気まぐれ徒然かすみ草ex

京都に生きて短歌と遊ぶ  近藤かすみの短歌日記
あけぼのの鮭缶ひとつある家に帰らむ鮭の顔ひだり向く 

パンの耳④ つづきのつづき

2021-03-23 01:02:39 | 歌集
感触を両手はずっと覚えているぱふっと潰した紙風船の
大楠のはばたく枝に抱かれよう生まれる前に戻りゆくとき
(佐々木佳容子)

土を掘るわがかたわらの草むらの中よりのぞく曼殊沙華の眼
八分の一の西瓜を買い求めふたり食べたり夕餉のあとに
(松村正直)

七十五年経ても絵の具はつややかに濡れて光れり画学生の絵に
戦地にて食べものばかり書きつづる手帳もありて無言館には
(木村敦子)

春からは東京へ行く子の皿に乳白透ける蟹刺しの花
海を刺す竜巻雲ひとつ沖に見ゆ予報にはなき黒雲は湧く
(升本真理子)

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「パンの耳④」から。参加者のエッセイ「好きな相聞歌」が収録されている。
そこで、わたしの好きな相聞歌は何か?と考える。松村さんの歌なら、最近読んでいる『駅へ』のこんな歌。

ゆうぐれに君は女の人なれば女の人のように手を振る 『駅へ』

男女の、初々しい頃の距離感が出ていると思う。しかしいまの世の中、突っ込まれそうな歌でもある。そんなこと気にしない。読みたいように読む。詠みたいように詠む。

パンの耳④ つづき

2021-03-22 10:52:31 | 歌集
ちくわの穴のぞけば平らになる視界 読経の僧も仏壇のなか
縞馬は縞パタパタと外しゆき無地の一頭ゴールに入る
(河村孝子)

見つけたら拾いたくなるいつだって 帽子のどんぐり今日のどんぐり
少しずつ海は開けてケーブルカー がくんがくんと山に近づく
(甲斐直子)

のみどへとナガノパープル落ちてゆく球体の張りそこなはぬまま
ゆつくりと筒をまはして出してみるマスクの下に塗る紅の色
(長谷部和子)

 
目に見えぬ未知の気配に追われつつ今日のひと日を無言で過ごす
ふれあえば人の心がわかるなどおこがましいことでも触れたくて
(鍬農清枝)

柘榴の実こぼさず掛かる額縁の右の角から暮れてゆく秋
裏山へそのまま続く校庭の赤くなったら触れていた櫨
(岡野はるみ)

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「パンの耳④」から。コロナの影響で人とのつながりが薄くなった昨今、家に籠ったり、森へ行ったり、ちょっと遠足の気分で出かけたり。個性が光る。

パンの耳④

2021-03-21 12:08:23 | 歌集
両足を落としてしまわないように深く躰に差して歩きぬ
正しいはいくつもあってからまって だから私に好きにしますね。
(添田尚子)

永遠の子どもが暮らすネバーランド左まわりに時もどりゆく
とちのきの枯れ葉が肩をかるく打つ天使に呼びとめられたみたいに
(弓立 悦)

外つ国の子らに届けるヘヤドネーション艶ありし日の我を知る髪
人をらぬ庭のつくばひ雨だれのひとつひとつが話しかけくる
(乾 醇子)

鬼灯の袋の中の空洞は寂しさならむ朱き玉抱く
古代朱を溶かむと白き皿に出し凝りし膠を湯煎にかける
(小坂敦子)

孤独とはむしろすがしさ夕庭の低きに白く都わすれが
いま少し続けてみようごく稀に曇りなき一枚縫ひ上げしとき
(森田悦子)

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松村正直さんとカルチャーの生徒さんとの冊子「パンの耳④」が出た。
一首を丁寧に作ることは勿論大切であるが、15首連作となればテーマが要る。テーマを意識しながら、テーマから外れた歌も入れることで、連作がより引き立つ。全体のバランスを考える必要がある。14名が参加。


セルロイドの夜 橘夏生 六花書林

2021-03-12 22:12:58 | 歌集
新世界ふぐ提灯のくれなゐのここにて永遠(とは)にとどまる光

雨の朝上海に死すことのほか希ひはあらず過ぎし日おぼろ

花柄の日傘さしつつ歩みゆくキュリー夫人の<夫人>とは何?

 
給水塔しろく聳ゆるとほき夜に死者は忘れられて二度死ぬ

ごみ溜めの隅にいちりんすみれ咲きそれはマチェクとわたしのお墓

  むかしむかしのお彼岸、四天王寺さん界隈
傷痍軍人のアコーディオンの音をききたりし最後のひとりとなりにけるかも

あそこまで泳いでゆけばあのときの父に逢へるか 海市がゆらぐ

りんりんとreaderを読むこゑはしていまだ二十世紀の月の照る路地

くすのきの木陰の動物慰霊碑に今年はじめて触れるあはゆき

薔薇園につゆ降りるころ交配の果てのさびしき一輪ひらく

(橘夏生 セルロイドの夜 六花書林)

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短歌人の橘夏生の第三歌集。固有名詞が多く、一首一首が濃い。読んでいて酩酊する。生と背中合わせの死を意識させられる。大阪愛、ジェンダーの認識、社会詠、父恋、などなど橘夏生の絢爛たる美意識に圧倒される。ここに挙げるのはほんの一部。慎ましくしか生きられないわたしには眩しい世界だ。