気まぐれ徒然かすみ草ex

京都に生きて短歌と遊ぶ  近藤かすみの短歌日記
あけぼのの鮭缶ひとつある家に帰らむ鮭の顔ひだり向く 

カミーユ 大森静佳 書肆侃侃房

2018-05-31 01:05:48 | 歌集
狂うのはいつも水際 蜻蛉来てオフェーリア来て秋ははなやぐ

老けてゆくわたしの頰を見てほしい夏の月影揺らぐさなかに

わたくしが切り落としたいのは心 葡萄ひと粒ずつの闇嚥む

曇天に火照った胸をひらきつつ水鳥はゆくあなたの死後へ

遠ざかるときがいちばんあかるくてあかるく見えて夕暮れの頰

唇(くち)もとのオカリナにゆび集めつつわたしは誰かの風紋でいい

冬の虹途切れたままにきらめいて、きみの家族がわたしだけになる

全身できみを抱き寄せ夜だったきみが木ならばわたしだって木だ

何があったか全部言って、と迫るうちに蔓草の野となってしまった

肉体の曇りに深く触れながらカミーユ・クローデル火のなかの虹

(大森静佳 カミーユ 書肆侃侃房)


古今さらさら 河野多香子 不識書院

2018-05-31 01:01:13 | 歌集
黙祷はまだしたくないこの国の揺れて揺られて漂う姿

木洩れ日をつかまえようと手を伸ばすおさなの指から夏の鳥飛ぶ

野良猫と呼ばれるほどの魂をもつ猫おらずビルの町には

飛び立とう冬が近づく身の内の水の部分は君に預けて

残された父の日記に細々と戦争当時の食べ物の値段

武蔵野の父が愛せる槻の木のいま春が来て新芽を降らす

紙風船 折ってたたんで息吹いて母が呟くあのころの恋

こんな夜は三匹が揃って嘲笑うドイツワインのラベルの猫が

夜更けには月が窓辺を訪れて古き歌集の吐息をのぞく

嘘つきな女がほそい指で折る造花のような夜の東京

(河野多香子 古今さらさら 不識書院)

柿の消えた空 喜夛隆子

2018-05-01 12:27:25 | 歌集
み吉野の鳥獣虫魚啼きをらむ草木悉皆さやぎてをらむ

月光の夜ごとにそそぎあふれけむ棚田百枚に早苗そよげり

みはるかす大き円弧のかすみつつ海境(うなさか)といふやまとのことば

さにつらふ梅の実笊に盛りあげて潮満ちてくる朝のわたし

むかし一度ひとを載せたる月輪とふと思ふなり冴えかへる空

あをによしならのならぼけはるがすみはなもさかむよゆつくりゆかう

つたかづら生き生き家を巻き締めて閉ぢこめられし仏壇ひとつ

さみどりの斜面かぐはし一番茶摘みゆく人に立夏のひかり

とうめいのみづのひびきにつつまれてほとけもわれらもひとつこすもす

鹿たちが立つて葉を食む高さなれ鹿(デイ)の(アー)線(ライン)と名付けられたる

(喜夛隆子 柿の消えた空 角川書店)