気まぐれ徒然かすみ草ex

京都に生きて短歌と遊ぶ  近藤かすみの短歌日記
あけぼのの鮭缶ひとつある家に帰らむ鮭の顔ひだり向く 

短歌人8月号 同人のうた その3

2014-08-22 18:46:51 | 短歌人
なまぬるき風になびきししろがねの芽花を越えて夕ぐれの来ぬ
(佐藤慶子)

貝殻の中の自由と思いけり名曲喫茶という小天地
(守谷茂泰)

父よりも母よりも長く生きてきて楝の花をことしも仰ぐ
(曽根篤子)

蛍ひとつわれの視界をよぎりゆく六月闇はきはまりにけり
(大谷雅彦)

竹群の空に擦れ合うあたりより生きよ生きよと光こぼれる
(岩下静香)

植村さんの書きし葉書の猫のひげチリリチリチリ吾を泣かしむ
(高田流子)

一本の群青の壜すこやかに立ちて在りにき廃校の棚
(西王燦)

シュレッダーに書類一枚処理をせり瓶のあじさいかすかに震う
(今井千草)

「麗しき五月」と誰か謳ひたり日盛りの野に蜂は勤しむ
(西勝洋一)

口内炎とたたかふ四月 わが生はチェルノブイリの人と出会はず
(大森益雄)

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短歌人8月号、同人1欄より。



短歌人8月号 同人のうた その2

2014-08-15 17:37:20 | 短歌人
あぢさゐは石材店の庭に咲き奥に働くひとりが見ゆる
(斎藤典子)

いい風だねと夏のゆふべはこゑをかけ撫でし青猫ゐぬ石畳
(蒔田さくら子)

雑草を抜いてもこころいたむなりひとつのいのちここに焉(をは)れば
(小池光)

遠花火音のひびけば過去形の夜空思ひぬ母在りし日の
(藤本喜久恵)

定年の齢(よわい)のびるを追うように働くわれは禿びた鉛筆
(加藤隆枝)

コンビニは剰余の明かりこぼししを店じまいして暗きに佇む
(林悠子)

災ひもやまひも巡り遇ふもので ひとり無明の橋を渡らむ
(原野久仁子)

身の丈は五尺八寸猫背にて煙草はピース父といふひと
(榊原敦子)

われのほか誰(た)がふみたるが桜桃の小さき熟実のこぼれる小道
(庭野摩里)

名も知らぬ野の花々の咲きみてり売れぬ日ながき更地のうへに
(加藤満智子)

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短歌人8月号、同人1欄より。



青昏抄 楠誓英

2014-08-08 19:13:10 | 歌集
背広着し見慣れぬ吾の内にある琥珀の色の夕雲ひとつ

新聞の上に置かれたままにある父の眼鏡に若葉揺れゐる

丸まつた靴下入りの上靴がプールサイドにならんでゐたり

サイダーの壜をささげて夏近き淡青の空を透かして見たり

夕暮れの雲の映れる机には兄の写真が伏せられたまま

青き夜に経を開けば変はりゆく「なもあみだぶつ」が「なみだあふれつ」と

腕と同じ数だけ腋窩はあるだらう千手観音に向かひゐるとき

金継ぎの青磁の碗を見て知れり傷あるものの美しきこと

本と本の細き隙間を覗くとき異界の街が見えた気がする

帰らざる兄の自転車さびついて月の光が照らしてゐたり

(楠誓英 青昏抄 現代短歌社)

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アララギ派の楠誓英の第一歌集『青昏抄』を読む。

この歌集は、第一回現代短歌賞に選ばれた300首から成っている。歌集一冊を賞品とした賞には450篇もの応募があり、二名が選ばれたうちの一冊。

楠さんとは、歌友である田中教子さんとの交流の中で知り合った。僧侶であり、教師であり、書道や茶道をも嗜む好青年。歌も感覚がみずみずしく期待するところが大きかったので、この受賞と歌集上梓は当然の結果と、私には思われる。

一首目は、巻頭歌。自らの中に「琥珀の色の夕雲」を見る感性に、鋭さと自愛を感じる。着なれない背広を着ても、内面は変わらない。しかし、違った何かが現れそうな予感もある。初々しさが、読者を歌集に誘っていて巻頭歌にふさわしい。
三首目は、教師としての職場詠。若々しい。また、丸まった靴下の窮屈さが学校生活を象徴しているようにも読める。作者は教師という立場なので、冷静さも感じさせる。
四首目は、爽やかで三ツ矢サイダーのCMに使えるような内容。素直に賛成したいが、「きれいすぎる」などと文句をつけたくなるのは、若さへの嫉妬だろう。
五首目。この歌集には作者の兄が何度も登場するが、お兄様は阪神淡路大震災で亡くなっておられる。伏せられた兄の写真は、家族の中で、常に意識しながら話題にあえてしないことのモヤモヤの象徴である。ここの机にも夕暮れの雲が登場し、抒情を盛り立てる。十首目では、月の光があり、舞台設定が美しい。
七首目。発見の歌。腕から腋窩を連想するとき、千手観音を出すのが意外で新しい。八首目、九首目にも、作者独自の視点が見られる。
六首目には、微かなユーモアと哀しみが感じられる。

一冊を読み終えて、爽やかさと哀しみを思った。『青昏抄』という集題にふさわしい。この青がこれから、どう変わっていくのか、とても楽しみだ。
この年代なら、もっと軽い歌が多くて当然という気がするが、彼は文語旧かなの正統派。ますます歌に磨きをかけて、個性を発揮していただきたい。大いに期待している。

短歌人8月号 同人のうた

2014-08-07 16:11:18 | 短歌人
あぢさゐが咲けば思ほゆぱりぱりと和傘をひらく油の匂ひ
(橘夏生)

「短歌人」出詠のため枕辺に看護師長立ちき十五分間
(有沢螢)

新婚のふたりをいはふ葡萄酒よ明かるき光海よりさし来
(岡田幸)

ひるがへる青葉となりて音たてるこのかへるでは父が植ゑたり
(金沢早苗)

芳一をおもへば両のわが耳にひやけどめ塗るおもてもうらも
(佐々木通代)

四年ぶり田植ゑもありて水の界ひかりの界のひろがる五月
(洞口千恵)

おおうみのくじらがいわしを食うように錠剤十五を飲みほすあわれ
(室井忠雄)

理論書に空しいことを書き継いで紙は何万の木を灰にしてゐる
(泉慶章)

ポマードの微かな香するバスのなか死にたる父も帰路を急ぐか
(森澤真理)

空箱のひとつひとつに籠められし「いつか使ふ」の思ひが重い
(西橋美保)

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短歌人8月号、同人1欄より。