原裕美子のことを忘れかかっていた。
原裕美子って最近見ないなと私が思ったのは、いつのことだったか。
調べてみたら、2009年1月の大阪国際女子マラソンで3位(優勝は渋井陽子。
2位は赤羽有紀子。原はこの結果、世界陸上3回連続出場はできなかった。)
になってから、所属先の京セラを監督と共に退社していたようだ。
監督と共に退社というのは、陸上長距離界では偶にあるようだが、少なくとも
順風満帆ではなかったのだろう。
その後郷里の栃木で一人で練習していた時もあり、一時は引退も考えたそうだ。
さて昨日の北海道マラソンである。
原は早い段階から苦しそうな表情を見せていたので心配された。
(もっとも彼女の苦しそうな表情はいつものことであり、土佐礼子さんと同様
と考えることも出来るのかもしれない。)
またここまでの練習も、そんなに積んで来なかったという情報もあった。
そして宮内宏子とのトップ争いも給水の度に順位が入れ替わるなど
なかなか熾烈だったが、途中から抜け出してからは、地力の違いを見せ付けた。
そしてゴール直後に原が、誰にということではなく「どうもありがとうございま
した。」と言う声が聞こえた時に私は随分驚いた。
私はかつて(インタビューではなく)ゴール直後の選手からこの種の言葉を
聞いたことがない。
ところで昨日のテレビ中継では、解説の増田明美さんが「ゲスト」の高橋尚子
さんに、しきりに話題を振っていたのが印象的だった。
増田さんは、新人の解説者である高橋さんに場数を踏ませてあげようとしていた
のかとも思われた。
もしそうだとしたら、なんとも優しい心遣いである。
そして当の高橋尚子さんの発言も、今までの”元選手の発言”とは少し違って
いたように感じた。
要するに”解説者風”に少し変わって来たように思えた。
言うまでもなく、増田明美さんの事前の取材の熱心さは有名である。
彼女の魅力は、語り口の優しさと取材の徹底ぶりだろう。
確かに彼女は、選手の興味深いエピソードなどを話してくれる貴重な人である。
高橋尚子さんは今、取材する側の苦労を味わっているのかもしれない。
(しばらく前に彼女は、「今までは取材を受ける立場だったが、取材をする側が
こんなに大変だとは思わなかった。」と語っていた。)
原裕美子って最近見ないなと私が思ったのは、いつのことだったか。
調べてみたら、2009年1月の大阪国際女子マラソンで3位(優勝は渋井陽子。
2位は赤羽有紀子。原はこの結果、世界陸上3回連続出場はできなかった。)
になってから、所属先の京セラを監督と共に退社していたようだ。
監督と共に退社というのは、陸上長距離界では偶にあるようだが、少なくとも
順風満帆ではなかったのだろう。
その後郷里の栃木で一人で練習していた時もあり、一時は引退も考えたそうだ。
さて昨日の北海道マラソンである。
原は早い段階から苦しそうな表情を見せていたので心配された。
(もっとも彼女の苦しそうな表情はいつものことであり、土佐礼子さんと同様
と考えることも出来るのかもしれない。)
またここまでの練習も、そんなに積んで来なかったという情報もあった。
そして宮内宏子とのトップ争いも給水の度に順位が入れ替わるなど
なかなか熾烈だったが、途中から抜け出してからは、地力の違いを見せ付けた。
そしてゴール直後に原が、誰にということではなく「どうもありがとうございま
した。」と言う声が聞こえた時に私は随分驚いた。
私はかつて(インタビューではなく)ゴール直後の選手からこの種の言葉を
聞いたことがない。
ところで昨日のテレビ中継では、解説の増田明美さんが「ゲスト」の高橋尚子
さんに、しきりに話題を振っていたのが印象的だった。
増田さんは、新人の解説者である高橋さんに場数を踏ませてあげようとしていた
のかとも思われた。
もしそうだとしたら、なんとも優しい心遣いである。
そして当の高橋尚子さんの発言も、今までの”元選手の発言”とは少し違って
いたように感じた。
要するに”解説者風”に少し変わって来たように思えた。
言うまでもなく、増田明美さんの事前の取材の熱心さは有名である。
彼女の魅力は、語り口の優しさと取材の徹底ぶりだろう。
確かに彼女は、選手の興味深いエピソードなどを話してくれる貴重な人である。
高橋尚子さんは今、取材する側の苦労を味わっているのかもしれない。
(しばらく前に彼女は、「今までは取材を受ける立場だったが、取材をする側が
こんなに大変だとは思わなかった。」と語っていた。)