茶陶遊人の部屋

日々の日記と、お茶と地元の歴史等を発信していきます。最近はk-popにはまっている韓国好遊人です。

秀吉の「朝鮮・中国制覇の野望」の犠牲者、が利休?

2017年08月21日 | Weblog
今日は久しぶりの茶道教室でした。茶道と言えば千利休ですね。
その利休の死については今だに謎とされています。
本能寺の変後、天下取りした秀吉は、利休を秀吉の私的窓口に用い
利休は絶大な権威を有しましたが、やはりいつもの世の習わしで、
これには当時の経済事情も絡み、堺商人の利休に対し、朝鮮貿易の
要である博多商人からは不満が出始め、石田三成に持ち掛けました。
三成も内心利休と秀吉の関係には不満を持っていたので、堺対博多の
経済戦争に秀吉も「政権の分裂、対立を回避する苦渋の決断として
利休を政権から追放する決断をした。」
結果は、堺・博多の経済覇権争いの犠牲にされ、重ねて秀吉が最も
恐れていた伊達政宗との連絡役の利休を犠牲者にしたと思われます。
「最大の理解者が最大の敵になる」
何時の世も変わらぬようですね。茶聖人利休もただの政権争いの
犠牲者の一人でした。
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