鳩一羽とり出しさうな手つきして男性美容師髪さばくなり
弓、矢、剣、手綱のなべて失はれ兵のまるめた手指の空洞
乗り合はす人それぞれに見てゐたり運河のひかり遠くなるまで
自転車にをさなごを乗せ坂道をあへぎ来る人、あれはわたしだ
同じ電車を降りたる人らおのづから距離をとりつつ夜の道帰る
白バイの荷台にしろくひかる箱 大き卵ひとつ容るるならずや
こはばるかさびしげなるか笑ふことすくなき古き写真の人びと
耳をつかみウサギを下げし感覚が春の夕べの手によみがへる
いちごのパイ一つをわれにくれる児の何とうれしげな顔するものか
みどりごはじぶんを抱くちちおやを頭反らせてをりをり見上ぐ
(時本和子 運河のひかり 砂子屋書房)
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短歌人同人の時本和子の第二歌集。時本さんとは短歌人の全国集会や新年歌会でご一緒することが多い。そこで彼女はいつも高得点で賞品をゲットする。控えめなお方なのに、だからこそ、歌で人の心を掴む。家族のうたが多く、その目で捉えた人間描写がうまい。あくまでも主婦というスタンスを崩さない。この支えがあればこそ歌壇は、日本の文化は分厚いのだ。