち戻り、六十五年の生きて来た歳月を強烈な想いと、途切れ、途切れに、ここで過ごした日々を思い出しながら、久美子自身の心に問かけてみた。
「私の生きた日々は素晴らしかったのかと!」
もう、誰も、お参りする人のいない、寂しく、置き忘れられた、父と母、そして、不確かな事ではあるが生まれて数時間で亡くなったと聞かされている、たったひとりの兄?の眠る、この小さなお墓に、十数年ぶりに、久美子は手をあわせた。
そして子供の頃に大好きだった場所、穂高の山々が、遥か彼方に見える場所、幼い頃、よくひとりで、歩きまわり遊んですごした
『秘密の花園』
すでに、あの、美しい風景は消えて無くなってしまったけれど、私の胸の中にはっきりとその場所は見えていてあるのだった。
私だけが知っている、あの美しい風景、今の時期は少し秋の色に染めて、久美子は、ゆっくりと歩きながらその風景を意識的に思い出し、ただ、久美子の中で、勝手にあの「秘密の花園」の風景は思い出としてあらわれては消えて行った。
心の中で描く、少し早い秋は、やさしく、美しく、久美子をあの幼かった日々へいざなって行った!