一昨年だったかな
不純な動機で
ラベンダーの小さな苗を買ったの
何年間に一回とか
今まで買ったりしていたのだけど
梅雨のジメジメにダメになったり
次の年までは残ってはくれなかったり、、、、。
一昨年のある日
友達の家に寄ったら
綺麗にラベンダーが咲いていて
ステキだなぁーって見惚れてたことがあった。
うちにこれだけ咲いたなら
ドライフラワーがどれだけ作れるのだろうと思ったりしてね。
今まで育たなかったから
ドライフラワーに切ろうなんて
可愛いそうで、出来なくて。
けれど、
友達ところにあったラベンダーの花のあった場所を考えたら
今まで置いて育てようとした場所は
こりゃダメだと気づいたの
その足で
ラベンダーの苗を買いに走っていたっけ。
うちは、高台で風が強いから
背の高い品種は無理で
ましてや、ずっと咲かせたいとはおもうけど、
今までみたいに、いつ終わりになるかもしれない。
小さくても丈夫なものを。
そして
蕾の綺麗なままで
ドライフラワーにしたいって思った。
私の勝手かしらね。
花の方にしてみれば
それが幸せかどうか、、。
摘み取られ
楽しますために生まれた命なら
咲かせて枯らすより
ドライフラワーで
数年、もしくはもっと
その香りもろとも、一緒にいられる。
そして
友達のプレゼントやら
手紙に添えたら
香りのお裾分けができるじゃないの?
そうして私は
自分のドライフラワーづくりのために、苗を植えた。
そのラベンダーは
年を超えてくれて
去年も十分に咲いてくれた。
今年も可愛く咲いた姿を見たら嬉しくて
『ごめんね』って言いながら
蕾から茎にかけて
間引くみたいにラベンダーを切った。
車の後部座席を開けて
ドアの上の手すりに
洗濯干しをかけて
一本、一本をピンチに挟んだ
こうして
しばらくは
運転するたびに
洗濯干しは、ガシャガシャ揺れて
少し蕾がこすれて
車じゅうラベンダーの香りに包まれる。
それも幸せな時間
緑は緑
紫は紫に
色鮮やかなドライフラワーができるまでの月日
いつだったか
手紙にラベンダーのドライフラワーの花束を添えたら
思いのほか、とっても喜んでくれた人がいた。
もう、その人へ手紙は書くことはないだろうけれど
きっと、どこかで
ラベンダーの花を見つけたら
香りと共に
私のことを思い出してくれるでしょう。
また上手に
ドライフラワーになったなら
小さな小さな
ラベンダーの花束を作ろう