美容室グレープス (飯田市) 店長&スタッフ・ブログ

飯田駅アイパーク広場前「美容室グレープス」(グレープス.com)のブログ。 
本店「スズキ美容室」(飯田市)の話題も。

「染の花」チャリティー IN 「ふれあい広場」 11.25

2018年11月13日 | 福祉

Presented by  グレープス.com  and スズキ美容室.com 

and  スズキ美容室・訪問サービス.com  (長野県飯田市)

 

私たちの美容室が参加させていただいている福祉講座の主催者である、

NPO法人 飯田ボランティア協会さんが、実行委員会となって、毎年運営されている

福祉イベント「ふれあい広場」で、

「染の花」作家の小島博子先生による、チャリティーが開催されます。

 

 

今日は、小島先生ご本人に登場いただき、

永年続けられている、チャリティーへの思いをお話しいただきます。

(聞き手・美容室グレープス店長 鈴木)

 

 「長野市 地附山 地すべり」で、災害被災者となり・・・

 

1985年に、長野市にお住まいだったとき、「地附山 の地すべり」にお遭いになられているとお伺していますが・・・

「当時、長野市の善光寺さんの後方に造成された高台の住宅地に住んでいました。

幸い、わたくしたちの家の手前で土石流は止まり、直接的な被害は免れました。

しかし、同じ地区にあった老人ホームは、地すべりにのみこまれて多くの方がなくなりました。

わたくしたちの住宅も含めて、その地区は閉鎖され、住民は皆、中学校の体育館に避難して、

そこから、避難生活が始まりました。」

 

大変な経験をされた中で、感じられたこと、教訓とされていることはありますか。

「まず、災害の真っただ中にいると、自分がどんな状況に置かれているのか、わからなくなるということを体験しました。

その後、日本中で大きな災害がありましたが、自分がその災害の外側にいて、テレビでその状況をみていれば、

災害の全体がつかめて、危険がどこにあるのか、何をすべきかなど、ある程度のことは理解できるのですが、

災害の中にいると、それがままなりませんでした。

私は、ボーとしてしまい、家にとどまっているところに消防の方がみえて、何してるんですか、早く非難してくださいと

激しく怒られたことを覚えています。」

 

避難生活はどんなものでしたか。

「体育館で1か月くらい、その後仮設住宅に移った方などは、半年ぐらいそこで避難生活をされていたのではないでしょうか。

夏の暑い時期でしたので、大変でした。

しかし、この時の災害は、局地的なものだったこともあり、避難生活をしていても、

長野市の市街地は、平常通りでしたから、用事があれば、街に出れば用事は済ませられる状況でしたから、

まだまだ助かったと思います。」

 

被災者となられた経験が、チャリティへのお気持ちの基になっていますか。

「避難生活を始めてすぐに、全国から、救援物資がたくさん届き、世の中にはやさしい方がたくさんいらっしゃるんだな…

ということを初めて知りました。

それまで、私は、チャリティーとか、ボランティアに参加したことはなく、関心も低かったので、

この時の体験がそういう気持ちにさせてくれるきっかけになったと思います。」

 

つづく。