前かがみに人々走らす広重の雨の角度をいま窓に見る
遠かった影を真下に収めつつ着水をする沼のかもめは
共に飲む夜にあらためて見るもののひとつに耳のかたちはありぬ
上句と下句換えても歌になるような午前と午後なり窓うす曇り
ちんまりと服に埋もれる黒柳徹子の昼を風邪にこもりぬ
いつまでも中年のままでいられない紺色多きわがクローゼット
洗濯機を一度もまわしたことのなき父をいまさら疎みはせぬも
お手玉のなかの小豆は非常食祖母は語りき青き蚊帳のなか
この夏の母に受給の始まった年金われらにはしんきろう
遠くても近くてもあなたと呼ぶのだろうあなたの傘に入ることなく
(遠藤由季 北緯43度 短歌研究社)
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第三歌集。ものそのものを詠まずに、ものを言い表すのが骨法とされる短歌という詩形を意識して作られた歌。一首のなかのよく考えられた言葉えらび、配置にうならされる。後半では家族の歌がでてきて、別の味わいが感じられて面白い。古いタイプの親のようには生きられないことの戸惑い。親の世代の生き方を肯いながら、それを辿るわけには行かない現実がある。一度だけお会いしたとき、真面目という印象を持ったがいまはどうだろう。性格として近いものを感じる。Covid19のことで、準備していた歌集の構成に影響がでて、悩まれたのだろうな。応援したい。