気まぐれ徒然かすみ草ex

京都に生きて短歌と遊ぶ  近藤かすみの短歌日記
あけぼのの鮭缶ひとつある家に帰らむ鮭の顔ひだり向く 

unknown  真野少  

2015-12-14 17:25:10 | 歌集
焼きあげて型より出だす鯛焼の余れる皮は鋏もて切る

街川に男の黒き傘死んで濯(そそ)がれているところを過(す)ぎる

蛸の足いっぽんいっぽん切り落とし陳列なせり値札をのせて

千代田区の千代八千代なるどーなつの穴の空虚を皇居といえり

死にかけの蟬咥えきて翅もぎて脚もぎて部品となしゆくはよし

《完全に無名なる者》(a complete unknown)貧困の本質をボブ・ディラン唄いき

ミルの歯が珈琲豆を砕きゆく。緩慢な緩慢な緩慢な、死。

皮剝の身はみずからの潰されし肝にまみれて皿鉢の上

何故に惜しむ命や健康にわろき煙は肺ふかく吸う

なぶらるるほど匂い立つ山椒という構造が汁椀に浮く

酔いたれば無用となれるわが首は重たげに揺れ傾ぎて眠る

(真野少  unknown  現代短歌社)

( )内はルビ

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八雁短歌会、真野少の第一歌集『unknown』を読む。

一読、「男の色気」を感じさせる歌集。生のエネルギーを感じた。食べ物の歌が多いのだが、家庭料理とは思えない。屋台か料亭か、すぐ傍にはお酒がありそうだ。
一首目では鯛焼、三首目では蛸の足を扱う。食材として売るために、バラバラにされ陳列される蛸の足の即物的な感じが、値札で強調される。
八首目の皮剝、十首目の山椒は料亭のご馳走を思わせるが、食を味わうというより、仕事上のつきあいの席で鋭いやり取りがなされているのではないだろうか。

戻って、二首目の「男の黒き傘」は都会の風景。「死んで濯がれ」に切なさがある。四首目は、初句二句で調子よく詠い、「どーなつの穴」とアイロニーを効かせる。空虚と皇居の音の近さが面白い。五首目は、猫の仕業だろう。弱いものに心を寄せるより、そのままをよしとする。乾いた感じがする。生きるとはそういうことなんだから。
六首目、七首目はこの歌集の根幹をなす歌。作者の諦念が感じられる。英語のルビ、《》や句点読点に工夫があり、読者の目をひく効果をあげている。
結果として、九首目の煙草の歌の自虐に到るようだ。最後の歌では、作者は横にはならず、酒場の椅子で眠ってしまう。

装丁もモノトーンでおしゃれ。白抜きにunknownの文字が浮きあがる。ハードカバーであるが、カバーそのものは薄い。歌集っぽくないのをよしとする感覚が新鮮だ。今後の真野少(manoshow)に期待したい。

短歌人12月号 同人のうた その2

2015-12-09 14:28:14 | 短歌人
カーテンを開けてすがしき月を容れ眠らんとする長月良夜
(岩下静香)

幾年をわが家の前を散歩しゆく犬老いたればけふは抱かれて
(竹浦道子)

  母の臨終に間にあわなかった
「がんばるのはもうせい一杯 さようなら」わが名が絶筆母の日記は
(和田沙都子)

置き忘れ来たるがゆえになつかしきものとなりたりビニールの傘
(今井千草)

運河には運河の時間 わたしにはわたしの時間ありと去り来つ
(蒔田さくら子)

安保安倍安保安倍ととなえれば安倍法案となる安保法案
(川田由布子)

銀杏の殻の内側風生れて翡翠の色が深まりゆけり
(梶田ひな子)

ひと月の過ぐる速さに驚きて十二度驚き一年は過ぐ
(大橋弘志)

茂吉の恋実らざりしかゆくりなく唐辛子煮る秋の夕べに
(西台恵)

このシャツは着まわしが効く紺色の優柔不断の七分の袖の
(大越泉)

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短歌人12月号、同人1欄より。



短歌人12月号 同人のうた

2015-12-03 00:14:45 | 短歌人
歌の友が集ひて歌を語るときわが病床に花咲くごとし
(有沢螢)

鏡に向かう時間の少し長くなり子は髪の毛を丁寧に梳く
(鶴田伊津)

二三本のながき蕊みゆ秋の日にすがれかけたる黄の曼珠沙華
(青輝翼)

猫を撫でて一日は過ぎ一日ぶん終りに近くなるこそうれし
(酒井佑子)

はりぼてめいた国会議事堂くらやみに幻影のごと白く浮きをり
(花鳥佰)

わが耳のうちに残れり祖母のこゑ子平(しへい)まんぢゆうの薄皮ほどに
(洞口千恵)

となり家の少女のさらふ「アラベスク」九月の庭を蜥蜴がはしる
(佐々木通代)

ピラカンサと知りて見つればピラカンサ思わぬ高さに実をつけにけり
(小林登美子)

捨てるもの余りに多く何ひとつ捨てられず読む『捨てる生活』
(林悠子)

同色の毛糸が足りず空色で肩を覆えばつづく晴天
(猪幸絵)

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短歌人12月号、同人1欄より。