気まぐれ徒然かすみ草ex

京都に生きて短歌と遊ぶ  近藤かすみの短歌日記
あけぼのの鮭缶ひとつある家に帰らむ鮭の顔ひだり向く 

同じ白さで雪は降りくる  中畑智江 

2014-09-25 14:44:29 | 歌集
レタスからレタス生まれているような心地で剝がす朝のレタスを

幸せと言わねばならぬ虚しさに心はゆっくり折りたたまれる

君が呼ぶ旧きわが名はほうたるが向こうの岸に運びてゆきぬ

あしたまた遊べばいいと片付けた玩具は今日と同じで違う

病む人にいつまで優しくできるだろう朝には冷ゆる湯たんぽの湯

子に服を着せるようにはゆかぬもの父の厚手の褐色(かちいろ)の袖

卓上に鍵を並べる 夕ぐれの鍵はそれぞれ疲れていたり

おさな子は遠く駆けゆくわれのみが長き産後を生きているなり

妊(みごも)れば影も妊る気だるさに青葉の闇へ身を運ぶひと

わが歌は今どの町をゆくらむか鳥の切手を付けて発ちしが

(中畑智江 同じ白さで雪は降りくる 書肆侃侃房)

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中畑智江の第一歌集『同じ白さで雪は降りくる』を読む。

中畑さんと面識はないが、第五回中城ふみ子賞を受賞しておられ、その他いくつもの短歌の賞で評価されておられることは知っていた。
歌集に収められた歌は、どれも読みやすくて親切。短歌はやはり一読してわかるものが良いと、私は思う。

一首目。レタスを三度くりかえしながら、球になったレタスからつぎつぎと葉を剥がす様子がいきいきと描かれている。爽やかな一首。
二首目。本音と建前の使い分けを言っていると解釈した。「折りたたまれる」が、屈折の「折」を思わせる。虚しさは言い過ぎかもしれない。
三首目。ほうたるを出したところに詩情が生まれた。四首目。子育ての中から生まれた歌。
積み木であっても、ほかの玩具であっても、そこに纏わる物語は片付けると壊れてしまう。同じ玩具でも、次の日はまた違うものになる。でも片付けなければならない哀しさ。
五首目、六首目は、お父様の病気を詠っている。病む人に・・・で素朴な疑問を示し、下句で具体的に冷めるものを出して、上句の不安を裏打ちしている。次の歌は「褐色」を「かちいろ」と読ませるのが面白い。厚手の袖は、着せにくそうだ。
八首目。そうそうと納得する。子どもが成長しても、母親には「長き産後」なのだ。このギャップが歌になる。九首目。前後の歌から、妹さんの妊娠のことらしい。影も妊るという発想がよい。「気だるさ」「青葉の闇」「身を運ぶ」がうまく合っている。
十首目を含む最後の一連からは、今後歌を詠み続けようとする作者の意気込みが感じられる。歌人宣言と読みたい。
これからのますますのご活躍を応援したくなる歌集だ。



短歌人9月号 同人のうた その3

2014-09-19 19:28:58 | 短歌人
叔父さんのアメリカ土産パーカーの万年筆の矢羽(アロー)クリップ
(平林文枝)

「あれから」と娘の言いあれから止まりいし時間の窪にこころさしのぶ
(佐藤慶子)

今し方去りしわたしの抜け殻をぽんと投げ捨て米研ぎ始む
(齊藤和美)

日本人は忘れる民と見抜きたる折口信夫の言を忘れじ
(諏訪部仁)

台風の近付く夜よ恐れつつひと待つやうなたかぶりのあり
(高田流子)

夕暮れの闇を集めて鎮もれるあぢさゐは明日の力ためゐる
(藤本喜久恵)

白鷺のさざ波たてぬ歩みありなかなか昏れぬ六月の水
(平野久美子)

生家にて今年は白が優勢と父の言いおり立葵の花
(長谷川富市)

炎天の風鈴市の音の渦、妻子ともなひ近づきゆかな
(宇田川寛之)

ひさびさに書斎の窓より風入れて空気うるほひゆくを味はふ
(斎藤典子)

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短歌人9月号、同人1欄より。

短歌人9月号 同人のうた その2

2014-09-12 22:15:37 | 短歌人
両側の家をつぎつぎドリブルし近づいて」くる郵便バイクは
(真木勉)

幅ひろき昭和のネクタイ足首にまつはりまつはり行く手をはばむ
(西橋美保)

果てしなき砂漠をあゆむ隊商の一人となりて果てたかりしに
(藤原龍一郎)

ダーツの矢刺さったままにボード古りぬ二十年とはほんの束の間
(西勝洋一)

辛うじて立つ足腰をはげまして水飲みにゆく猫をかなしむ
(小池光)

胡蝶蘭運びこまれていそいそと回る床屋のねじりん棒は
(松永博之)

伊良湖岬灯台小さく健気なり磯辺にありて一夜照らせり
(水谷澄子)

彼の夏の深夜サロンの店長の橘さんのつくる水割
(大橋弘志)

おほどかに編まれてしかも堅き籠はるかなる二つの手を思へとぞ
(金沢早苗)

パラグアイの国旗には世界でただひとつうらおもてある裏にライオン
(室井忠雄)

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短歌人9月号、同人1欄より。

短歌人9月号 同人のうた

2014-09-04 23:57:06 | 短歌人
さびしさは細部に宿り咲き継ぎし日々草を跨いでゆけり
(鶴田伊津)

病床に釘打たれしまま見るテレビ集団的自衛権可決されゆく
(有沢螢)

ゆつたりと揉まれたことを言の葉はストローくちに想ひ出しいふ
(泉慶章)

赤玉の卵に箸で穴を開け父は呑みしよ暗き厨に
(関谷啓子)

六月の風の隠れ家控え目にほたる袋は花を揺らせり
(山本栄子)

身の丈を越ゆる恋こそ恋ならめ天井ひくき阿佐緒の生家
(洞口千恵)

余命乏しき猫なるを抱き夜床に入る鍋も皿もみな洗ひてすずし
(酒井佑子)

砂時計の砂が落ちきり膨らみの中の時間は死んでいるのか
(猪幸絵)

「終はらない永遠」が映るかもしれなくてけふも鏡を覗くコクトー
(橘夏生)

朝顔のように生きたし目の前のものを信じて身をからめゆく
(八木博信)

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短歌人9月号、同人1欄より。

短歌人9月号 9月の扉

2014-09-01 23:15:00 | 短歌人
この世への戻り道などありませぬ 切切とゆく蟻の十ばかり

終電車の窓につらなる街灯を目守りてゐたり われ若からず

(田上起一郎 蟻の十ばかり)

紫陽花の色のゆらぎを見てゐるまに列はみだしてこぼれてしまふ

おのもおのも機器を弄りて街角に帯なす人らランチ待つらし

(人見邦子 二十分)

梅雨晴れを空へ咲きつぐたちあふひさらにつらなり蟻のぼりゆく

蒼穹に夏はひろごり修験者の白きつらなり山嶺をゆく

(矢野千恵子 つらなる)

行列のもつとも本気なりしこと大震災直後の仙台に見き

ながながき行列を見しわが横目しばし愉しみてのちまへを向く

(菊池孝彦 かなしからずや)

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短歌人9月号。9月の扉。今月のお題は「行列」。