気まぐれ徒然かすみ草ex

京都に生きて短歌と遊ぶ  近藤かすみの短歌日記
あけぼのの鮭缶ひとつある家に帰らむ鮭の顔ひだり向く 

あるはなく 千葉優作 青磁社

2023-10-21 11:28:04 | 歌集
かなしみの予兆のやうにしづかなりティッシュの箱を充たすティッシュは

失くしたと気付かなければえいゑんに失くしたものになれないはさみ

ほんたうは僕が変はつたせゐなのに度が合つてないと言はれるめがね

労働の合間はひとり死んだものばかりを詰めた弁当を食ふ 

知り合ひがひとりもゐない空間で「おてもと」の箸だけがやさしい

ワイシャツを脱げばわたしがワイシャツのたましひだつたひとひが終はる

たんぽぽのやうに暮らしちやだめですか三万人が自死する国で

鯖缶のぶつ切りの鯖 この鯖の身体が別の鯖缶にもある

鶏卵をこつりと割ればこの世でもあの世でもない時間がひらく

花の下にて死んでたまるかきさらぎの銀月アパートメントのさくら

(千葉優作 あるはなく 青磁社)

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塔短歌会所属。歌集には略歴がなく、作者の実像は隠されている。もしかしたらペンネームなのかもしれない。「謎」の作り方が現代的。「こんなわたしだから、こんな歌を作りました」という報告的な歌集ではないところに注目する。発見の歌、ものの見方の歌、食べ物の歌にとくに魅力を感じた。

漆伝説 萩岡良博 本阿弥書店

2023-05-17 10:21:02 | 歌集
米に換ふるため着物縫ふ母わかく糸切り歯にて糸嚙み切りぬ

なにはなくともかぎろひの宇陀夕映えの天(あめ)のふたかみ冬の大和は

父遺しし碁石を盤に置きをれば割れたる石がふたつみつある

ひとがたにわが身の穢れうつしをり夏越の空を研ぐほととぎす

毟り取り零余子を食めばあをくさき九月の空が口にひろがる

韻律の山野に手折りしわが歌をしたたる漆の木汁(しる)に染めゆく

湧きあがる思ひまつすぐ詠はむかいつさんに木をかけのぼる栗鼠

飛火野に見とも飽かめや置く霜を息でとかして草食む鹿は

右隣は寡婦、空き家、寡婦、空き家、寡夫 顔合はすなく春隣なる

やはらかにあしうらを圧す春草のちからを踏みて丘にのぼらむ

(萩岡良博 漆伝説 本阿弥書店)
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ヤママユの編集人である萩岡良博の第五歌集。奈良県宇陀の地に根を張って詠みつづける歌人。師である前登志夫へのリスペクトが集全体に感じられる。この時期、母を看取り切実な悲しみが伝わる。学生時代をふりかえっての歌もあり、同じ時代を生きた人、とくに男性は共感するだろう。

生きてこの世の木下にあそぶ 山中もとひ 六花書林

2023-04-22 13:24:55 | 歌集
サイコロに似た家コロコロ建ち並ぶ小さな窓の賽の目つけて

若い人ものを知らぬと叱られてわたしひととき若い人なり

幸運を無駄遣いしてまたバスがわたしばかりに都合よく来る

ヤマト糊の黄色いカップ〈工作〉を見本どおりに作らぬ子供

はじめから一人で歩いていたのだろうわたしのことだけ懐かしいから

缶入りの蚊取り線香ヤニじみた蓋に雄鶏右を向きおり

えいっと本を揺すれば短歌が滑り落ちなにか煩いことを言い出す

戦争はしないはずだが戦争に参加して日本七十五年

良いものは川上から来るどんぶらこ川下のこと知らない知らない

魚屋は数多まなこを商うと思いて清し対の目の玉

(山中もとひ 生きてこの世の木下にあそぶ 六花書林)

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短歌人、鱧と水仙でご一緒している山中もとひの第二歌集。歌数が多いと最初は思ったが、ひと開きに一連を入れるやり方で読みやすい。
カラッと渇いたユーモア、独自のものの見方。どこを開いてもわたし好みの歌がある。師、山埜井喜美枝はあの世で喜んでられるだろう。

いま二センチ 永田紅 砂子屋書房

2023-03-26 22:57:22 | 歌集
からんからんすっからかんに音はなし陽射しの中に壜があるだけ

上澄みを生きているのはつまらないアメンボ飛び出すときの脚力

本の背に指かけ斜めに引きだせば子規も斜めに後頭部見す

論文の小舟を乗り継ぎながら往く研究生活十六年目

親指と人差し指のあいだにて「いま二センチ」の空気を挟む

病院に兄持ちくれし無花果の皮剝けば白き粒の乳湧く

いつもいつも仕事している祖父ならむ祖母は空色の着物のままで

柳とは馬繋ぐのに良き木らしそのような訳で出町柳は

川の字の一画目なるわたくしのはらいの脚が布団より出る

海口とよばず河口と名づけたるこころは真水に身体与えき

(いま二センチ 永田紅 砂子屋書房)
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塔短歌会、永田紅の第五歌集。2012年から2015年までの作品を収める。妊娠、出産、育児、研究者としての仕事。京都での暮らしがいきいきと描かれる。歌には発見があり、芯があり、すんなり読ませるための工夫がある。生活の場の重なるわたしはどれも頷きながら、楽しみながら読んだ。
  

空の家族 和田守玖子 現代短歌社

2023-02-09 12:31:11 | 歌集
耳内に壊れたラジオ一つあり少女の頃より夕ぐれに鳴る

お隣りの改装工事はじまりて怒り出したり聞こえるひとは

唇を読めずにわれは立ちつくす補聴器センターみなマスクなり

うず高く積りし落葉舞い上り空の家族が呼ぶ声がする

亡き母が少女となりて吾(あ)とふたりお遍路に行く春の夜の夢

空にいる笑顔の父母に会いに行く雲にかかった虹を登りて

向かい合う鏡のように知っているアサミのなかの少女のわたし

少しずつ物を減らして春の夜に行方くらます我の退職

大いなる宇宙(そら)とつながり踊る時プルメリアの花闇にゆれおり

もう足は動かないけど指はあるハンドフラでも舞台に立てば

(和田守玖子 空の家族 現代短歌社)
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見知らぬ方から送られてきた歌集。2020年11月作歌開始とのことで驚いた。短期間にたくさんの歌を作った。質も高い。楠誓英さんのアドバイスもあり、立派な一冊となった。表紙の絵も自作。七十七歳でもこんなことができたのかと感心する。内容をみると、難聴があり、病があり、辛い思いをなさってきた。学校に勤務中の、生きづらい生徒への目がやさしい。頑張り屋さんという言葉を思う。境遇に負けない生き方に感心し見習いたいと思う。