レタスからレタス生まれているような心地で剝がす朝のレタスを
幸せと言わねばならぬ虚しさに心はゆっくり折りたたまれる
君が呼ぶ旧きわが名はほうたるが向こうの岸に運びてゆきぬ
あしたまた遊べばいいと片付けた玩具は今日と同じで違う
病む人にいつまで優しくできるだろう朝には冷ゆる湯たんぽの湯
子に服を着せるようにはゆかぬもの父の厚手の褐色(かちいろ)の袖
卓上に鍵を並べる 夕ぐれの鍵はそれぞれ疲れていたり
おさな子は遠く駆けゆくわれのみが長き産後を生きているなり
妊(みごも)れば影も妊る気だるさに青葉の闇へ身を運ぶひと
わが歌は今どの町をゆくらむか鳥の切手を付けて発ちしが
(中畑智江 同じ白さで雪は降りくる 書肆侃侃房)
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中畑智江の第一歌集『同じ白さで雪は降りくる』を読む。
中畑さんと面識はないが、第五回中城ふみ子賞を受賞しておられ、その他いくつもの短歌の賞で評価されておられることは知っていた。
歌集に収められた歌は、どれも読みやすくて親切。短歌はやはり一読してわかるものが良いと、私は思う。
一首目。レタスを三度くりかえしながら、球になったレタスからつぎつぎと葉を剥がす様子がいきいきと描かれている。爽やかな一首。
二首目。本音と建前の使い分けを言っていると解釈した。「折りたたまれる」が、屈折の「折」を思わせる。虚しさは言い過ぎかもしれない。
三首目。ほうたるを出したところに詩情が生まれた。四首目。子育ての中から生まれた歌。
積み木であっても、ほかの玩具であっても、そこに纏わる物語は片付けると壊れてしまう。同じ玩具でも、次の日はまた違うものになる。でも片付けなければならない哀しさ。
五首目、六首目は、お父様の病気を詠っている。病む人に・・・で素朴な疑問を示し、下句で具体的に冷めるものを出して、上句の不安を裏打ちしている。次の歌は「褐色」を「かちいろ」と読ませるのが面白い。厚手の袖は、着せにくそうだ。
八首目。そうそうと納得する。子どもが成長しても、母親には「長き産後」なのだ。このギャップが歌になる。九首目。前後の歌から、妹さんの妊娠のことらしい。影も妊るという発想がよい。「気だるさ」「青葉の闇」「身を運ぶ」がうまく合っている。
十首目を含む最後の一連からは、今後歌を詠み続けようとする作者の意気込みが感じられる。歌人宣言と読みたい。
これからのますますのご活躍を応援したくなる歌集だ。
幸せと言わねばならぬ虚しさに心はゆっくり折りたたまれる
君が呼ぶ旧きわが名はほうたるが向こうの岸に運びてゆきぬ
あしたまた遊べばいいと片付けた玩具は今日と同じで違う
病む人にいつまで優しくできるだろう朝には冷ゆる湯たんぽの湯
子に服を着せるようにはゆかぬもの父の厚手の褐色(かちいろ)の袖
卓上に鍵を並べる 夕ぐれの鍵はそれぞれ疲れていたり
おさな子は遠く駆けゆくわれのみが長き産後を生きているなり
妊(みごも)れば影も妊る気だるさに青葉の闇へ身を運ぶひと
わが歌は今どの町をゆくらむか鳥の切手を付けて発ちしが
(中畑智江 同じ白さで雪は降りくる 書肆侃侃房)
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中畑智江の第一歌集『同じ白さで雪は降りくる』を読む。
中畑さんと面識はないが、第五回中城ふみ子賞を受賞しておられ、その他いくつもの短歌の賞で評価されておられることは知っていた。
歌集に収められた歌は、どれも読みやすくて親切。短歌はやはり一読してわかるものが良いと、私は思う。
一首目。レタスを三度くりかえしながら、球になったレタスからつぎつぎと葉を剥がす様子がいきいきと描かれている。爽やかな一首。
二首目。本音と建前の使い分けを言っていると解釈した。「折りたたまれる」が、屈折の「折」を思わせる。虚しさは言い過ぎかもしれない。
三首目。ほうたるを出したところに詩情が生まれた。四首目。子育ての中から生まれた歌。
積み木であっても、ほかの玩具であっても、そこに纏わる物語は片付けると壊れてしまう。同じ玩具でも、次の日はまた違うものになる。でも片付けなければならない哀しさ。
五首目、六首目は、お父様の病気を詠っている。病む人に・・・で素朴な疑問を示し、下句で具体的に冷めるものを出して、上句の不安を裏打ちしている。次の歌は「褐色」を「かちいろ」と読ませるのが面白い。厚手の袖は、着せにくそうだ。
八首目。そうそうと納得する。子どもが成長しても、母親には「長き産後」なのだ。このギャップが歌になる。九首目。前後の歌から、妹さんの妊娠のことらしい。影も妊るという発想がよい。「気だるさ」「青葉の闇」「身を運ぶ」がうまく合っている。
十首目を含む最後の一連からは、今後歌を詠み続けようとする作者の意気込みが感じられる。歌人宣言と読みたい。
これからのますますのご活躍を応援したくなる歌集だ。