Chiakiの徒然日記

7年Part2

「本震」から今日で7年。
夜中のうちに7年は経過しているので、既に数時間経過したことになる。

この16日という日が凄く長く感じた。今でも、あれがたった1日だけのことだとは信じられない。
前夜のうちに東京から従兄が到着していた。
その彼も”被災者”になってしまった。

何度も揺れる中、揺れの合間を縫って家の中に入り、必要なものを持ち出す、というのを繰り返した。
頭痛が酷かったので、私は枕も持ち出して車の中でゴロゴロ。
15日の昼間、やたらと低空飛行をするヘリコプターのローター音に気分が悪くなったのだけど、
16日に飛ぶヘリコプターは救急病院へ一直線だったので、特に頭痛以外の不調は起きなかった。
もしかしたら、救急病院への飛行経路に当たっていて、防災ヘリ・ドクターヘリ以外のヘリの飛行が禁止されたのかもしれない。

この時点では、まだ家がどうなっているのかはほとんど知るよしもなかった。
分かっていたのは、テレビが壁に向かって倒れかかっていたのと、ピアノが大移動していたこと。
ピアノは動かせないので、テレビだけは壊れなかったことに感謝しつつ寝かせて家を離れた。

「避難所に行く」という選択肢はなかった。
犬もいたし、当時従妹の子どもたちは小学校に入学したばかりの子と2歳。
とりあえずの食料も確保出来ていたので、3世帯で身を寄せ合うことで乗り切ることにした。
深夜に大きな揺れに見舞われること記憶していないので、もう治まっていったのだろう。
震度3~4の揺れはしょっちゅうだったけど。

もうあんな経験は懲り懲り。
先日、ちょっと横になっていたときのソファの下から蹴飛ばされるような感覚の地震が起きてとっさに身構えた。
幸い、音や衝撃の割にたいしたことはなかったが、「あの日」に近かっただけに心臓はバクバクだった。
多少の揺れは我慢するから、あんな蹴飛ばされるような衝撃は勘弁して欲しいものだ。

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