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★★たそがれジョージの些事彩彩★★

時の過ぎゆくままに忘れ去られていく日々の些事を、気の向くままに記しています。

入学祝いのアコギ

2025年06月27日 12時00分04秒 | ギター&ウクレレ
 1973年4月、大学入学式を終えて立ち寄った、楽器店のフロアには、フォークギターやクラシックギターが林立していた。
 それらを見下ろすように、壁に掛かって燦然と輝いているギターがあった。

 ジョン・レノンが映画『レット・イット・ビー』の中で弾いていた、ギブソンSJ200のコピーモデル、関西で言うところのパチモンだ。
 パチモンと言っても、そのサンバーストのデカいボディからは、ほかのギターにはないオーラを放っていた。

 アリアのWJ35、シリアルナンバ―0064のジャンボタイプで、まさに一目惚れで気に入った。
 この機会を逃すと、誰かに買われてしまうのではないか、という強迫観念に囚われた私は、試奏もせずに即購入した。

 本物には到底手が届かないけど、コピー物だったし、入学式に付いてきた母親というスポンサーもいたので、なんとか買えた。
 当時の価格で35,000円だったから、今の価格に換算すると100,000円くらいだろうか。
 そのギターは半世紀以上経った今でも健在だ。

 大学時代はフォークソング同好会に入り、下手の横好きながら、そのギターでビートルズ・ナンバーを弾きまくった。
 中でも『ヒア・カムズ・ザ・サン』と『トゥ・オブ・アス』は、ハモパートの助っ人とともに、定期コンサートや女子大との交歓コンサートの定番になった。 
 ジャンボボディだけに、見栄えはもちろん、音量も爆鳴りで、特に低音弦の振動は腹に響いた。

 同好会には先輩たちのビートルズのコピーバンドが存在していた。
 そのバンドの練習中には、ビートルズ・サウンドを吸収させるために、アンプの前に立てかけていた。
 下宿でも、ステレオのスピーカーの前に立てかけ、ビートルズを聴かせていた。

 何かの本で、アコギは弾かない時には、音楽を聴かせると鳴りがよくなる、と読んだことがあったからだ。
 鰯の頭も信心からと思って、1年ほど続けていた。
 今思うと、アホなことをやっていたものだ。

 ある夜、下宿でサウンドホールに耳を近づけたら、かすかに『ゲット・バック』のメロディが聴こえてきた。
 まさか、と色めき立って確認したら、なんのことはない、隣の部屋の先輩のラジオが発信源だった。
 
 同好会の合宿や、夏休みや春休みの帰省時にも、そのデカさ、重さに苦労しながら持ち運んだものだ。
 古希の今では、最寄り駅まで持ち歩くのも、たぶん無理かもしれない。

 もう半世紀以上も断続的に弾いているので、ビンテージ価格を期待したが、有名ブランドではないだけに、市場価格は当時のままだ。
 ということは実質値下がりしているのか、当時の価格を維持しているのか判断に迷うところだ。

 いずれにしても、腕前と乖離した、ギブソンやマーチンのビンテージ・ギターを持っていたところで、投資目的以外なら宝の持ち腐れだろう。
 私には50年モノの国産アリアで十分だ。

 

 
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