気まぐれ徒然かすみ草ex

京都に生きて短歌と遊ぶ  近藤かすみの短歌日記
あけぼのの鮭缶ひとつある家に帰らむ鮭の顔ひだり向く 

短歌人8月号 8月の扉

2015-07-28 11:08:44 | 歌集
海へ海へ自転車を漕ぐ貝殻のかけらの光る海べりの道

スズガモの去りし干潟の三番瀬潮満ちくれば水脈しめす浮標(ブイ)

(大森浄子 三番瀬の海)

白砂に小さき歩行の跡のこし鷗とびゆく海面に近く

島ひとつ持たざる海は淡淡とながき渚に波を送り来

(池田弓子 サーファーの影)

素潜りにて漁夫の獲りたる岩牡蠣をひと呑みすれば喉(のみど)はすずし

リヤカーを曳きて媼の出入りする小さな漁港の小さな市場

(荘司竹彦 影鳥海)

観音の見下ろす辺りに浮かびつつ竿先見いるおとこ八人

海にいて海見ずひたすら竿先を見いる一日大貫の沖

(井上洋 大貫の沖)

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短歌人8月号、8月の扉より。題詠*海を見ながら詠む歌

アルゴン 斎藤寛 

2015-07-27 00:50:30 | 歌集
一枚の硝子を背負ふ人の来て一人に負はるる硝子が行けり

芋版に押されてねこは笑まひゐき熊澤醫院「よいこのくすり」

こころより数倍広い肩幅を押し通しゆく 中年と謂ふ

わたくしを展開すれば不可思議な糊代ありてぴろぴろと揺る

ひんがしのはたての部屋にくれなゐの残務一袋(いつたい)置き忘れ来ぬ

紙飛行機と紙ヒコーキの飛ばしつこ そりやあヒコーキだらうつて?ふふ。

「血も涙もありすぎつてのも困るのよ」沼津の姉の梅雨のぶつくさ

茶も出さず金も返さず百五十円飲み込んだまま自販機の黙(もだ)

傘を使ふ動物を人間といふ見よくさぐさの自己愛の花

短歌とは厄介者の子守唄、だらうか雨はほどなく止まむ

(斎藤寛 アルゴン 六花書林)

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短歌人同人の斎藤寛第一歌集『アルゴン』を読む。

斎藤寛さんとは先日紹介した短歌人会内の勉強会でご一緒していたり、校正作業のコンビを組んでいた時期もあり、と何かと縁がある。非常に真面目に短歌に取り組んでおられる。このブログに誤字脱字があれば、すぐにメールでこっそり教えてくださる。短歌関係のデータをしっかり整理してられるらしく、いざと言うとき、さっとそれが提出されるという具合だ。誠に信頼できる方である。
しかし、歌集に普通あるはずの作者略歴もなく、謎の男を演じるお心算のようだ。
集題の『アルゴン』は、およそ何の役にも立たない気体という、そのありように親近感を抱きタイトルにされたとのこと。

理屈っぽいところもありながら、自分を客観視する視点があり、それがそこはかとないユーモアを醸しだしている。表紙のもやもやは何だろう。カエルの目のように見える部分もありながら、全体像は模糊としている。これもポーズなのだろう。
何はともあれ、歌集を持たれたことは目出度い。この歌集を名刺として、歌壇に乗り込んでやろうという気迫を・・・感じてよいのかどうか、これまた迷うところ。周りが「ああだこうだ」と言うのを、含み笑いしながらそばに佇む斎藤寛の姿が目に浮かぶ。




1466日目 東日本大震災から四年を詠む 塔短歌会・東北

2015-07-23 10:26:30 | 歌集
通るたび遊びてをりし子どもらに近ごろ会はず仮設住宅(かせつ)の路地に
(相澤豊子)

海岸を打ちつけしのち引く光 ここからここまで連れていかれて
(浅野大輝)

ガスがまた停まる日は来る(いつ来るか?)電気ケトルを捨てると決めた
(井上雅史)

ティッシュには「東日本大震災チャリティ絆東北」とあり
(及川綾子)

この線は常世の国へ繋がりぬ目を閉ぢ語らむ「風の電話」に
(大沼智惠子)

売れぬかもしれぬ米だと言ひながらそれでも籾は湯にふやけゐる
(梶原さい子)

地震ののちしづかな時が流れゐき きつと死ぬ時はああいふ感じ
(小林真代)

床の上に置けばボールの転(まろ)びゆく地震(なゐ)にたへきし古き家はも
(斎藤雅也)

四年経て家が建ちても人知れぬ胸の綻び見ゆることあり
(鈴木修治)

ひと住めぬ戻らざる町 晒さるる土台は尖りを失ひはじむ
(武山千鶴)

防護服身にまといたるひとびとのすべての額に触れたかりしが
(田中濯)

一人なり。テレビの中の被災者はみんな誰かと支え合ってて
(田宮智美)

いまだつづくさまざまな揺れうけいれて雛(ひひな)かざりぬきさらぎ半ば
(千葉なおみ)

東日本大震災起こりしときのざわめきは全て生者のざわめきだった
(花山周子)

電力は足りてゐるぞと歌ふがにがなる女と、鐘と、太鼓と
(松木乃り)

庭にある四角い異物の中の土 重い元素を含みて重し
(三浦こうこ)

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『1466日目 東日本大震災から四年を詠む 塔短歌会・東北』より。

参加されている16名(各10首)の作品から、こころに残った歌を一首ずつ紹介させていただく。

もう四年。まだ四年。
あのとき、スポーツクラブのテレビで地震のことを知った。テレビの画面には、街にどんどん黒い水が入り、乗用車が呑み込まれる様子が映されていた。私はわけがわからないまま、次のクラスが始まるので、それに参加してしまった。なんと自分勝手な人間だろうと、恥ずかしく申し訳なく、いまでもいたたまれない気持ちになる。あの映像は死ぬまで忘れられないだろう。

http://d.hatena.ne.jp/artery+366/

ここからが空 春野りりん 

2015-07-22 19:41:50 | 歌集
やまももと口にするときやさしくていくたびも声にいだす やまもも

幼稚園受験願書にひろびろと長所欄あり花の種をまく

われは「うを」息子は「うお」と仮名振れり夕べの卓に辞書を並べて

運命は馬のたてがみ 撫でながらひきよせて乗る春近き朝

認め印雛菊のやうに咲きさかる回覧板をいだく 朧夜

やまぼふし、えごのき、ひめしやら、なつつばき 郵便バイクはゆつくりめぐる

夏は夜 子の音読をききながら剝けばかがよふグリーンキウイ

あさがほの黒くしづもる種のなかうづまき銀河は蔵はれてあり

十八時間ねむるあひだに饂飩屋のおかみとなりてわれは立ち居す

幼子と白きみぎはに降り立てば沖へ沖へと子は行きたがる

(春野りりん ここからが空 本阿弥書店)

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短歌人の春野りりん第一歌集『ここからが空』をよむ。

りりんさんとは、短歌人内の勉強会でご一緒させていただいている。私はさぼっていて幽霊会員状態であるが、その間にどんどん巧い歌を作るようになられて、この度第一歌集を上梓された。心よりお祝い申し上げたい。

歌集は三つの章に分かれている。一章目では、お子さんが幼い様子なので、初期の作品だろう。二章目には、睦月から師走まで、季節の流れに合わせた歌が集められている。三章目は、最近の歌か。
最初から、歌は詩情にあふれて巧い。センスが光っている。また、何も説明を必要としないわかりやすい歌でありながら、深いものを感じさせる。ひとり息子さんとの関わり、年齢に応じた温かい接し方を、学ぶような気持ちで読んだ。私が短歌を始めたとき、子どもたちはほぼ成人していたので幼いころの歌はないが、けっこう酷い母親だったと思う。短歌は現実そのものではないので、これらの歌が現実と重なるかどうかは、問うべきものではないけれど・・・。

歌集になって、りりんさんの眩しいような名前と作品が多くの人に読まれ、愛されることを嬉しく思う。ますますのご活躍を!



短歌人7月号 同人のうた その3

2015-07-18 19:25:47 | 短歌人
襟首にふんわり春が舞い降りるすみれいろした絹のストール
(青柳泉)

静脈の浮く手に雨の気配寄る文月に咲く夕顔の記憶
(梶田ひな子)

兵隊さんと称(よ)ばれぬためにこの吾に為すことありや十歳の孫(こ)へ
(山下柚里子)

一歩づつふみしめ辿る杣道に二人静の花さきてゐる
(庭野摩里)

泣きながら手を引かれゆく幼子は吾かもしれず葉桜の街
(松永博之)

不条理なこの世の外に咲けるかな白木蓮は空のまほらを
(大和類子)

守るものあるは良きこと佐渡百合の球根埋めしけふの三鉢
(斎藤典子)

もうだれも住まずなりたる実家(さと)の庭 檜扇水仙はな咲かすころ
(今井千草)

すこやかな眠り奪わる夢のなか中途半端な善人は来て
(谷村はるか)

母の日に一日遅れて見舞ひたれば特養ホームに<汽車>を待つ母
(大森益雄)

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短歌人7月号、同人1欄より。