米に換ふるため着物縫ふ母わかく糸切り歯にて糸嚙み切りぬ
なにはなくともかぎろひの宇陀夕映えの天(あめ)のふたかみ冬の大和は
父遺しし碁石を盤に置きをれば割れたる石がふたつみつある
ひとがたにわが身の穢れうつしをり夏越の空を研ぐほととぎす
毟り取り零余子を食めばあをくさき九月の空が口にひろがる
韻律の山野に手折りしわが歌をしたたる漆の木汁(しる)に染めゆく
湧きあがる思ひまつすぐ詠はむかいつさんに木をかけのぼる栗鼠
飛火野に見とも飽かめや置く霜を息でとかして草食む鹿は
右隣は寡婦、空き家、寡婦、空き家、寡夫 顔合はすなく春隣なる
やはらかにあしうらを圧す春草のちからを踏みて丘にのぼらむ
(萩岡良博 漆伝説 本阿弥書店)
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ヤママユの編集人である萩岡良博の第五歌集。奈良県宇陀の地に根を張って詠みつづける歌人。師である前登志夫へのリスペクトが集全体に感じられる。この時期、母を看取り切実な悲しみが伝わる。学生時代をふりかえっての歌もあり、同じ時代を生きた人、とくに男性は共感するだろう。