goo blog サービス終了のお知らせ 

Chiakiの徒然日記

ありがたかった1日

昨日で、「本震」から1ヶ月がたった。
先月の17日、私たちは向かいのアパートの一室に緊急避難した。
近くの工場が井戸水を開放してくれたおかげで、少し生活の道筋が見えたのと、大人たちの身体が悲鳴を上げ始めていたのがその理由。
身体を伸ばして寝たい、それが共通した願いだった。

前の住人が退去した後、1年にわたって空き室だったその部屋。
リフォームもハウスクリーニングも行われていなかったので、自分たちで掃除。
私、母、従兄、叔母の4人で掃除した。
といっても、ぞうきんがけ程度だけど。
その後、各家庭から布団を運び込んだ。
我が家は向かいなので、私と母で2往復で済んだ。
従妹の家から運び込む布団が6~7組ということで、凄いことになった。
私がアパートの部屋で待機し、男2人(従兄と従妹の旦那)が車で運んでくる布団を受け取り、たたんで部屋の隅に置いていくという作業を行った。
布団の他にも、子どものランドセルやおもちゃも運び込まれ、その整理もしていた。

ちょっとした異変を感じて外を見ると、ベランダに大量の飲み物や食べ物が積まれ始めた。
何事!?と思ったら、先日の記事でも触れた、Rちゃんが救援物資を買い込んで持ってきてくれたところだった。
Rちゃんは、従妹の旦那の妹さん。
お兄さんからのSOSを受けて、買えるだけのものを買い込んで届けてくれたのだ。
もうRちゃんが女神様に見えたよ。
これで1つのカップ麺を2~3人で分け合う、なんてことをしなくて済んだ。
漬け物樽のようなものも持ってきてくれたので、井戸水の貯水にも役だった。
Rちゃんも我々がこんなことになっているとは思っていなかったようで、少なからずショックを受けていた様子だった。
でも、比較的被害の少ない県内地域に親戚がいてよかった。
つくづくそう思った。
そのRちゃんやご両親が住む八代に、震度5強の地震が襲ったのはその数日後。
やっぱり安全な地域なんてないね。
幸い、家も含めてみんな無事との連絡がついたので、その点は安心した。

私にとって4月17日は、人の優しさにたくさん触れることの出来た、忘れてはいけない日となった。
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。
  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「熊本地震の記録」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事