『カラマーゾフの兄弟』にたどりつくまで

2010年11月28日 | 本 - ノンジャンル
カラマーゾフの兄弟〈第1巻〉 (岩波文庫)
米川 正夫
岩波書店


人との出会いや縁について考えるのと同じように、本との出会いや縁について考えることがあります。

『カラマーゾフの兄弟』については、とくにそうです。ぼくは『カラマーゾフの兄弟』にたどりつくまでに、ビートルズと村上春樹を経由しています。



1、ビートルズ

話は高校時代にさかのぼります。ある冬。となりを歩く友人が、突然ふしぎなことをつぶやき始めました。

「マリア様があらわれて…」とか「あるがままに」とか、きげんよく歌でもうたうように、つぶやいているんです。

「なにそれ?」と訊ねてみると、ビートルズの『レット・イット・ビー』という歌の日本語訳ということでした。

よく聴いてみるとイイ歌詞だったので、そこからビートルズに興味を持ちはじめました。

それまでも、ジョン・レノンはよく聴いていました。でもなぜか、ビートルズは聴く気になれませんでした。

たぶん当時のぼくは「ジョンさえ聴ければ十分だ。ビートルズだと、ジョンの魅力が4分の1に薄まってしまう」と考えていたのだと思います。ジョン・レノンを原液のままストレートで聴いていたかったんです。

でも『レット・イット・ビー』の歌詞を知ってからは、ビートルズが気になりはじめました。

そのまま冬道を歩いて友人とカラオケに行き、『レット・イット・ビー』を歌ってもらいました。いい曲でした。ビートルズが好きになりました。

ぼくがはじめて聴いた『レット・イット・ビー』の歌声は、ポール・マッカートニーではなく、友人でした。思えば、友人の歌唱力が人並み程度しかなければ、もしかするとぼくはビートルズをそれほど好きになっていなかったかもしれません。

それからはビートルズにはまり、聴きまくりました。



2、村上春樹

月日は流れ、ぼくは大学生になりました。

その日も、いつもの本屋さんに立ち寄りました。いつもと同じく、村上春樹の『ノルウェイの森』が平積みされていました。当時のぼくは、村上春樹を一冊も読んだことがありませんでした。

いつもなら平積みの『ノルウェイの森』の前を素通りするのですが、その日はふと手に取ってみました。気まぐれです。

1ページ目を開いたとたん、ビートルズというワードが飛び込んできました。あの頃のぼくは、ビートルズというワードにとても敏感でした。

『ノルウェイの森』というタイトルが、ビートルズの『ノーウェジアン・ウッド』から来ていることを知り、2ページ目も読んでみようという気になりました。読んでみると、おもしろくておもしろくて。

ここから村上春樹にはまりました。

社会人になって数年後、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を読みました。大好きな小説です。

主人公は、晴れた月曜日の公園に寝転んでビールを飲みながら、カラマーゾフの兄弟の名前を一人ずつ思い出していきます。全員を思い出したあと、主人公はこう考えます。



『カラマーゾフの兄弟』の兄弟の名前をぜんぶ言える人間がいったい世界に何人いるだろう?

(『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』より)



このシーンを読んだとき、「ぜんぶ言える人間」になりたいと強く思いました。どうしてそんなふうに思ったのかは、わかりません。でもきっと、面白そうな世界を知らないまま死んでいく側の人間ではいたくない、という焦りだったような気がします。



こんなふうにして、ぼくは『カラマーゾフの兄弟』を読むようになりました。



高校時代の冬道で友人がつぶやいた「あるがままに」が、ぼくを『カラマーゾフの兄弟』につなげてくれました。縁ってふしぎ。

こう考えると、いま現在のささやかな何かが、10年後の大きな出会いのきっかけになるのかも知れませんね。


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