Beautiful☆Life

ひとりごと

台湾精神と日本精神

2007年10月31日 | 差し障りの無いブログ
 李登輝前総統 2002年12月15日「日本李登輝友の会」設立大会記念講演

 日本李登輝友の会の阿川弘之会長、副会長の皆様、理事の皆様、ご来賓の皆様、今日は。
ただ今ご紹介いただきました李登輝であります。本日の日本李登輝の会の設立にあたり、 心からのお祝いを申し上げます。台湾と日本は地理的に近いだけではなく、これまで両国 民の間ではさまざまな、そして豊かな交流が行われてきました。私はこのような得難い交 流の維持と発展を目指すという貴会設立の主旨に全面的に賛同するものであります。
 さて、このように密接な交流が行われてきたことから、両国民には文化的にも精神的に も非常に近いものが感じられます。しばしば台湾人は日本人に、あるいは日本人は台湾人 に、それぞれ親近感を持っていると言われるのもそのためなのでありましょう。これは国 際関係の上においてはとても得難いことであります。このたび貴会の事務局から「台湾精 神と日本精神」と題する講演を依頼されたわけですが、そのようなことからもこのテーマ は両国の、将来におけるより良き関係を考える上で、きわめて重要なものかと思われます。
そこで本日は、台湾人と日本人が共有するところの、精神面における特性なり長所なりを 取り上げ、そのようなものを今後いかに発展、発揚させて行くべきかを、会場にお集まり の皆様とともに考えることができればと考えております。
 さて、日本及び日本人特有の精神は何かと問われれば、私は即座に「大和魂」、あるいは 「武士道」であると答えるでしょう。「武士道」は日本人にとっては最高の道徳規範です。
しかもそれは日本人にだけでなく、世界にとってもきわめて貴重な財産であると考えてい るのです。現在人類社会では、台湾海峡やパレスチナ、アフガニスタン、イラク、朝鮮半 島など、各地において危険な動きが増大しています。更に政治や軍事の面だけではなく、 経済の面においても、世界同時不況の予兆が高まっています。このような危機的状況を乗 り切っていくためには何を精神的指針とすべきかを考える時、私は迷わず日本の「武士道」 を挙げたいと思います。「武士道」とはそれができるほどの、人類最高の指導理念であると 言っても過言ではないのです。しかしまことに残念ながら、世界が今最も頼りとするべき 日本では、「武士道」も「大和魂」も一九四五年の終戦以降はほとんど見向きもされず、足 蹴にされている状況にあります。もちろんその背景には日本人の戦争の「過去」に対する 全面否定、つまり自虐的価値観というものが大きく作用しているのでしょう。「武士道」な どと言えば非人間的、反民主的な封建時代の亡霊であるかのように扱われている状況です。
しかし日本を苦悩させている学校の荒廃や少年非行、兇悪犯罪の増加、失業率の増大、官 僚の腐敗、指導者層の責任回避と転嫁などといった、国家の根幹をも揺るがしかねない今 日の由々しき事態は、武士道という道徳規範を国民精神の支柱としていた時代には決して 見られなかったことなのでした。つまりこれらの諸問題は、戦後の自虐的価値観とは決し て無関係ではないということなのです。ですから「武士道」の否定は、日本人にとっては 大きな打撃と言わざるを得ません。もちろんそれは同時に、世界の人々にとっても大きな 損失であると言うこともできるでしょう。
 私は台湾人であり、日本人から見れば外国人ですから、日本に対してここまで言うのは どうであろうかという気持ちもありますが、ただ一人の人間として、やはり良いものは良 い、悪いものは悪いと言うべきだと考えております。それに私は二十二歳までは日本人で あり、日本の教育も受けておりますから、日本の良いところはよく知っているつもりです。
だから本日は私の信じるところをはっきりと述べてみたいと思います。
 「武士道」とは日本人の精神であり道徳規範だと言いましたが、それは単に精神、生き 方の心得であるというだけではなく、日本人の心情、気質、美意識であると言って良いか と思います。更に言えば勇気や決断力の源泉になるものであり、そして生と死を見つめる 美学、哲学だとも言えます。
 私は日本の台湾統治が始まってから約四半世紀が経った一九二三年、現在の台北県三芝 郷に生まれました。ですから生また時から日本国民として扱われていた訳です。当時の日 本の教育システムは実に素晴らしいもので、古今東西の先哲の書物や言葉に接する機会を、 私たちにふんだんに与えてくれるものでした。また「教育勅語」には、「人間はどのように 生きるべきか」という哲学的命題から「公」と「私」の関係についての指針が明確に記さ れていました。そのため旧制中学、高校時代は学校教育や読書の影響もあり、自己修練の 気持ちが強くなるとともに、「いかに生きるべきか」から、更には「死とは何か」という大 命題までを考えるようになったのです。人間は「死」というものを真剣に問い詰めて初め て「生」を考えることができるものです。つまり死生観について、当時の私は懸命に考え 続けていました。そうした中で出会い、そして多大な影響を受けたのが新渡戸稲造先生の 哲理、理論でした。そして、中でも雷に打たれたかのような強い衝撃を受けたのが、その 著書である『武士道』だったのです。
 実はそれ以前に非常に感動した書物として、十九世紀のイギリスの大思想家であるトー マス・カーライルの『衣装哲学』がありました。これは人生哲学を含んだ大変な名著です が、私はそこで「永遠の肯定」という観念に触れ、人生の真の意義とは実践躬行にこそあ ると考えるに至りました。「躬行」とは簡単に言えば、良いと思ったら行うこと、つまり言 行一致です。そしてそうした思想遍歴の中でたまたま手にしたのが新渡戸先生の『衣装哲 学』の講義録だったのです。私はそれの持つ深みを知って感激しました。それ以来私は新 渡戸先生に心から私淑するようになり、そしてめぐり合ったのが『武士道』の一書でした。
 新渡戸先生の『武士道』は、「日本の魂」を外国人に理解させるためにアメリカで英文で 書かれたもので、一八九九年に初版が刊行されるや、世界中で大好評を受け、国際社会に デビューしたばかりの日本の声価を一気に高めています。アメリカのセオドア・ルーズベ ルト大統領がこれを読んで大感激し、数百冊を購入して世界各国の要人に一読を薦めてい た話はよく知られていますが、高校時代の私にとってこの書は、まさに『衣装哲学』を止 揚(アーフヘ―ベン)するものであり、死生観に関する私の疑問に明快な解答を与えてく れるものでした。例えばここに出てくる本居宣長の「敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ 山桜花」や、吉田松陰の「かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂」 といった和歌などは、人間は死んだ気になって全力疾走すれば、どのようなことでも成し 遂げることができるということや、「生きるための死」というものを私に教えてくれました。
 『武士道』で新渡戸先生は、武士道の徳目としてまず「義」を挙げています。「義」とは 一言で言えば卑劣な行動を忌むということです。そしてそれは個人や「私」的なレベルに 閉じ込めるべきものではなく、必ず「公」のレベルにまで引き上げて受け止めなければな らない観念です。そして次は「勇」です。「勇」は「義」と密接に結び付くもので、義のた めではない勇気など全く価値がありません。昭和天皇の「降り積もる雪に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ」の御製などは、まさにこの「勇」と「義」を止揚するものに ほかなりません。更には愛である「仁」があります。そしてそれと密接に結び付くもの、 つまり他人の感情を尊敬することから生じる謙虚、慇懃の心である「礼」があり、「礼」に は絶対不可欠なものとして「誠」を挙げています。そして日本人が人倫の最高位に据えて きた、名誉の掟というべき「忠」があります。このような徳目が不即不離のものとして渾 然一体となったものが武士道であると新渡戸先生は説いているのです。
 私は『武士道』を読み、日本人の、あるいは人間の気高い生き方を学んだのでした。総 統として新たな台湾の国造りを進める中でも、『武士道』で学んだ徳目は常に私を支えてく れていたのでした。
 武士道という言葉が一般に定着したのは実は明治時代後半のことで、新渡戸先生の『武 士道』の刊行などは、その契機になっていたようです。もともと「武士道」なるものが形 成されたのは江戸時代のことです。天下泰平の世においてサムライの戦闘精神が文化的に 形式主義の磨きをかけられたものがそれでした。これに対して新渡戸先生の『武士道』が 説くところのものは広義の武士道とでも言うべきものです。つまり副題に「日本の精神」 とあるように、武士を中心とする日本人の精神一般についてなのです。
 世界に誇る日本精神の結晶というべき武士道の形成について新渡戸先生は、日本で営々 と積み上げられてきた歴史、伝統、哲学、風俗、習慣があったからこそだと言っています。 もちろん武士道の淵源の一つとして中国の儒教の影響も挙げられますが、実際は中国文化 の影響を受ける以前からの、大和民族固有のものだと論じています。死生観の上から言え ば、儒教には「死と復活」という契機が希薄で、物事を否定するという契機がありません。 だから儒教は「生」に対する積極的な肯定ばかりが強くなるという危険を孕むものです。 善悪を定めた道徳ではありながら、死生観をはっきりさせていないため、人間個々の生き る意義と、そこに建てられる道徳との間にかなりのずれが生じているのです。儒教は「文 字で書かれた宗教」とも言われ、所詮は科挙制度とともに皇帝型権力を支えるイデオロギ ーでしかなく、空想の理想社会を語るだけで人民の心に平安をもたらすものにはなりませ んでした。そのようなものを大切に推し戴いてきた中国人は、結局空虚なスローガンに踊 らされ、それで満足してしまう、あるいは面子ばかりにこだわり何の問題の解決もできな いばかりか、かえって価値観を錯乱させてしまう訳です。
 新渡戸先生はクリスチャンです。彼は士族出身でもあり儒教的な教養を積んできた訳で すが、結局は儒教における死生観の不在から、キリスト教に道を求めたのではないかと思 います。そしてキリスト教という新たな道徳体系の下で、武家時代の物理的かつ現実的な 権力を維持するための狭義の武士道ではなく、精神的かつ理想的な生き方を追求するため にある、しかも未来永劫に通じる道徳規範としての、広い意味での「武士道」の価値を再 発見したのです。彼によって再発見された「武士道」は、日本人の不言実行あるのみの美 徳であり、「公」と「私」を明確に分離した、「公に奉じるの精神」とも言って良いでしょ う。もちろんそれは中国文化とは全く異質のものです。ここで注目すべきことは、この「武 士道」には教義も成文法もないということです。あるものと言えば有名な武士や学者のわ ずかな格言などだけなのですが、これは一体何を意味しているかと言えば、つまりそれほ どまでに「武士道」が、すでに日本人の血となり肉となって定着していたということでな のでしょう。
 新渡戸先生はかつて台湾総督府の農業指導の技官として台湾の製糖業などの発展に尽く された台湾の近代産業振興における最大の功労者の一人でもあるのですが、彼自身、当時 は見事なまでに武士道の精華を放っているのです。新渡戸先生は台湾に来られる前は札幌 農学校の教授でしたが、健康状態が相当悪く、療養のためアメリカに滞在していました。 そこへ台湾の児玉源太郎総督と後藤新平民政長官から招聘されたのです。それは日本の台 湾統治が開始してまだ五年目の一九〇〇年のことでした。技官というのはせいぜい地方の 課長です。それでも彼は、国家のために「義を見てせざるは勇なきなり」との武士道精神 で従容としてこのポストに赴いたのです。そしてひとたび現地入りした後は、まだまだ近 代建設すら行われていなかった台湾の経済的自立を実現すべく、滅私奉公で邁進したので す。地位の高い低いではなく、「実際に何をやったか」が彼にとっては重要だったというこ とでしょう。
 新渡戸先生がまず台湾島内を周った結果、着目したのが製糖産業でした。そこで砂糖の 品種改良、栽培法、加工法に関する「精糖改良意見書」を書き上げます。それに基づいて 臨時台湾糖務局が開設され、彼はその初代局長に就任しました。そして数年の内に台湾の 砂糖の生産高は三倍になりました。それまで外国からの輸入に頼っていた日本国内の砂糖 の需要も、これで完全に満たされるようになりました。彼は在台三年目で京都大学教授と なり、台湾を離れたものの、一年に一回は台湾に戻って指導を続け、その結果台湾の製糖 業はますます発展し、台湾は砂糖王国と呼ばれるまでになります。生産高の向上は、昭和 初年の時点で世界最大のハワイに迫るほどの勢いでした。私が旧制の京都大学に進んで農 業経済学の分野に生涯を捧げようと決意したのも、そのような新渡戸先生の気高い奉仕精 神に傾倒していたからにほかなりません。総統就任後も、私の政治哲学や言動を支配して いたのは「新渡戸精神」だったという気がします。
 日本統治下の台湾近代化で、武士道の精神を発揮したのは何も新渡戸先生だけではあり ません。先日私が慶応大学での講演で紹介するつもりだった八田与一氏にしても同様です。 八田氏は東洋一の灌漑土木工事を行って一万五千キロの水路である嘉南大土川を完成させ、 台湾に広大な穀倉地帯を現出させた土木技師です。彼は抜群に優秀な技術者だっただけで はなく、人間としても非常に優れた人物で、階級や人種で人を差別せず、常に農民の生活 を思いやっていました。彼のそのような思いの中には、日本の伝統的価値観である「公議」、 つまり「ソーシャル・ジャスティス」があったのです。このような日本人官吏の「公に奉 じる精神」は、下は学校の教員に至るまで、普遍的に持たれていたというのが事実なので す。私たちの世代の台湾人が親日的といわれるのも、当時日本人が台湾のためにいかに献 身的な努力を払っていたかを知っているからです。
 それであるからこそ私は、終戦後における日本人の、価値観の百八十度の転換を非常に 残念に思うのです。今日の日本人は一刻も早く戦後の自虐的価値観から解放されなければ ならないと思うのです。そのためには日本人はもっと自信を持つことです。かつて武士道 という不文律を築き上げてきた民族の血を引いていることを誇るべきなのです。そうする ことで初めて、日本は世界のリーダーとしての役割を担うことができるのです。
 次に台湾精神について述べてみましょう。台湾精神と言ってもそれをどのように定義す るかはなかなか難しいことなのです。戦後の台湾は久しい間、中国大陸から渡ってきた国 民党政権に統治され、その間中華世界の伝統的な政治システムである皇帝型権力構造が持 ち込まれています。中国の政治文化はあくまで政権の維持と強化のための文化ですから、 法治ではなく人治であり、「公」と「私」の区別は不明確です。「中国化」の政策の下、そ のような価値観が台湾人に押し付けられ、その結果社会には腐敗が蔓延し、人々のモラル も著しく低下しました。
 そこで私は総統に就任後、民主改革を推進したのです。台湾における民主化とは単に自 由と民主の問題だけではなく、自ずと台湾のアイデンティティという問題も招来するもの なのです。なぜなら台湾人は歴史的に自分たちの政権を持ったことがなく、この国の主人 公であるという意識が必ずしも充分に育っていなかったからです。それまで台湾人の国民 精神と言えば、中国人のそれであると極め付けられていましたが、アイデンティティを考 える上で、当然台湾人独自の文化、精神とは何かを振り返らざるを得なくなりました。
 台湾の民主化の過程において注目すべきは、台湾人社会が人治から法治へ比較的に整然 と移行していることです。法治社会の実現には、人々の間に遵法精神があることが必須条 件となりますが、台湾人はそれを日本統治時代に身に付け、戦後の人治社会の価値観に完 全には染まっていなかったのです。大陸の中国人であるならば、まずは遵法の精神とは何 であるかから始めなければならなかったでしょう。
 台湾は周りを海に囲まれた島国であり、閉鎖的な大陸とは明らかに異なる、海洋国とし ての歴史コースを歩んできました。東アジア航路上に位置することから、早くから貿易中 継基地として繁栄もしていました。原住民であれ台湾海峡の荒波を渡ってきた漢人の移民 であれ、海洋的色彩の強い文化を持っていたということは容易に推測できます。同じ海洋 国家である日本の文化が台湾に入ってきた時、台湾人は瞬く間にそれを吸収しましたが、 それに反して中国の大陸文化が結局根付かなかったのもそのためではないでしょうか。ま た山岳、平地の原住民も諸種族に分かれ、漢人の移民も言語はさまざまであるように、複 数のエスニックグループが存在します。また西洋や日本などを含むさまざまな外来政権か ら文化的影響も受けてきました。そのほか、台湾の社会が開拓移民によって発展してきた ことも忘れてはなりません。
 こうした歴史的要因から、台湾の文化は多様的かつ多層的なものとなったのです。同時に人々には進取、冒険の精神、克苦奮励の精神が旺盛となりました。台湾人は頑張るという意味である「打ピィア 」(パーピィア)という言葉を好みます。この「打ピィア精神」が今日の台湾の繁栄を支えていることは疑いない事実です。また「武士道」を尚武の精神として捉えるなら、タイヤル族に代表される原住民にもそのような伝統はありました。大東亜戦争において台湾原住民の高砂義勇隊が見せた勇猛精神、自己犠牲の精神はよく知られているところです。更に言えば、よく指摘される台湾人の「日本精神」(リップンチェンシン)ですが、これも台湾精神の重要な一つだと言わなければなりません。これは日本統治時代に台湾人が学び、ある意味では純粋培養されたとも言える勇気、勤勉、奉公、自己犠牲、責任感、遵法、清潔といった諸々の良いことを指すものですが、実はこの言葉が人口に膾炙したのは恐らく戦後からで、中国からきた統治者たちが持たないところの、台湾人の近代的国民としてのこれら素養、気質を、台湾人自らが誇りを以って「日本精神」と呼んだのです。この台湾に根付いた「武士道」としての「日本精神」があったからこそ、台湾は戦後の中国の大陸文化に完全に呑み込まれることがなかった、抵抗することができたとも言えますし、それがあったからこそ戦後の近代社会が確立されたとも言えるのです。このように考えれば、「武士道」というものは、台日を含むアジアの近代建設の原動力であったことが理解できます。
 しかしやはりそれでも戦後の台湾は、中国文化による悪弊を免れることはできませんで した。社会では公私の混同や実利主義の横行、モラルの低下といった悪弊が蔓延し、大き な問題となっています。それにはやはり中国化政策の中での台湾のアイデンティティの喪 失が大きく影響しているのです。それは日本の終戦後の自己否定つまり伝統文化の否定か らくる価値観の混乱と全く同じ状況なのです。精神的な伝統や文化の重みを理解しようと せず、皮相的な進歩ばかりに関心を集中するのは現代社会の通弊だと言うこともできます。
そこで私は総統の時以来、積極的に「心霊改革」を提唱してきました。心霊とは精神のこ とで、それを変革することによって社会を古い枠組から脱出させ、そして新しい発想で新 しい活力をどんどん生みだそうということです。これは政治改革よりも更に困難なことで す。知識人には「理性」ばかりで「実践」が見られない、つまり理屈ばかりをこねて一向 に行動を起こさない傾向が目立ちますが、この改革はまず実践あるのみなのです。
 そこで新渡戸先生の『武士道』です。私は「公」の精神を主軸に台湾人のアイデンティ ティを確立していくためには、この一書をテキストにするのが一番良いと考え、実際これ を用いて台湾各界の人々に「公」と「私」の問題を語っているところです。そのようにす ることによって、かつて日本の武士道に学び、現在も台湾人の心に潜在しているはずの台 湾精神を呼び戻せるはずだと考えているのです。同じように日本人に対しても、あらため て武士道を見直し、かつての民族的な自信、誇りある日本人のアイデンティティを取り戻 して欲しいと思うのです。
 私は余生を台湾に捧げることを決意しておりますが、それと同時に日本を励ますことも、 自らの使命だと考えているのです。私はかねがね奥の細道を歩きたいという希望を語って きました。それは芭蕉の『奥の細道』に表わされているわび、さびこそ、日本人本来のう るわしい心情であり情緒だと思っているからです。私はいつの日にか日本の人たちとそこ を訪れ、そうしたものを一緒に再確認できたらと楽しみにしているのです。
これを以って私の講演を終らせてもらいます。ありがとうございました。

ハロウィン

2007年10月31日 | 差し障りの無いブログ
 今日は万聖節(ハロウィン)の日です.まあ,仏教徒にとっては関係ありませんが,とは言ってもほっとけないことが日本に在住する外国人たちによって行われました.4日前のことです.先ほどwikipediaでハロウィンの項目を検索したところ,この4日前の事件がもう書き込まれていました.
-------------以下引用-------------
2007年10月27日夜JR山手線、JR大阪環状線で外国人有志数百人による電車内での酒を持ち込んだハロウィン・パーティーが敢行され、事前に察知した鉄道警察隊による実施路線での警戒態勢と不法行為の取り締まりが起きる事件があった。事前に路線車両内での開催を呼びかける主催者と思われるWebページがあり、ブログや大規模インターネット掲示板を通じて情報が拡大していった。同様の不法行為は2006年10月27日のJR大阪環状線、11月8日のJR山手線で確認されている。

本来電車は観光・通勤・通学目的の輸送機関であり、不特定多人数で構成される団体が車両内で無許可でイベントを開催する行為に問題があるとの見方が強い。また、網棚の上で騒ぐ様子、走行中の車内で蛍光灯を取り外す行為、性器を露出して走り回る行為が2006年のハロウィン・パーティでその様子が動画で詳細に撮影されており、大規模インターネット掲示板などではその行為自体にも厳しい目が向けられるようになった。2007年度もメンバーの一部が車内の蛍光灯を抜いたため品川駅で車内点検のため約20分間運転を見合わせるなどの遅延行為や、アルコール類を無関係の乗客にかける迷惑行為、空き缶をホーム上に捨てていくモラルに疑問のある行為が見受けられた。ハロウィン・パーティーは本来日本国内にはない行事であり、在日外国人と日本人の間にハロウィンに対する認識は異なっているが、ハロウィンと称した日本国内における車両内での飲酒イベントは本来のハロウィン・パーティーの趣旨と乖離が見られ、正式なハロウィン・パーティーではないという意見も指摘されている。
-----------------ここまで引用--------------------

まったく酷い話です.私はレイシストではありませんが,日本に住んでいるのなら日本的な礼儀をわきまえてもらいたいと思います.

あー 間に合わん

2007年10月29日 | 差し障りの無いブログ
 滅多に無いことですが,仕事を家に持って帰ってまでやっています.原稿を2本仕上げなくてはなりません.が,間に合いません.否,本当の締め切りは先週の金曜日でしたからもう既に間に合っていません.

 句読点が「,」「.」になってるでしょ.そういうフォーマットで書かなきゃいけない原稿なんです(めんどくせ).今夜は徹夜か...

 ところで,先日書いた「無線LANへの道」ですが,ACアダプタをYahooオークションで手に入れました.2,3日したら届くことでしょう.200円で落札したのですが,送料が580円だそうです.何やってんだか.

無線LANへの道

2007年10月24日 | PC関連


 先週の日曜日に用も無いのにパソコンショップに行ってみたところ、無線LANルータがなんと480円で売っていて、もちろん衝動買いしました。更にもちろん、この価格ですから中古品なうえに欠品あり(ACアダプタが欠品なんだわ、致命的)で、ジャンクですから動作する保証なしときたら、素人さんは絶対に手を出してはいけない代物です。まあ、そのせいで売れ残ってくれていたわけですが。最近、「無線LANとかあると結構便利かもしれんなぁ」と、思っていたところだったので一丁こいつを弄くり倒してモノにしてみるかと思った次第です。

 このブツですが、型番は Buffalo WLAR-L11G-L というもので、とっくの昔に販売終了になっています。今や売られている無線ルータは無線方式の11a(54Mbps)、11b(11Mbps)、11g(54Mbps)の3方式全てをカバーしているものが主流ですが、このブツは11bのみの製品で、型遅れもいいところです。でもね、発売されたときにはこれでも24,000円してたんですよ。もう、びっくりしちゃいます。

 買う前にちゃんと電源の仕様も確かめました。それによると「DC 6-7V 消費電流 0.82A(最大)」となっておりました。ACアダプタは欠品ですが「6VのACアダプタだったら結構そこら辺にあるんじゃね」とか思いつつ買ってしまった訳です。と言うわけでACアダプタを手に入れるためにお得意のHard Offへと足を運びました。何か適当なのがあるだろうと思っていたのですが、これが無いんですよ。6Vは有っても電流が足りない、電流は足りてても電圧が大きすぎたり小さすぎたりで、使えそうなのが無い。



でも折角ここまで来たのだからと思って多少電圧は高いけど買ったのがこれ315円也。どうやら元々はソニーのPS One用の電源のようだ。DC 7.5V 2.0A となっていて電流容量は十分だが電圧がちと高い。しかもDCプラグの形状がが統一プラグで、形状が違うのでこのままでは使えない。そこでケーブルをブチ切って別のプラグを付けたのが下の写真。

 さて、それではルータ本体の中を見てみましょう。「おいっ、分解するのかよ!」て言うツッコミは無しにして下さい。当たり前じゃないですか。



もの凄いピンぼけです。私のケータイは古いわ、オートフォーカスじゃないわ、ズームは付いてないわで、こんなもんです。上の方に見えているのがふつうにある無線LANカードです。左やや下に見えている3本足の素子2つが電源のレギュレータICです。右側が5V用で左側が3.3V用です。型番を見たところ「AMS1085CM3.3」と「AMS1085CM5.0」となっているので間違い無いでしょう。テスタで調べたところ、5Vのレギュレータの出力をそのままカスケードに3.3Vのレギュレータに流しているようです。つまりは全てのパワは5V用のレギュレータによって供給されます。(註:「パワ」と書いているのは誤植ではありません。電気系の技術者の世界ではこう書きます。)

 ところで、そもそも分解したのには訳があります。純正品ではない7.5Vのアダプタで電源を供給した場合にこのレギュレータICがどのくらい発熱するかを確かめたかったからです。とは言っても純正品の場合を知らない訳ですが...

 発熱量は計算すれば分かるには分かります。純正品のACアダプタが6Vの出力だとすると5Vのレギュレータでの電圧降下は1Vですから、それに最大電流の0.82Aを掛ければ答えは0.82Wと出てきて、これが熱となって失われる損失電力となります。それに対して7.5VのACアダプタを使えば電圧降下は2.5Vで損失は2.05Wです。そのまんま2.5倍ですよ。でもね、「最大」と書いてあるくらいだから常時0.82A流れている訳じゃないと思うわけですよ。そんな訳でそれ程高温にならないのなら7.5Vのアダプタでも使えるのではないかと思ったわけですよ。

 で、やってみましたよ、もちろん。そしたらね、最初はそうでもなかったんですが、そのうちもの凄く熱くなったんですよこれが。でもね、3.3Vのレギュレータも同じくらい熱くなってるんです。これだったら少しの間だったら耐えるのではないかと考えて、素早く動作テストを行いました。常時通電しないで必要なときだけ通電するというとても忙しいことをやりました。その結果、このブツはどこも壊れてなくて有線ルータとしても無線ルータとしても問題なく動作することが分かりました。無線では128bitのWEPによる暗号化も問題なく繋がりました。一応Wi-Fi認定だそうなので、当たり前といえば当たり前です。ついでにファームウェアのアップデートもやっておきました。

 後は6VのACアダプタを何とかしなければならないわけですが、最後には秋月電子通商で600円で売られているスイッチングレギュレータタイプのACアダプタを買えば済むことです。じゃあなんで直ぐに買わないのかって?そりゃあなた、あそこで物を買うと送料500円と代引き手数料300円がかかりますから。600円の物を買うのに800円の手数料を払うのですよ、これには心の準備が要りますよ。それに、実はもう一つ方法があるんです。こちらの方は純正品を手に入れることができるかも知れない方法です。上手くいったらまた報告します。

無題

2007年10月19日 | 差し障りの無いブログ
沖縄戦と教科書検定問題 渡部昇一上智大学名誉教授に聞く

日本は沖縄を見捨てず、沖縄で散った多くの特攻隊員

沖縄戦「集団自決」に付けられた教科書検定意見の撤回を求める動きが先鋭化し、
政府は、県民感情と「政治不介入」のはざまで対応に苦慮している。この問題で
渡部昇一・上智大学名誉教授に聞いた。(聞き手=編集委員・鴨野 守)

司令官感激させた沖縄の奮闘ぶり

先の沖縄戦で、赤松嘉次大尉率いる渡嘉敷島と、梅澤裕少佐の座間味島で起きた
集団自決に関して、隊長の自決命令があったかどうかという問題は既に決着済みです。

忘れられているかもしれませんが、当時の大多数の日本兵は非常に立派でした。
あのころの将校は非常に責任感が強く、犠牲精神も強かった。ですから、「自分が自決
の命令を出した」と言って住民の生活が助かるのであれば汚名を着ても構わない、と。
元来、国家のために死をも覚悟して軍人になった人が圧倒的でしたから。

しかし、それを悪用したのが大江健三郎氏の『沖縄ノート』であり、一方、おかしいと
思って現場で綿密な取材をして、『ある神話の背景』に自決命令がなかったという真相
をお書きになったのが曽野綾子さんです。私の記憶ではあの本を書いたことで
曽野さんは「右翼」とレッテルを張られるほどでした。

しかし、曽野さんの本が出ることで勝負が付いたのです。しかし、『沖縄ノート』は
岩波書店が出版し、大江氏がノーベル文学賞を受賞したなどの理由で、版を重ねて
いるわけです。ところが最近になって、自決命令はなかったが、援護金をもらうために
虚偽の軍命令の証言をしたとか偽の命令書を作成した、という証言が出てきました。

こうした真相が明らかになると、沖縄の左翼運動の首謀者たちは今度、「集団自決に、
軍の関与はなかったのか」という、また別の土俵に持っていったのです。ですから、
まず渡嘉敷、座間味島で隊長命令はなかった、とはっきり書かないといけない。

ただ、沖縄では、住民の土地が戦場と化して、いろんな形で悲惨な目に遭ったわけです。
アメリカだって国際法を守って日本と戦ったわけでないのは、無差別爆撃や原爆投下
などの証拠があります。

しかし、日本は沖縄を見捨てたわけではありません。日本の一番優秀な若者を特攻隊
で何千人も送り、大体が沖縄で亡くなっています。それは、沖縄を救おうという日本の
意思です。戦艦大和だって沈むことを覚悟で出たのです。「戦艦大和を持って沖縄を
助けなかった、と言われてはいけない」と沖縄に向かった。もし到着できれば、海岸に
打ち上げても戦わせるという、最後まで沖縄を助けるという気持ちがあったことを
沖縄県民の方々にまず分かってもらわねばなりません。

また戦時中の沖縄の人がどれほど軍に協力的であったかということは、沖縄方面
根拠地隊司令・太田実海軍少将が自決直前に残した感動的な電文「沖縄県民斯ク戦
ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」からも明らかです。

認められぬ「沖縄条項」
検定撤回運動の中核は「反日」

沖縄の人が、「自分たちはひどい目に遭った」と叫んで本土から金をもらおうとしている
かもしれませんが、はっきり言って、それは卑しい。なぜ、お金が絡んできた途端に
卑しくなってきたかと言えば、戦後の風潮もあります。戦後の日本本土を悪く言わな
ければならないコリア人と同質の発想法に蝕(むしば)まれたのではないか、とみてい
ます。

コリアの人々だって、日本人がそんなに悪いことをしたことがないと当時を生きていた
人は誰もが承知していると評論家、呉善花(オ・ソンファ)さんが書いています。しかし
日本軍が非常に悪かったというのは、李承晩以降の発想法であり、GHQ(連合国軍
総司令部)の方針で、軍宣伝が広く浸透しました。

それを利用して、事実にかかわりなく、日本をゆすろうという態度がコリアにも中国にも
あります。その圧力の前に、事実をろくに確かめもせずに降伏したのが昭和五十七年
夏のマスコミ誤報が発端の「教科書誤報事件」当時の宮沢喜一官房長官でした。

今回も、渡嘉敷、座間味の集団自決に、何もないということが分かった途端に、沖縄は
島ぐるみで「自決に関与した」と叫びだし、誤った情報を本土に向かって洪水のごとく
流し始めたのです。

われわれは沖縄が戦場となったことに心から同情しています。ですが、特攻隊で亡く
なった人のほとんどは沖縄戦防衛のため亡くなっています。また本土が無傷だったと
いうことも全くない。六十四カ所全部焼かれた。東京は大空襲で一晩に十万人の住民
が焼かれています。市民の死者の数を比較すれば、沖縄よりも多い。広島、長崎の
原爆しかり、です。でも、本土の人は誰もが戦場となった沖縄が気の毒だったと思って
いたのです。

それ故、赤松大尉も梅澤少佐も地元住民に配慮したのです。その気持ちを酌んでもら
わないといけない。それを利用して反対運動を展開する中核には、反日運動の勢力が
あります。その背後には、金が絡んだアジアの反日グループが存在する可能性もあり
ます。情けないのは、それですぐ動く日本政府の人たちです。

検定撤回を求める県民大会の様子を伝える沖縄の新聞を見ると、安保改正反対運動
当時の新聞を思い出します。でも、終わってみれば日米安保は改正してよかったと
気付いたのです。マスコミはこうした反対運動をしばしばやりますが、米軍によって殺害
された住民の写真をあたかも日本軍によって自決させられたかのごとく紹介するのは、
メディアが絶対やってはいけないことです。

良識ある人たちはまず、大江健三郎氏を完全に謝罪させる運動から突破することで
しょう。裁判で渡嘉敷、座間味島での自決命令がなかったとはっきりすれば、それだけ
で大きなポイントであり、それが肝心です。私たちは赤松、梅澤両隊長が地元住民に
とって立派な将校であったということ、虚偽の記事を書いたのは沖縄タイムス『鉄の
暴風』であり、それを検証せずに書いたのが大江健三郎氏であったという事実を広め
ていくことが大事ではないでしょうか。また、誤報から生まれた「近隣諸国条項」の
取り消しを求める運動を進めていかないといけません。

繰り返しますが、沖縄の人が太平洋戦争の時に最もよく戦い、われわれを感激させ、
司令官を感激させた人たちです。日本が沖縄を捨てたなどと絶対思わないでいただき
たい。どうか、歴史の事実に冷静に向かってほしいものです。

万が一、沖縄戦の集団自決に軍の強制があったと明記する形を永続させる目的の
「沖縄条項」などを制定すれば、愛する家族や許嫁(いいなずけ)を捨てて死んでいった
若き特攻隊の英霊が泣きます。(談)

ソース:世界日報

テレビドラマのこと

2007年10月15日 | 差し障りの無いブログ
 先週辺りから今クールのテレビドラマシリーズがぼちぼち始まっている。先週から始まったドラマはどれも面白そうで、期待がもてそうだ。

 水曜10時「働きマン」、たぶんコミックが原作だと聞いたような気がする。主演の菅野美穂さんは結構好きなので期待しています。原作を読んだことがないので、観る前は「ハケンの品格」の焼き直しのようなものを想像していたが、ちょっと違った。コミカルではあるけれどむしろシリアス系かと。
 でもねえ、私はちょっと共感でない部分がある。「仕事が好き」とか「使命感」とか「働くこと」は生活の糧を得る為ばかりにあらずのようなこと言われてもねぇ。「人はパンのみに生きるにあらず」とか、トルストイじゃないんだから、ほら。最早こうなると宗教ですから、私は好かん。

 木曜9時「医龍2」、これは医療モノの枠を越えてもはや格闘技の域に入っています。朝田龍太郎が矢継ぎ早に放つナントカ魂(たま)とかナントカ波とかを、戦闘型ナメック星人の野口教授がひらりとかわして強力なエネルギー波で返してくる訳です。しかも人知を越えた空中での戦闘、側からかクリリン伊集院くんや水川あさみ扮する名看護士ブルマミキ、阿部サダヲ扮する天才的麻酔医ヤムチャが援護、しかもかつては敵同士だった北村一輝扮するピッコロ霧島軍司までもが味方になりそうな雰囲気である。
 初回は2時間を越える特別編成だったが、めまぐるしい展開で退屈することはなかった。「はたしてゴクウ龍太郎の運命やいかに...」で来週に続いた訳だが、非常に楽しみだ。

 金曜10時「歌姫」、あとで

 土曜9時「ドリーム☆アゲイン」、あとで

ビデオ三昧

2007年10月14日 | 差し障りの無いブログ
 最近どうも体調が良くなくて早く週末が来ないかなと思っていた。この数週間というもの休みらしい休みが無くてクタクタになっていました。週末が来たらあれしてこれしてと考えていたものの、いざ週末が来ても何もできなくて、土曜日は昼過ぎまで寝床でごろごろ。で、日曜日はやるべきことが山積みなのに意に反して家でビデオ三昧。以前から気になっていたビデオを一気に見ました。

 最初に「キサラギ」というビデオを見始めたものの、あまりのヲタク振りに途中で挫折。て言うか見始めた時のテンションと合わなかったという理由で冒頭の10分くらいしか見てないので評価は保留。

 次に見たのは阿部寛主演の「大帝の剣」、これは面白かったです。阿部寛扮する侍が大剣を持って大暴れするストーリーですが、時代劇にも拘わらずオリハルコンとか、ゲームの世界かファンタジー小説の世界でしかお目にかかれない言葉が出てきて、このミスマッチさが非常に良かったです。ナレーションも「パロディだよ、真剣に時代考証とかしてんじゃねーよ」と言わんばかりのところが笑えました。

 見た順番は兎も角、阿部寛つながりで「バブルへGO!!タイムマシンはドラム式」も見ました。やっぱ阿部寛は三枚目役がピッタリきます。非常に面白かったです。ただし、広末涼子のスクール水着姿を想像してグロだと思う人は見なくていいです。さもなくば、私のように食べていたシーフードヌードルを吹いてしまうという惨事にあいます。気をつけてください。

 シリアス系も見ました。蒼井優主演の「ニライカナイからの手紙」です。amazonの評価では最後に一気に涙があふれる感動の場面があるとのことで期待して見たのですが...。冒頭のころから「あーこれはあれだな」と思ったとおりの結末で、泣く場所が見つかりませんでした。冷めた目で結末を予想する私のようなイヤなオヤジには向きません。

 蒼井優つながりで「花とアリス」も見ました。て言うより、ダブルキャストの鈴木杏を見たかったというのが正解です。この作品の鈴木杏は小悪魔的で非常に魅力的です(もの凄い私感)。鈴木杏を最初に見たのはたぶん金城武と共演した「リターナー」です。近未来を舞台にしたタイムパラドックスものでしたが、とても好きな作品です。金城武の作品も何本か見たことがありますが、この人は三枚目の方が似合っているのではないかと密かに思っています。つまりは、阿部寛と同じ路線かと。
 あの頃の鈴木杏は中学生くらいだと思いますが、何故が印象に残っていて、テレビドラマの「がんばっていきまっしょい」で主演したときには「あっ、あの子だ」と思いました。「がんばっていきまっしょい」の舞台は私が今住んでる街だったこともあり、非常に印象に残っています。ロケもこの街で行われました。私がタバコ休憩(勤務時間中)で4階にあるベランダでタバコを吸っていた時に某高等学校の正門近くに人だかりができていて撮影が行われているのを何度も見ました。という訳で密かに鈴木杏のことを応援しちゃおうかなと思っているオヤジがいます。

 「かもめ食堂」というのも見ました。これを見て初めて解ったことは、どこぞの食パンのCMで小林聡美が食堂らしい店の主人で、外国人の客が美味しそうにコロッケサンドを頬張るというのが、この映画のパロディだということです。この映画の難点として、小林聡美ともたいまさこが出演してるのにもう一人のキャストが片桐はいりだということです。これは反則です。小林聡美ともたいまさこだったらもう一人は室井滋でしょ、ふつう。でも、最後に猫が重要なキーになるんですよ(笑)。やっぱり猫が好き。

 最後に見た作品は「サイドカーに犬」という作品です。主演は竹内結子。これは、どう評価してよいのでしょうか?さらりと見た限りでは、「誰かの言いなりになる」のか「誰かを言いなりにする」のか、それともそのどちらでもない人生? かな。

 すまん、最後はいい加減になった。眠いので今日は寝る。

ビューティーコロシアム

2007年10月09日 | 差し障りの無いブログ
 今日、フジテレビ系列の番組で「ビューティーコロシアム」のスペシャルの様なものがあったようです。ずっと見ていたわけでは無いのですが、チャンネルを回したときに偶然に、
「お岩さんのようだと言われたおんな」
という悲惨な話をしておりました。

でも、私はつい最近、
ゲゲゲの鬼太郎
と、言われましたから。

強く生きてください。

財布の置き忘れ

2007年10月05日 | 差し障りの無いブログ
 今日はえらいことをしでかしてしまうとこでした.高速のサービスエリアに財布を置き忘れてしまいました.

 場所は西瀬戸自動車道上り線,瀬戸田サービスエリア.時間は22:00頃のこと,休憩で止まったときに自販機でコーヒーを買ってベンチに座って飲んだのは良いのですが,無造作に財布をベンチの上に置きました.で,そのまま忘れて出発してしまいました.本線に乗って数百メートル走ったところで財布が無いことに気付きました.ご存じの通り自動車専用道ではUターンは出来ません.財布の中には1万8千円程度の現金とクレジットカード数枚,銀行や郵貯のキャッシュカードに加えて運転免許証まで入っています.とどめは職場の職員証(非接触ICカード)も入っているという始末.これが無いと職場の入り口のカードキーを通過できません.万事休すです.

 こうなったら形振りにかまってはいられません.最初にあるインターチェンジで引き返すしかありません.幸か不幸か瀬戸田サービスエリアから800mの所に生口島ICが
ありました.大急ぎでUターンして下り線の瀬戸田PAに車を止めました.目指す上り線のSAは本線の向こうにあります.幸いなことに車はあまり走っていませんでしたので,フェンスを無理矢理またいで越えて反対側にあるSAに大急ぎで行ってみました.

 財布は幸運なことにそのままベンチの上に有りました.神様,仏様,本当にありがとう.余分なUターンで高速料金を無駄遣いしましたが,財布が無くなった場合の損失に比べれば微々たるものです.

 あーー,良かった.