物語の最終回は
畳み掛けるように
ハッピーになるように
エンディングへと、今までのものを回収していくようで。
無理やり、納得させられていく流れもあったりして。
一番安心な落ち着きどころに置かれるような。
何事も最終回の前までが面白い
野球やスポーツで言うところの準々決勝や準決勝に当たる
案外、決勝戦がつまらなかったことも多くある
『起承転結』と言われるように、『転』の部分が
一番面白く、ハラハラドキドキ
歌においては
大サビと言ったところ
実際の人生に置いては
ドラマとは遥かに長く
『結』の部分は我が身の死が近づき、この世との清算を成そうとして
オサラバしていくまでのことなのでしょうね
私の今を比喩するならば、
楽しい時は過ぎたとは言え
回収しながら
まだまだ、自分の人生という物語の
行間と行間に漂って
少しの期待と
少しの楽しみと
少しの喜びと‥
まだ、諦めきてれない部分と
もう、諦めてしまった部分と
より分けて
切り分けて
周りの幸せと
自分の幸せを
天秤にかけながら
削ぎ落とせるならば、削ぎ落とし
ほんの小さな幸せで
満足できるように姿をかえて行っているような。
けれど、案外
自分の思うようなことにはならず、
中途半端なものが心に残っていて、
それは、ある意味、回収されなくて、納得できなくて、心のこりで、いつまでも、忘れようがないこと。
誰もが、ドラマのように
全てを回収できるわけでもなくて
人や物にまつわることが
きっと、人にはあるに違いない。
その何とも言えない感覚を
悲しんだり、苦しんだりではなくて
反対に楽しむのもよしとしょう
意味不明なことも
解せないことも
願ったけれど叶わなかったことも
心に残るために
そうした形になっているかもしれないと思えば、愛おしいことになる
その愛おしいこととしたものは
中途半端だからこそ
また、どこで燻るものか
自分の気持ちが暴れ出すのか
新たな期待として
小さな痛みのような
ともしびのような
心にあるからこそ
哀しいほど美しい
そう思えば
今は行間で静かに漂って
周りと自分を見ていきたい