美容室グレープス (飯田市) 店長&スタッフ・ブログ

飯田駅アイパーク広場前「美容室グレープス」(グレープス.com)のブログ。 
本店「スズキ美容室」(飯田市)の話題も。

結婚式は誰のもの?⑤ 郷土の婚礼文化を語り継ぐ~その壱~

2020年01月04日 | ウェディング

Presented by  グレープス.com  and スズキ美容室.com 

and  スズキ美容室・訪問サービス.com  (長野県飯田市)

結婚式の形態が、

儀式(セレモニー)+宴会(レセプション) から成り立っているという事は、

ほぼ、全世界共通のようです。

それは、

グローバルスタンダード=「国際標準」、

という言葉が出てくる以前からの文化人類学的な?常識事項のようです。

 

そんな結婚式の後半部分に位置する、「宴席」については、

その国の、あるいは、それぞれの地方の独自の文化が、

最も顕著に表れる部分のように思われます。

伝統的な日本の結婚式を特集した「婦人画報」誌も、

この点に、当然のように注目しています。

日本全国のお祝いの宴席で供される、

伝統食、それも垂涎物のお料理が掲載されています。

 

しかし、実際に、いま、これらを目の当たりにでき、

その味を堪能できる結婚式って、

どれくらいあるのでしょうか・・・。

「婦人画報」誌の、各地方のご祝儀料理の中で、

特に目を引いたページが、

わたしたちと同じ長野県の松本市の「それ」のページです。

なぜ、目に留まったのでしょうか。

答えは簡単です。

わたしたち飯田地域のそれとそっくりだったからです。

鯉の旨煮、ウズラの姿焼き、

飯田地域の婚礼では、もうお目にかかることができなくなってしまっているのは、

残念です。

 

海と接しない、山国である長野県で、

城下町として、商業の中心都市として栄華を誇っていた点が、共通点ではありますが、

民俗学的?な好奇心を大いにそそられます。

 

こんなことをきっかけにして、

わたしたちの郷土、飯田の婚礼についても、

その歴史、文化を、お料理も含めて、

後世に少しでも語り継いでいきたいという思いが湧き上がり、

そんな企画を実行に移しました。

 

つづく

 

◆語り部  辰巳美容室 杉山麗子先生

◆聞き手  木下美郷さん (「着物でセレモニー」出演)

◆司会   スズキ美容室 鈴木文子

企画・制作     美容室グレープス

◇制作協力  舞鶴

◇制作協力  たちばな飯田店

 

 


結婚式は誰のもの?④ グローバルスタンダードの現在

2019年12月11日 | ウェディング

Presented by  グレープス.com  and スズキ美容室.com 

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ウェディング(結婚式)のグローバル・スタンダード(国際標準)が、

1990年代には、ロンドンを中心としたヨーロッパにあった・・・とすれば、

2000年~2010年代の現在は、アメリカ合衆国のニューヨークにあるという見立てで、

ほぼ、間違いないのではないでしょうか。

 

ブライダルファッションの21世紀初頭とは、

us ヴォーグ誌のエディターのキャリアを持つ、

ニューヨークの、このファッションデザイナー ※1 が創りだす、

ウェディングドレス(ウェディングガウン)が、

世界のブライダルファッション界をリードしてきた時代と表現して間違いありません。

 

 ファッションデザイナー ヴェラ・ウォン

 

ファッションブランド・「ヴェラ・ウォン」と彼女のメゾンが創りだすウェディングガウンの代名詞といえば、、

「バレリーナ」のシルエットと「ベアトップ」  ※2

 

◆以前は、「肌の露出は厳禁」などといわれていた、ウェディングドレスの常識が、

現在では、「そんな時代もあったのね」的な感覚になっていることも、

ヴェラ・ウォン発の、グローバルスタンダードの流れ・・・と言ってしまえば

かんたんに説明がつきます。

 

◆そして、そのトレンドを強力に後押ししている要因が、

アメリカでの結婚式の「宗教離れ」にある、

という分析がなされています。 ※3

 

・・・筆者は、全日本ブライダル協会でのセミナーで、

日本のブライダル業界のトップであり、

日本のブライダルファッションデザイナーのトップである桂由美先生が、

現在の世界のウェディング・ファッションのトレンド分析として、

ヴェラ・ウォンブランドの肌の露出について、詳細に観察を加え、コメントされていたことを

鮮明に記憶しています。・・・

 

そんなところからも、ニューヨークのウェディングシーンとデザイナー・ヴェラ・ウォンが、

世界のブライダル業界に与えている影響の大きさを実感してしまいます。

 

さて、先ほどの、

◆結婚式の宗教離れについて、少し付け加えます。

 現在、アメリカでの結婚式スタイルのトレンドは、

「キリスト教式から、シビル・ウェディング(人前式)へのシフト」という、

大きな流れの中にあります。

日本で盛んな「カジュアルな結婚式」という、潮流の源流を

もしかしたら、こんなところに見出すことができるのかもしれません。

 

しかし、

日本では、現在も結婚式スタイルの圧倒的多数は、キリスト教式。

この地位は、近年、全く揺るぎがないという統計が出ています。

が、もともと日本でのキリスト教式結婚式のほとんどが、

ご本人の信仰とは関係のない、結婚式限定キリスト教であるということも、

皆さん、周知の現実です。

ですから、

日本独自で、キリスト教的な戒律とか、威厳などが、

結婚式の衣裳を制約するものとして、ファッションのトレンドを覆すほどの強い力として働くことは、

まず、考えなくてよいのではないでしょうか。

そして、それは、

現実の日本の結婚式の「カジュアル化」を目の当たりにしている人々にとっては、

すでに、明らかなことなのです。

 

◆ さて、ここまで少し寄り道をしてきましたが、

次回からは、わたしたちの郷土の結婚式文化について、

すこし掘り下げてみたいと思います。

 

※1. ニューヨークのファッション・デザイナー

大都会・ニューヨークをファッションの一大消費地として、東京に重ねてみると、そこにヘッドオフィスを置くファッションデザイナーやアパレルブランドの存在は、イメージしやすいかと思います。

しかし、ニューヨークのマンハッタン島の真ん中には、クチュールのメゾンがあり、手工業の縫製工場があり、ドレスや舞台衣装の生産も盛んに行われていることをご存知の方は多くないはずです。

ところが、現実に、ニューヨークには、それらが存在しています。 

ニューヨークという都市の奥深さを感じる、というか、素直に素敵なことだと感じます。

 

※2. 写真集「ヴェラ・ウォンON WEDDINGS」より

 

3.結婚式の宗教離れ

少し前の、「ゴシップガール」をはじめとする、NYを舞台にしたトレンディ・ドラマや映画の結婚式シーンを観ていると、確かに宗教離れの現実を確認することができます。

しかし、教会での挙式はなくても、ウェディングドレスはなくなりません。それどころか、多くの女性の結婚式にによせる情熱は、ウェディングドレスへ集中的に注がれています。

それは、この映画を観ると、「ウェディングドレス信仰」ともいえるほどの熱量を発しているように感じます。

 

◆ 2008年 アメリカ映画 「幸せになるための27のドレス」

結婚適齢期の女性の結婚願望をストレートに描いた作品。

女性にとって、ウェディングドレスがいかに重要なものか・・・

ウェディングドレス選びを中心に回っている?・・・現代のブライダル事情を風刺しているようにも観れる、

時代を映した作品です。


結婚式は誰のもの?③ 「通過儀礼」もグローバルスタンダード化

2019年11月09日 | ウェディング

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「通過儀礼」 とは、

~人が一生のうちに経験する、誕生・成年・結婚・死亡など、年齢的に重要な節目にあたって行われる儀礼~

と、辞書には記されています。

 結婚式をはじめとする、通過儀礼の儀式や風習などには、

当然、

その地域やその民族によって受け継がれてきた特別な慣習が含まれています。

 

今日は、

日本以外の、民族色豊かな結婚式の様子が垣間見れる貴重な映画をご紹介します。

 

◆1994年公開のイギリス映画「フォー・ウエディング」◆ ※1


この映画の中には、タイトルの通り、4つの結婚式の場面が登場します。

そのうちの3つは、イギリス式。

これが、

結婚式の「グローバルスタンダード」と形容して間違いのない

キリスト教教会でのウェディングドレスでの結婚式です。 


後の1つは、スコットランド式の結婚式。

キリスト教の式ではありますが、

スコットランドの民族衣装である「キルト」を着用して、

スコットランドという国名から、多くの人が連想する楽器「バグパイプ」の演奏が行われる

民族色豊かな結婚式のの場面が登場します。


前回、少し触れさせていただきました、

・・・結婚式スタイルのグローバル化に、ほぼ、飲み込まれてしまったヨーロッパ諸国の中で、・・・

 

数少ない例外といえる、民族色豊かな結婚式が見られることに、

特別な価値を感じてしまうのが、この映画です。


◆男性が着用する「スカート」である、キルト。生地の柄は、タータンチェック。

結婚式の正装として、着用されています。

 

 

さて、この映画の中身についてですが・・・。

ヒュー・グラントさんの主演作らしく、とてもウイットに富んだラブストーリーです。

シニカルな社会風刺や、結婚式での冷や汗もののセリフの応酬があり、

しまいには、結婚制度そのものの価値を問うといった、壮大なテーマが水面下に

横たわっているように感じられるドラマです。

 

結婚式の描写がリアルなことから、

結婚式スタイルの研究や、90年代のスタイリッシュでデザイン性豊かな、

ロンドンのフォーマルファッションを楽しむという視点からは、

たいへん貴重で、価値が高いと思われ、

おすすめしたい映画ではあります。が、

結婚式を控えたお嫁さんを、

少なからずブルーにする要素を含んでいる映画であることに間違いありません。

お取り扱いには、ご注意ください。

 

※1 映画「フォー・ウエディング」

ウエディング業界のの大きなトレンドが動き出す要因として、ロイヤルウェディング、著名人の結婚式、などがありますが、

映画作品のなかにも、そんな重要な役割を果たしているのではないかと思えるものがあります。

1994年公開のこの映画には、マイノリティ・カップル、手話でのセリフのやり取り、などがごく自然に登場しています。

フラワーアレンジメントを中心に据えた式場演出も、この当時から、日本でも盛んに取り入れられています。

今、見直してみても、現代の日本社会を予見していたかのような先進性が感じられます。

そして、

この映画のヒロイン(アンディ・マクドゥーエルさん)の役どころが、

アメリカ人で元ヴォーグ誌勤務(編集者なのかモデルなのか、職性は定かではない)というあたりに、

・・・先の時代を見通すという意味で・・・

恐ろしいほどの、設定の絶妙を感じてしまいます。

 

つづく

 

 


結婚式は、誰のもの?② 棄ててしまうのは簡単だけれど…

2019年10月17日 | ウェディング

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◆「婦人画報」2014年6月号の特集 「日本の結婚式」 からの一節です。

 

結婚式というイベントは、人間の一生の「通過儀礼」の中でも、最も重大な儀式であることは、

日本人に限ったことではありません。

しかし、

全日本ブライダル協会の会長をつとめられている、

日本のウェディングドレスデザイナーのトップランナーである

桂由美先生のお話しでは、 

すでに、ヨーロッパ諸国では、民族衣装を着用した、それぞれの民族色豊かな結婚式は、

ほとんどが失われてしまっているのが現状だそうです。

一方、東洋の国々、とくに東南アジアを中心にした諸国では、

まだまだ、民族衣装を着用したオリジナルの結婚式が行われているそうです。

 

それぞれの国、地域で生まれ育った人々が、その文化を継承し、守るのか、

それとも、

世界の文明をリードする、普遍的で合理性の高いスタイル(グローバルスタンダード)や、

時代のトレンドに乗って、

オリジナルの文化を棄てるのか・・・

日本の多くの人々の間では、

そして、わたしたちの住む地域の多くの人びとの間では、

その選択の方向は、すでに明快に決定がなされているように感じます。

 

◆「婦人画報」の特集では、

その地方の伝来の結婚式、儀式、しきたりなどを守り伝えている人々が、ヒューチャーされています。

◆以上の、「花嫁のれん」、「花嫁道中」は、能登、北陸地方を象徴する、婚礼文化です。

 

◆京都の上賀茂神社での結婚式。

◆花嫁衣装は、お家で受け継がれる伝来の白の打掛。 

この「婚礼前の花嫁衣装の披露」というイベントは、かつての日本映画の中にも多く登場します。

結婚式への期待感を盛り上げる、ドラマティックな、プレイベントの一つと言えるのではないでしょうか。

 

◆「婦人画報」誌の力のこもったこの特集記事を観ていくと、

いまの日本で、世の中の潮流に逆行するように、

ご自分のお家の、そしてご当地の伝来の文化、財産を継承して、結婚式の儀式に臨んでいる方々からは、

衒い(てらい)とか、浮かれたイベントの感覚は感じられません。

そして、なんといっても、

そんな人々を見守り、地域文化を守り、はぐくんでいる土地が、

京都であり、北陸地方であることには、おおいに納得してしまいす。

 

つづく。

 

 


結婚式は、誰のもの? ~この国で、この地方に生まれて~

2019年10月13日 | ウェディング

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  キャッシュレス決済。 ものすごいスピードで普及していますね。

10月からの各種の還元キャンペーンもあってか、さらにそのスピードが加速しています。

皆様はいかがされてますか。

 

 それと同じくらいのスピードで、進んでいるように感じるのが、結婚式のカジュアル化です。 

この速度も、

私たちのように、美容業界で、時系列的に結婚式のスタイルやそのファッションを目の当たりにしている人間にとっては、

恐ろしいくらいの速さに感じてしまいます。

 

 いずれにしても、結婚式を挙げられる当事者の皆さんが、

「カジュアルでない結婚式」って、どんなものなのか・・・ 

ご自身の目で、ご覧になった機会が極めて少ないこと。

伝来の結婚式の儀式を、伝授されるご家族や、地域社会も、

加えて、

ブライダル関係のメディアも、美容関係者も、とても少ないのが現実のようです。

 

  しかし、実は、お嫁さんになろうとしている女性のなかに、

そんな伝来の結婚式、婚礼衣装に関心をお持ちの皆さんが少なからずいらっしゃることも、

わたしたちは、ひしひしと感じています。

 そんなご希望に対して、正確な知識のご提供や、ふさわしいアイデアのご提案ができないのであれば、

美容業界としては、とても残念でなりません。

 

 今回は、いくつかの出版物を手掛かりにして、日本の結婚式、

私たちの住むこの地方の結婚式のルーツを、

何回かにわたって、辿ってみたいとおもいます。

 

つづく。

◆参考文献「婦人画報2014 特集・日本の結婚式」

◆参考文献「聞き書き・飯田の暮らし6」 飯田市歴史研究所

 


一枚の写真から・・・

2016年10月16日 | ウェディング

Presented by  グレープス.com  and スズキ美容室.com 

and  スズキ美容室・訪問サービス  (長野県飯田市)

 ◆ 一枚の写真から・・・

 

かつて、飯田で、神前結婚式といえば、「大宮で・・・」といわれた、

「大宮温泉(ホテルオオミヤ)」&「大宮神社」へのオマージュをこめて、

 

 

美容室では、お嫁さんのお支度をさせていただいたお客様から、記念に、花嫁さん花婿さんの写真を頂くことがあります。

美容室グレープスの本店、「スズキ美容室」でも、たくさんのお客様から、お写真をいただいてきました。

 

その中の一枚に、この写真があります。 

 

古いものでは、50年以上も前の写真から、当店がお仕事をさせていただいたご結婚式の記録を振り返る作業を行っていた中で、

この写真が、特別に目に留まるものだったため、

今回、関係者のお話しなどを中心に、いろいろと取材をしてみると、

この写真が撮影されるまでの背景には、色々なストーリーが詰まっていることがわかりました。

 

早速、この写真の背景をひも解いていってみたいと思います。

 

◆この写真は、いまから、20数年前に、スズキ美容室店主・鈴木文子がご依頼いただいたお仕事の花嫁、花婿様です。

 「新郎、新婦さまは東京を拠点に生活をされていっしゃり、東京で披露宴をすませてこられて、

この日、新婦様の郷里の飯田でのお式とご披露となりました。」

当初のお式の予定日に、先約のお嫁さんのお仕事が入っていて、それが名古屋への出張でのお仕事だったため、

お客様が、わざわざ日取りを変更してまで、ご依頼いただいた経緯から、

スズキ美容室・店主は、

美容師冥利に尽きる思いで、忘れられないお仕事となった、と壊述しています。

 

そして、

◆この結婚式の場所は、飯田市諏訪町の「大宮諏訪神社」、ご披露は、隣接の「ホテル・オオミヤ」。

飯田で、永く「大宮温泉」と呼ばれて、たいへん多くの方々に親しまれたホテルであり、割烹でした。

 

当ブログの前号のテーマでもあった「鯉の甘露煮」は、かつて、このホテルのお料理の代名詞でもあり、

(良くも悪くも、ワンパターンではありました。)

このお料理が、飯田での結婚披露宴で、欠くことのできないポピュラーなアイテムになったのは、

このホテルのおかげ?かもしれません。

 

それだけ飯田の人たちから支持されていた「ホテル・オオミヤ」が、まさか営業を終える日が来るとは、

多くの方が思いもしなかったのではないでしょうか。 (今から約10年前)

 

昭和生まれの、いまの飯田のお父さん、お母さん世代までの、たいへん多くのカップルが、

結婚式、披露宴を行ない。

あるいは、結婚式のお祝いに駆け付け、祝宴を挙げた、飯田で最もポピュラーだった結婚式場が、

大宮神社であり、ホテルオオミヤではなかったでしょうか。

 

日本の文化を愛し、骨董などにも造詣が深かった、ホテル・オオミヤの元オーナーが

自社の衣裳部に「江戸花嫁」とまでうたって、古典の花嫁にこだわられたことも、

この神社、式場から、数多くの和装花嫁さんが誕生した理由の一つだったのではないでしょうか。

 

そして、スズキ美容室がたずさわらせていただいた和装の「花嫁さん」の数が最も多いのが、

この大宮神社での結婚式によるものです。

 

この写真には、今となっては貴重な、当時の大宮神社での「お嫁さん」が、記録されています。

 

そしてもう一つ、

◆この集合写真に写っている花婿さま、ご親族さまのきものに注目して観てください。

この写真のなかの、お嫁さんの「白無垢」以外のお着物は、

お婿さんのコーディネイトをはじめ、すべて、あつえものです。

 

きものに詳しい方は、お気づきかと思いますが、

レンタル衣装で揃えられた場合とその趣が違います。

すべて地元の呉服屋さんによる見たての、おあつえのお着物だそうです。

 

きものへのご愛着、特別なこだわりをお持ちのご一家であるということは、もちろん理解できるのですが、

 

昔から、飯田の街には、数多くの呉服屋さんがあり、

この街では、昭和の時代の終りころまでは、日常の生活の中でも、着物を着る機会が、都会などに比べて、

はるかに多かったこと。

そして、実際、皆さん、素敵な着物をお持ちだったことが、偲ばれます。   ※1

 

◇ 現在の大宮神社の本殿。

秋のお祭も終わり、ひっそりとした境内。

 

私たちの美容室も、9月のお祭りの際には、神輿の担ぎ手さんの、きりりとして、「粋な」アップヘアを造らせていただきました。

が、当日は、夕方からお天気が崩れてしまい、大雨に。

今年のお祭りは、皆さん大変でした。

   

 ◇正面の鳥居

この神社の本社は、誰もがご存知の「諏訪大社」

飯田の、この大宮諏訪神社も、たいへん古い歴史があります。

 

  

◇門をくぐると急傾斜の石段。

古木の杉の木が大変立派です。

が、以前はうっそうと茂っていた鎮守の森も、ちょうど、「ホテル・オオミヤ」が、破綻、閉鎖されると同時に伐採され、

今は、この写真のように、空が見上げられるくらいのまばらな状態になっています。

 

  

◇手水舎

現在は、常駐の神職さんが不在の神社となっていますが、手水舎は、清潔に管理されています。      ※

地酒も奉納されています。

 

   

◇夫婦杉

結婚式の式場に相応しい、縁起物です。

  

 ◇急傾斜の石段を登り切ったところが本殿。

本殿の向かって右側に隣接するのは長久寺。 

◇長久寺越しに飯田の街を眺める。

長久寺の歴史も古く、かつては、この「大宮諏訪神社」を所有していた時代もあったと記されています。

飯田城の藩主・堀公のお墓があるお寺としても飯田では有名です。

 

◆「結婚式の記念写真」は、歴史の証言者◆

今回、一枚の結婚式の写真から、強いインスピレーションを受け取り、

その作り手である側の視点で、色々なことをひも解いてきました。

結婚式の作り手側に、これほどの思いが湧き上がる写真なのですから、

この写真の主人公、ご親族のみなさまには、もっともっと深い思いがあることは、察して余りあります。

 

・・・これも後日談として伺ったのですが…

当時のホテル・オオミヤでは、結婚式の記念写真は、施設内のスタジオでの撮影が慣例だったところを、

この写真は、お嫁さんの強いご希望で、境内でのロケ撮影が実施されました。

そのご希望に応え、髙木写真館さんの先代のご主人が、渾身のこの1枚を撮影されたとのことです。

 

◆理にかなった方法で、細部までこだわって作り上げたもの、思いがこもったものは、必ず、他人に伝わります。

そんな経験をみなさんお持ちのことと思います。

この1枚の写真は、シンプルそのもので、奇をてらうところなど一切ない結婚写真です。

が、それでも、目を引く。

歴史の記録としても貴重。そして、さまざまな感情がこあみげてきます。

たぶん、そうさせるものが、この写真の背景に、たくさん詰まっているからなのでしょう。

 

◆「演出重視」で、合成、修正を多用した、イメージ写真の方向に比重が向いているように映る、最近の結婚記念写真の世界ですが、

のちのち、つまり、30年、40年後か、もっと後になって、

「この日、この時、この場所で、この人と、撮っておいてよかった」、

「人生の一場面のよい記録になっている」、と思えるかどうかの基準で、

(もちろん、天気が悪くても、木の葉が紅葉していなくても、デジタル合成で造ってはダメですよ。)

今回、ご紹介させていただいたような視点で結婚写真を撮る、ということは、

若いカップルのみなさんも、大いに参考になるのではないでしょうか…

 

◇さいごに、

かつては、貴重な写真をご進呈くださり、今回は、このブログへの掲載を快諾していただきました、

三ツ井様に、こころかお礼申し上げます。

 

 ※1 飯田は呉服店さんの町

飯田の旧市街地 「丘の上」  ※2 では、

現在も呉服店さんは、数多く営業されていて、かつての城下町は、「呉服店の町」の形容に相応しい。 ※3

ちなみに、(都会の皆さんに誤解のないように・・・・) 以下は、現在の飯田の丘の上とは、こんな町。 (お店の数の単純比較です)

本屋さん(0) < コンビニ店(1) < スーパー(2) < そば店 < 焼肉店 < 呉服店 < すし店 < 和菓子店 <<< 飲み屋さん ≒美容室 (多数)

圧倒的多数(10以上)は、飲み屋さんと美容室。 信州なのに、お蕎麦屋さんが少なく、お寿司屋さんが多い。

 

※2 丘の上

坂の多い飯田の町の一部地域の通称。

定義としては、江戸時代の飯田城の城下町跡から、JR飯田駅までの飯田の旧市街地を指す。らしい。

旧市街地と呼ばれるが、新市街地がない飯田の町では、唯一の市街地ともいえる。

空洞化による、郊外移転に伴う閑散(シャッター街)化が著しいとも言われるが、

飯田の場合は、郊外の国道沿線の商業地帯も収縮傾向のため、

町全体の衰退が危ぶまれている。

 

※3 呉服店は飯田の象徴

飯田の呉服店は、かつて養蚕の産地として栄華を誇ったこの地域のひとつのシンボル。

因みに、飯田駅の近くにある飯田を代表するホテルには、「絹」を冠した名前が付けられている。

 

 


「江戸美粧」研究の第一人者・村田孝子先生を訪ねて ① ・・・「着物でセレモニー」序章

2016年08月31日 | ウェディング

Presented by  グレープス.com  and スズキ美容室.com

and スズキ美容室訪問サービス.com (長野県飯田市)

 

スズキ美容室主催「ウェディング・ファッションショー」 ※1 より

◆江戸時代・中期以降の白無垢花嫁のイメージ。(現代まで続く) 髪型は日本髪。

 

スズキ美容室主催「ウェディング・ファッションショー」より

◆江戸時代・中期以前の白無垢花嫁のイメージ。(主に室町時代~江戸初期) 髪型は、垂髪。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 先日、何気なくテレビを眺めていたら、今、観光地としてたいへんな人気で、多くの女性のあこがれの旅行先でもある「100万石の城下町・金沢」の伝統的な結婚式、「お嫁入り」の様子がリポートされていました。

武家の町としての伝統を受け継ぐ「あわせ水」「杯割り」 ※2 といった儀式が、由緒ある歴史的街並みの中で行われている風景が、大変魅力的でした。

お嫁さんの衣裳は、黒の引き振袖。そして、この「あわせ水」「杯割り」の儀式に立ち会う、付添いの親族と、仲人さんは、黒留袖。

大事な結婚式ですから、正装の着物スタイルで、ぬかりありません。

 

 ところが、この女性の3ショットで、ちょっと気になることがありました。

それは、この黒装束の三人の女性、花嫁さんも、ご親族も、仲人さんも、皆、同じ(ような)髪型だった。ってことなんです。

それは、髪を束ねたまげ(シニヨン)の向きが下向きの、小さなまとめ髪。とでも言えばよいのでしょうか…

親族と、仲人さんは、これでよいのでしょうが、

花嫁さんの髪型が、これでは、ちょっと簡略化し過ぎではないですか?て,感じのものでした。

それに、昔だったら、その髪型は、「年増のお姉さま」と判断されても仕方がない、表現に見えていました。

 

他人さまの事なので、とやかく言う筋のものでもない…と思いながらも、

そんなところで引っかかってしまい、

実は、ちょっとどころじゃなく、大変、気になってしまったのは、職業がら、でしょうか。

 

「時代の流れの中で、画一的な花嫁の髪型の時代は終わった」? とはいえ・・・・

さらに、

美容室も、お客様の個性を生かすべく、激しい競争を展開するの中で、私たちの美容室でも、常に「型破り」を目指す意気込みで、美容の創作に臨んではいますが・・・・・・

 

せっかく、高価な着物を、花嫁衣裳としてあつえて、人生最大のセレモニー(儀式)に臨む、特別な場面に用意する髪型については、特別です。

「カジュアル」はありえません。

 

多かれ少なかれ、歴史だの格式だのに配慮する(あるいは意志をもって否定する)姿勢が、表現されていないことには、物足りないし、何よりもったいない。

と同時に、それを見る側の人々は、失望せずにはいられません。(花嫁行列とか、お嫁入りの儀式は、当然、外部の人へのお披露目の意味、要素を多く含んでいる行為です。)

 

 

今回のテレビ番組のケースの、舞台裏の事情はわかりませんが、

こんな完璧な「お嫁入り」のシチュエーションと演出(和装のお嫁さんの舞台としては、最高の設定)のなかで、

唯一、美容に関しての専門性の高い知識と、スキルがスポッと、抜け落ちていることによる違和感が、なんとも言えないモヤモヤが残った原因だったのか、と気がつきました。

 

そのことの理由を、「お嫁さんづくり」の主体が、美容師の手から、ウエディング・プランナーさん、結婚式場さんなどに移った、いまの時代の象徴的なシーンのように結論づけてしまえば、答えは簡単です。

が、そう考えてしまうのも、職業柄でしょうか。

いずれにしても、このように、歯がゆい思いをされている美容師さんは、全国各地にいらっしゃるものと思います。

 

わたくしたちも、そんな美容室関係者の端くれとして、これからの将来、着物で結婚式に臨まれるお嫁さんにご提案できるヘアスタイル、あるいはコーディネイトとはなになのか、という難しいテーマのの答えを探すべく、今回、企画したのが、

このブログの新連載、「着物で セレモニー」 です。

 

この冬の連載開始を目指して、現在企画・制作の真っ最中。

久々の、オリジナルのビジュアル制作での連載です。どうぞ、おたのしみに。

 

さて、そんな企画が進行中のさなか、

日本の伝統的な髪型、化粧の研究の第一人者である、ポーラ文化研究所の村田孝子先生の一般のお客様向けのセミナーが、開催されているということから、ここぞとばかり、お邪魔して、日本髪の歴史的な変遷から、そのトレンドの担い手などについて、広く勉強させていただいてきました。

 

※注   この講演は、すでに終了しています。

 

今年の6月に、第一回が開催された、湘南の藤沢駅前の「朝日カルチャーセンター」さんでのこの講義。

当日は、ぐずついた天気で、せっかくの湘南、国道134号線沿いの景色もこのとおり。

しかし、講演には着物姿のミセス層も多くみられ、この地域のみなさんの和装への関心の高さ、向学心の高さを強く感じることができました。

 

美容組合(全美連)のプロの美容師さんが対象のアカデミック・セミナーでも講師を務められる村田孝子先生。

日本髪と、その歴史に関して、わからないことは先生に聞け・・・とまで言われるほどのエキスパートです。

 

いままでに、業界関係の酒席では、直接お話をさせていただく機会もあったのですが。

本題の、日本の美粧についての歴史のお話しを村田先生から、直接おうかがいできる機会は、これが初めてでした。

当店の新連載企画の「仕込み」にもなる、貴重なお話(ネタ)もゲットさせていただき、大変有意義な時間を過ごさせていただきました。

 

そして、来る9月3日の土曜日は、

朝日カルチャーセンター・湘南で、村田先生の第2回目の講演会が開催されます。

 

 

◆江戸時代、髪型や化粧で、身分、階級、未婚、既婚、職業などが、見分けられた、という興味深い内容です。

「さすがに、藤沢までは、行けないわ。」という方には、このテーマの電子書籍も発売されています。

 

つづく。

 

※1 スズキ美容室主催「ウェディングファッションショーの記録 も併せてご覧ください。

※2 「あわせ水」と「杯割り」

北陸地方の結婚式で行われている伝統的なセレモニー。お嫁さんが「お嫁入り」のとき、嫁ぎ先のお家で、持ってきた杯に嫁ぎ先のお家の水を注ぎ、それを飲み干して、杯を割る、というのが、一般的な流れ。婚家の一員となり、実家へは帰りませんという意思表示の儀式。と、言われています。

「仏壇参り」、「花嫁暖簾」などのこれも由緒ある「伝統的嫁入りの儀式」との組み合わせもあり、流儀には、さまざまなバリエーションがあるようです。

金沢は、かつては、加賀100万石の城下町。古くからのお嫁入りの儀式の数々は、江戸時代の経済的な隆盛と、当時の封建的な武家文化が色濃く映し出された伝統、という解説が、もっとも解りやすいものでした。

 


「豪商の花嫁」伝来の婚礼衣装展 見学記

2013年10月15日 | ウェディング
須坂市の 田中本家博物館 にて、開催中の「豪商の花嫁」伝来の婚礼衣装展を見学してきました。
この、田中本家博物館は、ご存じのかたには、もう、何も申し上げることのないくらい有名な博物館です。



江戸時代に財をなした長野県の北部須坂市の豪商のお屋敷と、その蔵に眠っていた、江戸時代からの衣装や調度品が状態のよいまま保存されています。



今回の展覧会は、伝来の花嫁衣裳展です。

江戸時代の花嫁衣装が、今回のように展示場に並ぶのは、これが最後では・・という噂を耳にし、さっそく出かけてきました。



明るい照明や、空気に触れるだけで劣化が進んでしまう、というほど、はかなげでいて、色鮮やかな江戸時代の婚礼衣装。

解説書によれば、総刺繍とのこと。
江戸時代の衣装文化、美術、芸術の水準の高さを改めて認識させられます。

館内の撮影ができないため、ここでそれらの衣装がご紹介できなことは、残念ですが、どうしても、だれかれとお伝えしないではいられないというほど見事なものでした。



江戸時代を皮切りに、昭和24年の婚礼まで、時代を追っての展示が大変わかりやすく。
婚礼衣装と、結婚式の歴史をたどる、あたかも時空を超えた旅のように楽しめます。



鎖国と治安の安定から日本特有のファッション、文化芸能が著しく発達したといわれる、江戸期の色鮮やかで豪勢な婚礼衣装。
打って変わって、質実剛健を絵にかいたような明治期のモノトーンのそれ。
第二次大戦後に復活した、色彩豊かな婚礼衣装。とりわけ華やかで、目を引く、ピンクの本振り袖がこの展覧会のトリを飾っています。



現在のように、画像や映像での記録がない時代。
その当時の風俗、ファッション、生活様式を正確に知ることは、大変難しいことです。

美容、ファッションの仕事に携わる者として、江戸時代の本物の婚礼衣装と出会えることは、この上のない幸せでした。
古い物を忠実に保存して、風俗、ファッションの歴史を後世に正確につたえようと努めている、田中本家の財団法人に、感謝と敬意を表したい気持ちです。














グレープスの花嫁 IN 「月刊タウン情報いいだ」

2012年06月23日 | ウェディング
 前回、速報でお知らせしました、飯田・下伊那地区のフリーマガジンの一人横綱「月刊タウン情報いいだ」さんの5月号で、当店の伊藤明美製作の花嫁さんを掲載していただきました。



撮影 HI-LOG

モデル 佐野彩華(吉川バレエスクール)

衣装協力 ブライダルサロン・みや美

鬘 かつら・しげもり

日本髪監修 鈴木文子(スズキ美容室 本店主宰)



 昨年、当店の本店・スズキ美容室主催でウェディングファッションショーを開催させていただきました。

その際は、江戸時代の白無垢と色内掛け姿をテーマに花嫁を製作いたしました。

今回の「月刊いいだ」さんのタイアップ企画では、時代を進めて、明治時代。黒の引き振袖+角隠し姿の花嫁をテーマに設定しました。


「日本の伝統だから」というだけでは、もう残れない。
「文化財」として残そう。とか、「懐古趣味」の流行に乗っての一時的な復活。では残念すぎる。

「和装花嫁」は、現代のファッションの中に混ざっても、十分イケてる。 coolであると証明したい。
グレープスでは、そんな大それた意気込みで、花嫁づくりの可能性に挑戦しています。 (つづく)