気まぐれ徒然かすみ草ex

京都に生きて短歌と遊ぶ  近藤かすみの短歌日記
あけぼのの鮭缶ひとつある家に帰らむ鮭の顔ひだり向く 

月下に透ける 長谷部和子 砂子屋書房

2021-09-28 01:11:21 | 歌集
家鳴りする鄙の生家にひとりなり豆粒ほどの消しゴムころがし

雨戸ひき枢(くるる)を落とす雷(らい)の夜祖母の肩ごしに見し稲光

聞き役に徹しきつたと一日(ひとひ)終へ骨の鳴る背より寝椅子に沈む

厚紙の切符なつかし手のひらに握れば角の跡四つつく

天井に明かり取り窓ひとつありつま先立ちて灯(ひ)のひもさがす

足袋の絵の木の看板も残りをり通ひ帳には律儀な字の跡

ぎりぎりに職場に飛び込みほんの少し出世したらしカフカとふ男

胴長の赤いポストが残る大路日傘の影がふたつ過ぎゆく

いいことが起こりさうだね母とならび藍に移ろふ空を眺める

畳の上(へ)の行李(かうり)を舟と乗り込みし二人のいとこ彼の岸に着く

(長谷部和子 月下に透ける 砂子屋書房)

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塔の長谷部和子の第一歌集。丁寧に行き届いて作られた一冊だ。長谷部さんは河野裕子のカルチャー教室の生徒さんで、歌のところどころに河野裕子調を感じてしまった。古い生家での暮らし、旅行、父の看取り、母の老いを見る姿などが、実に丁寧に詠まれている。言葉選びに独自の視点からの工夫がある。吉川宏志氏の跋文があり、あとがきもしっかり書かれていて、作者の真面目な人柄が伝わる。

チェーホフの台詞 野上卓 本阿弥書店

2021-09-19 12:01:47 | 歌集
四十八歳の抵抗あれば七十歳の抵抗もあるふにゃふにゃだけど

真実は一つと言い切るコナン君そこのところはやはり子どもだ

思想にも賞味・消費の期限ありマルクス生誕二百年過ぐ

生きてゆくに煩わしきことさまざまで今日も会社に真っ直ぐにゆく

幾万の兵士のむくろつつみしか白地に赤く日の丸の旗

交番の手配写真に過激派の若き微笑はながくそのまま

 チェーホフ
生きてゆく生きていかねばチェーホフのセリフの染みる冬の夜となる

両親に殺されし子の作文をエンタメにしてテレビははしゃぐ

龍之介の息子三人演劇と音楽に生きひとり戦死す

野上さん写ってますよといただいたスナップ写真のなかの老人

(野上卓 チェーホフの台詞 本阿弥書店)

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短歌人の歌友、野上卓の第二歌集。野上さんは某飲料メーカーを退職後、短歌、俳句に勤しまれている。それ以前から戯曲を書く。作品は新聞歌壇に多く掲載され一読わかりやすく納得させられる。文学的才能、センス、体力に恵まれて羨ましいばかりだ。固有名詞の選択が絶妙で、同世代なら留飲を下げるだろう。ユーモアとペーソスを感じさせて自慢にはなっていない。歌集では連作を読めるのが嬉しい。第一歌集『レプリカの鯨』と共に上質のエンタテイメントと思う。

鬼と踊る 三田三郎 左右社

2021-09-12 19:04:19 | 歌集
生活を組み立てたいが手元にはおがくずみたいなパーツしかない

ありがとうございますとは言いづらくその分すいませんを2回言う

幸も不幸も他人に見せるものでなくツイッターには床の画像を

君たちはまだ知らないか背負い投げされたときだけ見える景色を

ゴミ箱がないんじゃなくてこの部屋がゴミ箱なんです どこでもどうぞ

剥がれ落ちたセロハンテープのふりをして生活が手にくっついてくる

十円玉と間違えられた五円玉の穴を思って泣く夜もある

行儀よく座る男の膝の上に拳という鈍器が置いてある

床屋から逃げた鏡は取り調べに「海を映してみたかった」などと

こめかみに前世で自殺したときの古傷がある 笑うと痛む

(三田三郎 鬼と踊る 左右社)

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三田三郎の第二歌集。短歌人関西歌会で数年前にお会いした気はする。おとなしい人だったと思うが、よく思い出せない。平凡そうな名前はペンネームなのだろう。ひと言でいうと「へたれ」の歌。今の世の中、強い自分を押し出すよりダメな私を演じた方が、人にも好かれ、楽に生きていくことができるのではないか。歌集はその実践かと思う。困難なことははぐらかす。実はさみしいんだろうな。逆に作者の生きづらさが浮かび上がる。ときおり歌に真実が見えるのが魅力だ。

童話の森 真狩浪子 六花書林

2021-09-11 12:16:55 | 歌集
両の手をすくふ形でそつと来て子の差し出すは扇風機の風

帰宅して「ママ、さびしかった?」と訊く吾子に淋しいふりをしてみせてやる

レシートに「ハナ」と打たれし百円の名前のわからぬみづいろの花

「おかんの床屋」三十分で閉店ですまたのおこしは願はずにおく

卒業式に頼もしく見えし同じ子が幼く見えてり入学式は

一画目の程よきにじみ得るまでに和紙を散らせり戀、恋、孤悲と

しならせて、まるくつつんで からだとは曲線、そして曲線を恋ふ

あまりにもあなたの想ひのまつすぐで童話の森に逃げ込みて、待つ

液晶のパネルに触れる軽さにてわたしの方からピリオドを打つ

新しくやはらかき筆 思ふまま使へるまでに数日の過ぐ

(真狩浪子 童話の森 六花書林)

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短歌人同人の真狩浪子の第一歌集。25年の歌歴の3300首から350首に絞ったという。前半は「息子〇歳」のあとに数首がならぶ構成で、子への愛情が感じられるが、成長を冷静に見ている。後半は初期の作品や父母のこと、自らの病が題材になっている。7首目の独特の身体感覚に惹かれる。職業である書道教師としての、書へのこだわりも魅力的。歌集は人生の反映ではなく、どの歌を入れてどれを外すか。考えさせられる。

水に響かふ 和田沙都子 ながらみ書房

2021-09-02 12:31:56 | 歌集
しあはせは推敲を待つ歌があり窓辺の座席にひろげゐるとき

いつの世に笛を置き来し笛方かわが家に来たりて小枝(さえだ)の笛吹く

みすずかる信濃の国は十州と歌へばひとつこゑなりし父母

「詩とは」西脇順三郎先生言はれけり「床屋の鏡のまへに坐つてゐる牛」

 蒔田さくら子さん
「ひとへまぶたの歌人の会をつくる」といふ 酔ひが醒めてもわすれざらめや

黄金虫の手足をとれば柿の種 ベトナム戦争とほくありたり

「おとなになつたら馬に乗るの」と言ひ終へて子供は深い寝息のなかへ

しやぼんだま売りが来ればをさなと手をつなぎついてゆきたし秋の陽ざかり

まぎれもなき三密の世界インドゆく『深夜特急』に幾夜をなぐさむ

珈琲館のしきりのなかに分かちあふホットケーキの身に沁む美味しさ

(和田沙都子 水に響かふ ながらみ書房)

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短歌人の先輩、和田沙都子さんの第二歌集。人は歳を重ねて、子供のころの好奇心や純粋さを忘れてしまうものだが、和田さんは決して忘れない。海外旅行の歌が多いが、インドなど行きにくい場所を何度も訪れることに驚かされる。
2004年に短歌人全国集会で訪ねた台湾へその後も行って現地の方との友情を深めてられる。亡くなった中地俊夫さん田上起一郎さん田村よしてるさんとの交流の歌も味わい深い。