こきこきと桃の缶詰あけてをり週でもつとも病むのは火曜
体調のよい日は爪もよく伸びる秋なかぞらに蜘蛛の巣ひかる
ゆめの母がそつとわたしに渡したる赤きバイエル黄(きい)のバイエル
「なるほど」を二度言はれたら商談は成立しない ニューヨーク9時
口かたく閉ぢたる貝が熱き湯に怺へつづけてゐる二、三分
湿りたる遅延証明ねむりたい花も花びら乗せた電車も
眠りたりないわが指さきが朝はやくメロン銀行に送金をする
去勢され寿命を延ばすさくら猫ふりむきざまにかるく会釈す
出かけませう、自粛しませう、水槽の中をただよふ渋谷ヒカリエ
夢の中ではだれもマスクをしてゐない落葉を焚いて五人家族は
(田中律子 森羅 ながらみ書房)
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塔の田中律子の第三歌集。どんな方かお会いしたことはないが「稟議書」「インサイダーで諭旨退職」などの言葉に、相当活躍されているキャリアウーマンを想像する。「婚姻届」「介護病棟」の歌もあり人生の出来事と作品がリンクしているタイプかと思う。しかし「バイエル」「メロン銀行」「渋谷ヒカリエ」「さくら猫」・・・こちらの言葉の選択にわたしは惹かれるのだがどうだろう。また旧かなへの愛情も感じた。