降りしきる雨音あかるき窓にして少しの時間辞書読み進む
白髪になりたる奏者チェロを弾く同じき時のわれにも過ぎて
あたたかき母の手のひらいつまでも覚えておかむ母の子として
俎板に大きな西瓜切り分ける晴れ晴れとして家族はありぬ
曼殊沙華一群に照る日はあふれ眠れるような白き秋なり
無愛想に受け応えせしをやや悔いてなつかしみおり母の電話を
穂高連峰の写真の賀状片隅に小さく書かれし介護の二文字
わが犬のケージの掃除念入りに暑き日にして汗の滴る
亡き父の帽子は今も掛けられて家族の明け暮れ見守るごとし
抱えたるグラジオラスの花束をおみやげにして祖母は来たりき
(大原幸子 グラジオラスの花束 六花書林)
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短歌人の大原幸子の第一歌集。千葉県にお住まいで、わたしとほぼ同年代の方だがお会いしたことはない。家族や犬を題材にした歌が多く、穏やかな作品が並ぶ。個性の強い人間が個性を競うようなと短歌人会には、珍しいタイプかと思う。しかし一首目の辞書を読みすすむ歌にあるように、もしかしたら強いこだわりのある人かもしれない。小説を読み進むことはあっても、辞書は必要なときに引くだけなのだが・・・。歌集出版をきっかけにより個性的に「踏み外して」ほしいと思う。