パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

「民主主義の死に方」(柔らかいガードレールはどうなるか)

2018年12月18日 08時50分27秒 | 

本は自分の力以上のものに取り組むほうが面白い
楽に読めて楽しむのはいいが、それでは少し物足りない気がしている
もっとも、集中と想像力を過度に要求する本は気分がノラないと
なかなかその世界に入っていけないのは事実だが

少し前の「ショック・ドクトリン」に続いて、どちらかといえばレポートに近い印象をもつ
この本「民主主義の死に方」(スティーブン・レビツキー、ダニエル・ジブラット)を読み始めた

現在まだ真ん中あたり、扱われている各国の歴史の部分は知識が無いので
少しばかり飛ばし読みで理解にはちょいと不安が残るが、
それでも一般論として納得できそうな部分がいくつもある

その中で比較的最初の部分に出てくる「独裁主義的な行動を示す4つのポイント」
は現在の日本をイメージするとどうなのか(読む人はみんなそう思って読むだろう)
気になるところだった

4つのポイントとは
1.ゲームの民主主義的ルールを拒否(あるいは軽視)する
 憲法に従うことを拒む、あるいは憲法違反も辞さない態度を示す
2.政治的な対立相手の正当性を否定する
 なんの根拠もなくライバルを外国のスパイだと決めつけ、敵対する外国政府にこっそり協力している
(あるいは雇われている)と訴える
3.暴力を許容・促進する
 過去に国内あるいは世界のほかの場所で起きた政治的暴力事件を褒め称える(あるいは非難することを拒む)
4.対立相手(メディアも含む)の市民的自由を率先して奪おうとする
 市民的自由を制限する法律や政策を支持する。例として、名誉毀損法・文書誹毀法の運用範囲の拡大
  抗議活動・政府への批判、特定の市民・政治組織を制限する法律の推進
 過去に国内外で行われた政府の抑圧的な施策を褒め称える

現在の日本のどの部分がこの4つのポイントと被るのかは、
ある程度関心を持って政治(世の流れ)を見ている人とまるっきり無関心の人とは大きな差があるだろう
それはある程度仕方ないと思われるが、無関心の人でもおそらくは大前提として
人はそんなに無茶なことはしない、極端な行動には自ずと(常識的に)ブレーキをかけるだろう
との思い込みがある

ところが、残念なことに最近は必ずしもそうでなくなっている
法の解釈を持ち出し法には反していないと、以前ならブレーキを掛けていた(それは市民感覚と似ている)事柄を
強引に押し進めて問題ないとする人たちが増えてきている

この部分を著者は「柔らかいガードレール」が機能しなくなっていると説明している
「柔らかいガードレール」とは、アメリカの例でいうと、合衆国憲法はよくできているが、憲法があるから
民主主義が守られているわけではない。競うあう同士が「相互的寛容」と「自制心」をもっていたから
守られていたのだ、、としている
でもこれは簡単に考えると、人として「そういう人のほうが良い」とか、社会は実は無意識的にぼんやりとした
良いと思われる方法を選んでいる  ということなのではないか

法律に詳しい人が、法の穴を利用して、それでもって方に反していないとする
法に穴があったのは知っていたが、あえてその穴の不備をつかない、それが社会の知恵と言うものだ、、
というのが昔から続いていた感覚
この2つの力関係が最近では前者に大きく偏っている
人はどこまで残酷になれるか、、という点については、ナチスの例だけでなく新自由主義の名のもとに
南米で行ってきたグローバル企業(あるいはそれを支持する国家)のやりくちを見ると
少しばかり人という存在の怪しさに不安を覚えてしまうが、今真に恐ろしいのは、人間性の影の部分
人が自発的にブレーキを掛けていた悪に近い部分を、おおっぴらに法に反していないといい切ってしまう
ひとが増えていることのように思えて仕方ない

ということで、抽象的な話になってしまったが現時点で自分が何となく思っていること
このようにブレーキが効かなくなってしまったのは、お金が唯一の価値あるものとして捉えようとする
(ごちゃごちゃ言っても、結局はお金)とする人が多くなっているということかな
少しばかり気の滅入る話

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関係ないところに関心が行ってしまった「日本史の論点」

2018年12月14日 08時40分55秒 | 

百田尚樹氏の「日本国紀」がどれだけベストセラーになろうとも
大元(おおもと)となっている考え方に賛同できないので読む気がしないでいる
それでも大雑把な日本の歴史を振り返るのは無駄ではないと
かわりに手にしたのが「日本の論点」中公新書編

最近の記憶力の低下は笑ってしまうほどひどいが、この本を読んでいて
鎌倉時代から室町時代あたりの記憶がすっ飛んでいるのに呆れると同時にショックを覚えた

それは仕方ないとして、本全体を覚えることは難しいので
1つ2つ記憶に残るものがあれば読んだ価値があったと考えるようにしている
それが本質とは関係のないところであったとしても、、

今年は明治維新150年でこの歴史上の出来事が価値あることとして(一部の人達には)扱われているが
その後の戦争につながる流れからすると必ずしも肯定的ばかりとは言えない
日本国内に大きな戦いがなくとりあえず約200年も平和が続いた時代は平安時代と江戸時代で
それが終幕を迎えたのは一種の内部崩壊(瓦解)のようなもので、これは洋の東西、時代のいずれを問わず
人間の行うことの必然なのかも知れない

ある立場の人からすれば瓦解で終わったといわれる江戸時代
当たり前といえば当たり前かもしれないが、その時その時で人はいろんな試行錯誤をしている
江戸時代もそうで、その一つがなかなか面白く付箋を付ける場所があった

徳川吉宗の「足高の制と文書管理システム」
家格は低いが有能な人物を要職につけたい場合、石高を足してその任に就かせる制度
一代限りで、必要な家臣、衣装、同僚との付き合いができるようにするというのも
(なるほど現実的な方法だ)
しかし、石高を加増され新しいポストが与えられてもマニュアルがないと仕事ができない
そこで、吉宗はポスト就任当日から仕事ができるように、公文書システムを整備した
江戸城に散財している公文書を整理しリスト化した
それは10万点を超えるボリュームとなったが、このように整理分類することにより
官僚たちの仕事の効率がぐんと良くなり、それまでは家伝・経験・知識で処理されていた業務が
公文書管理で迅速に処理されるようになった

ここまでは、そりゃそうだよな、、
と今の時代からすると容易に思いつくが、身分制度が厳しい時代では
よくもまあ現実的な方法を取れるようにしたものだと関心する

この話には面白い続きがある
幕府公文書を保管する蔵がいっぱいになった時その処分を考えることになった
役人たちは重複したり不要になった文書の処分を考えた
焼いたり埋めたりするのはもったいないので、紙を漉き返して再利用しようとすることにした
しかしこの作業を民間に依頼すると、幕府の最高機密が漏洩するおそれがある
また無宿人たちの社会厚生施設の石川島人足寄場に請けあわせても彼らはいずれか社会に戻り
やはり秘密は漏れる可能性がある
ならば公文書の大事な部分に墨を塗ろう、、と考えた(現代の情報開示の海苔弁を思い出す)が
これは大変な手間だ
ならば細かくちぎってしまおう
だがこれは後の紙漉きの作業がやりにくくなる、、、
困ったどうしよう、、、と江戸時代の官僚たちも公文書の作成・保管・廃棄に悩んでいた、、というのだ

この話は少し笑える、昔も今も変わらないな、、と
結局のところ、どの時代も現実生活に合わせていろいろ試行錯誤の工夫をする
江戸時代だけでなく平安時代も、、その他の時代も
明治維新以後だけが画期的に優れているのではなく、人は生きている限り個人としてではなく
社会としても工夫してより良く住めるようにする
平安時代と江戸時代に200年以上もとりあえず平和が続いたのは、何故かと考えるのも無駄ではないと思われるが、
この本を読んでて面白かったのは真面目な話ではなく上記エピソードの部分
読解力がない証明みたいなことになったが、本の楽しみ方は人それぞれ、、
現時点で自分は満足しているから、、ま、いいか

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よくわからないが、明らかに男とは違う女の音楽

2018年12月12日 18時02分10秒 | Weblog

何十年ぶりだろう、甘酸っぱい記憶のあるレコードを引っ張り出して聴いた
メモリー 小谷野とも子ファースト

あのときは、誰かを思いながら聴いていて、今でもその時のことを思い出す
伸びやかな湿り気のある声質でインパクトのある歌い方
最初の曲「孤独の旅」とか「雨」が好きだった
だが今聴くと少し恥ずかいというか、距離をおきたい気がしてくる
それはこの世界が「真夜中のラブレター」みたいにあまりにもその世界に入り込んで
客観性を欠いて少し恥ずかしいような気がしてしまったから

このアルバムの世界は、女だけしかわからない世界のようで、男はちょっとついていけないぞ、、
そんな気がした
だがそのうち、こんなふうに感じたのは今回が初めてではなかったことを思い出した
似たような印象を持ったのは、竹内まりやのアルバムを聴いた時もそうだ
中島みゆきのアルバムもそうだったかも知れない
外国人ではジャニス・イアンの「愛の回想録」を聴いたときもやはり似た印象を感じたような、、
(女の世界すぎる、、、ような)

こうした印象は歌詞のある歌だけで感じるものではなく器楽曲でも似たように感じることがある
マルタ・アルゲリッチの弾くバッハ・ショパンは、「女の直感」で遠慮なく突き進む
何故かそう感じてしまう

男と女の差、うまく言葉にできないが、確かに存在する感じ方とか好みとか捉え方、そして表現の違い
女の感じ方はよくわからないが、、男の自分からするとブルックナーの音楽が女性受けしないのはなんとなくわかる
それは男性原理でできているような曲だから
でも残念ながら根拠のあることではなく、ただそう感じる、、というだけで、説明しきれないのが情けない

ところで古谷野とも子さんは伊勢正三さんの奥さんだそうだ
びっくりしたのと、なんとなく納得するような気がした(またもや気がした、、、だけのことだが)



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直感・洞察力・思いつきが必要と思うけどなあ

2018年12月11日 08時27分28秒 | あれこれ考えること

夢の中で何かに不満を漏らしていたから、昨晩の講演会はやっぱり満足できていなかったんだろう
2日続けて真面目な講演会に出かけた
1日目は昨日のここで取り上げたもの
2日目はこれまた堅苦しいタイトルの「関係人口の創出に向けて」
一般社団法人奥三河ビジョンフォーラム決算総会の基調講演で
講師は総務省の地域力創造グループ 地域自立応援課のスタッフ
人口減少と高齢化が一気に進む地元新城市の現状をなんとか打開できるヒントが
得られるかも知れない、、そんな期待と、めったに接することがない
現役の官僚さんの思考方法とかアイデアを聞けるのは貴重な機会と足を運んだ
(なんでお前さんがここにいるんだ、、と感じた人もいたかも知れないが、これはちょっとしたきっかけで)

講演は74ページにも渡るパワーポイントの画面を中心に行われた
当然のように現状分析からスタート
見慣れた人口減少・高齢化の様子、それと人口の転入・転出の傾向が説明される
それを聞いていて、早くもなんだかつまらない感じが湧き上がってきた
ただでさえ文句言いの性格だが、なんか違うな、、の思いが募ってきて
それ以後の話に集中できなくなってしまった

何がつまらなかったのか、、
それは現状分析の把握が定量分析の範囲を超えていなかったからだ
現に人口の転入・転出は大都市圏への転入が加速している
ただ大都市圏の出生率は低い、、、
この事実を報告しているのだが、「何故そうなっているのか?」に対する考えが
その仮説すらこの日は明らかにされなかった
定量分析(の報告)は極端な言い方をすれば誰でもできる
でも肝心なのはその結果から何かを想像する直感とか洞察力で
これは多分、社会人として生きている人間の移ろいやすい感情とかを把握することから始まる
データに現れた抽象化された数字ではなく、今を生きている人間の実態として把握するには
「思いつき」が必要なのではないか、、と思ったりする

パワーポイントは74ページに渡っていた
講師の官僚さんはイメージと違って、偉そうな様子もなくとてもいい人のようだった
そして74ページにも渡る内容をよどみなく説明できていること、その把握力、総合的な視野は
さすが、、の思いをもった
でも、それだけだ
これらは慣れれば誰にでもそれなりのレベルに達することができる思考方法とかテンプレートのようなもの
としか感じられなかった
実際のところ一番聞きたかったのは直感とか洞察力に満ちた仮説とか思いつきだ
昔の本(科学とか哲学)を読んでいても面白いと感じるのは、今ならば間違ったことを述べているとしても、
本人がどのように思いついてどのように考えたか、、という部分はとてもおもしろい
この大胆な仮説とか思いつきとか(ノーベル賞に値するアイデアは思いつきのような仮説から生まれるのでは)
そうしたものを、確固とするために裏付けとなる定量分析のデータが必要になるのだが
そこに至らずに手慣れた思考方法で解決の方法論やらシステムづくりに行くものだから
出てきたものが何も新鮮ではなく、それどころかがっかりするようなものでしかなかった

ほんと文句言いだな、、と改めて実感するが
事実から積み上げて何かをするのは、その過程は必要だがそれにプラスアルファとして
何か直感とか洞察力とか思いつき、、といったものが必要なのではないか
囲碁将棋の高位にいる人は、最善の策をコンピュータのように全部あたってから探り出すのではなく
(AIはもう少し違った方法らしいが)瞬時に思いつくらしい
この直感とか思いつき(ノーベル賞に値するアイデア)、そうしたものは長年の訓練やら粘り強い思考のもとにもたらされるだろうが
官僚さんにその覚悟があるのかといえば、、どうなんだろう

ということで、肝心な人口問題は頭の片隅にしか残らず、官僚さんの慣れた思考方法に不満を持っただけ終わってしまった
それにしても、何言ってんだか、、かもしれない
自分ですら何年後に読み返すと、何言ってるかわからないかも知れない
でも、それはそれ、、
あいかわらすまとまりのない話




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地域づくり講演会「住民が創る持続可能な地域運営組織と人づくり」

2018年12月10日 10時43分22秒 | あれこれ考えること

月曜日、あれこれ文句を言いたいのは現在の国政の進め方で
採決をすれば与野党の議員数の差、党議拘束がかかっているのだから、その結果は最初からわかっている
この採決の結果が民主主義だと当たり前のようにされるのなら最初から議論などは必要ないことになる
選挙が終わった時点で全ての法案は与党の提出したとおり通過することが明らかになっていると言える
議論の前提となるデータが如何に酷くても、詭弁を用いて、その場さえ逃れればあとは数の力でなんとでもする
こうしたやり方に対する違和感とか怒りとかが一部のツイッター等の投稿者を除いて一般の人、東京の人
若い世代に感じられないのが不思議で仕方ないが、この問題に関わると頭がカッカするので今朝は別の話題

と言っても、ネタが豊富にあるわけではないので別のブログからのコピペ
何年か前の自分ならおよそ知ることも行くこともなかったと思われる講演会の話

昨日(12月9日)、新城市役所で行われた地域づくり講演会「住民が創る持続可能な地域運営組織と人づくり」
を聞きに行ってきた
山形県川西町吉島地区の運営組織づくり(NPO法人きららよしじまネットワーク)と人づくりのポイントを
事務局長の高橋由和氏が講師役になって中身の濃い1時間半ほどが経過した(講演の後は質問タイム)

とても良い、参考になり勇気づけられるような内容だった
よく言われるように「講演会の部屋の外に出たら、もうすっかり内容を忘れてしまった」
とするには、あまりにももったいない直ぐに真似したほうがいいような
また参考にすべき考え方などがいくつもあった

こうした講演会を聞いた人はまず単純にそのまま真似てみるといった実行力が必要なのかしれない
かつてある地区では「すぐやる課」なる行政組織が作られ、とにかく目に見える形にすることが求められた
そうした行動力がどの地域にも必要なのだと実感するが、そこでついて回る問題は「誰がそれをするのか!」
この講演会では人づくりのコーナーで、求められる人材像やその育成テクニック的なものまで、
現在行われている実践的な方法が明らかにされ、それを聞けばやるべきことや方法はわかってきている
(でもそれを誰がするかの問題は、、当事者で解決するしか無いのだろうか)

ここでこの講演の内容をごく大雑把に説明すると
人口2443名、732戸、一つの小学校区の規模の地区で、公民館の無償譲渡(民営化)を契機に、地域課題を自ら解決する組織の設立を思い立った
その組織の必要性と役割を住民が共通認識を持てるように、また住民も自分が何ができて何をしなければならないかを考えるためにも、
数多くの住民説明と住民ワークショップを繰り返され、準備期間3年の後、全世帯加入のNPO法人が設立された
この組織の管理部門以外の実践部門は、自治部会、福祉部会、環境衛生部会、教育部会に分かれ
これらの活動が、その部会の当事者にアイデアよって実際の生活に根ざした活動という形になっている
そのひとつひとつは、新城の各行政区でやっているようなことも少なくないが、
それでも少しと違うなと思われたのは、その組織がお金のことを考えているということ(まるで自活できるように)
確かに組織なり活動の運営するお金は市からのお金が多いが、交付金や補助金だけでなく委託金が多い
行政が行う仕事の代わりをしてお金を得るたくましさと、自分たちで現実的にお金を儲けるシステム、
またそれに伴い雇用を生むシステムを独自に構築している
残念ながらこれは真似したくても直ぐに真似できないかも知れない

この講演会では、こうしたヒントとなるものがいくつも挙げられた
だが、もしかしたら一番肝心なのはこれら彼らが時間をかけて作り上げた、、ということではないか
いまある組織や活動が素晴らしいのはもちろんだし、彼らは現在の形が最終形ではなく今も変化しつつあるという
出来上がったよくまとまった方法をお手本にそれを真似してうまくいくか
真似しないより真似したほうがいいのは明らかだが、その組織なり、考え方が出来上がった過程を体験しないまま真似ただけでうまくいくのだろうか
(最初真似したほうがいいと言いっていたのに!と自分でツッコミを入れそうだが)

当初、住民説明会の参加者は少なかったという、そもそもそんな難しそうな話の会に参加しようとする人の存在も想像しにくい
それにたとえ参加したとしても、前から参加している人と新しく参加した人の知識の差がありすぎて、
使われている概念や言葉が新しく参加した人にはわかりにくく、自分はお呼びでない、、と感じてしまう可能性もある
この会の運営は、だらだらしゃべるだけ(何も決めない)とか真面目に決める会とかその他いろいろの会が設けられたようだ
そこで必要となったのはその会を仕切る人物の運営テクニック
この経験から、求められる人材のテクニックの必要性が明らかにされ、具体的にファシリテーターの育成というになっている
この人材の問題だけでなく、その他色々の場面で当事者として問題解決にあたってのいろんな知恵が組織の記憶となって、今に生かされている

つまりは、見るからに羨ましい組織とその活動だが、
それは自分たちで試行錯誤しながら作った、、という点を本当は一番羨ましいと思うべきなのかも知れない

それぞれが得意分野をもついろんな人の集合、答えのないような中で、あるときは譲らず、あるときは妥協しながら意見を交換して
自らのまた組織の知恵となっていく経験を積んでいく
実はこれが一番肝心なのではないか、、と思ってしまう

でもひとつ解決しない問題がある
「それを誰が先頭に立ってするか?」
これは難しすぎる問題かも知れない、、
とりあえず真似できるところから、真似して真似する過程で色々試行錯誤をする、、、というのが、昨日の講演の活かし方、、、かな

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情報の伝わり方、把握の仕方について

2018年12月08日 09時58分59秒 | あれこれ考えること

12月6日、中日新聞の朝刊(三河版)にこの記事が掲載された

以前から取り上げている、地域自治区の活動交付金絡みの記事で市としては恥ずかしい内容だが
今日のテーマは、対象議員の問題ではなく、この新聞報道と情報の伝わり方について

この記事が掲載された日の昼頃、ある人(今年は区の役員になっている人)にこの記事を見たかと聞いた
彼いわく、忙しかったし新聞自体をまだよく見ていないから見ていない とのこと
ひとりそういう人がいるということは、多数いるということ、、現実はそんなもんだろうなと感じる
それに読んだとしても、これが実際にはどんな話なのかをしっかり理解できている人がどれくらいいるかが疑問だ

既に何回か記事になっているが、それでも記事を読んで理解していることといえば、支払っていないにもかかわらず
領収書を業者に書かせてそれを使い市から交付金を受け取り、その判断が信義則に反するから交付金の取り消しになった
ということくらいだろう
市からの判断(交付金取り消し)のあとに、政治倫理審査会が市民からの要請で開かれ、しかも23回も開かれ
その委員会では、およそ一般社会ではめったに見られない不可思議なことが行われたことが明らかになったのは
多分、知らないでいるだろう

多くの人はとりあえず新聞でいろん事を知る(地方のことはテレビで扱ってくれない)
ところがそれを批判的に見る癖・習慣がないから書いてあるそのまま信じてしまう
そして、それが全てだと思いこんでしまう
市民が求めた政治倫理審査会の開設に署名を求めた時、ある人物は新聞に書かれたことだけを基準に
我々がこまめに調べた情報・証拠から導き出される疑いに聞く耳を持たなかった

新聞はスペースの関係で、全部を書ききれるわけでない
ポイントだけ、結果だけを、リリースされたまま報道している
リリースされたままというのが、少しばかり肝で、報道の方向性、受け取った側が受ける印象は
この時のリリースの仕方に依存する場合が多い
これは住民投票が終わった後の行われた実務協議についての報道の時に強く感じたことで
新聞は必ずしも公平・中立、正確なことを報道しているのではないと実感した

今回の場合でも、多くの人が知ったかも知れない内容だが、一番の問題は政治倫理審査会で
問題となったような、とてもありえない話が、そこには何も書かれいない
審議内容と直接関係ないといえばそれまでだが、対象議員の行った行動は、
彼に投票した人たちへの今後の選択に大いに影響する

それでも新聞に掲載された以上は、人は何らかの印象を彼に大して持つ
ところが新聞を見ない人は、購読していても見逃した人は、何も知らない
そういう人たちにとっては対象議員は、市の18人の市議会議員の中のひとり、よく顔を見たり
耳にする少し偉いひと、、、くらいの印象しか無いだろう

知っている人と何も知らない人の判断の違い
知ってる人と知らない人は判断どころではなく怒りの有り無しにもつながる
知らないでいるために、自分にとっても不利益になりそうなことが粛々と行われてしまう
誰かが自分たちのためにきちんとやっていてくれているというおおらかな(本来はそれが理想)
考えが基本だが、実際はそうではない例は現在の我が国の政治の進め方でも多く見られる

知らないでいるということを新聞を読まない人が多くなったとすると
新聞がなくなった地域に起こったこと、というアメリカのどこかの大学での調査ではゾッとする結果が出ていた
投票率が下がる、現役の当選率が上がる、議員の給与が上がる、縁故が優遇される、汚職が増加
もっと何かあったが、忘れてしまった
でもとにかくヤバイ状況になったのは間違いない

ということで、便りになるのは地方ではまだ新聞だが
その新聞も読み取り方に気をつけないと正確な把握はできないということ
やっぱり現実をきちんと把握しないと、自分たちが自分たちで損してしまうということ

でもいつも四方八方に目を配るのは、、、正直、、面倒
誰か真面目にやってくれないかな、、


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図書館の本は満杯状態?

2018年12月07日 19時42分20秒 | 徒然なるままに

二年ほど前、市の図書館に本を寄贈した
寄贈したというよりは、だらしなく溜まってしまった本をなんとか整理しなければならず
一冊10円位で販売するくらいなら、本好きなみんなに見てもらうほうが良いと考えたからで
それほど高い志があったわけではない
その時は20冊位が二回
喜んでもらってもらえたのが、良いことをしている気がしたものだった

今日、年末大掃除を控えて増える一方になっている本の処分思いたち寄贈する本を選び始めた
一応、みんなが喜びそうな本を選ぶことにした
選んだのはものすごく感動した本というよりは、一般的には有名では個人的にはイマイチで
手元に置いておかなくても、読んだことを忘れてしまっていてもいいような本
他には、購入したのはいいけれど遂に読む気になれなかった本
(これからもその気持ちは変わらないだろうと思われた本)

それでもあまりにも古いのは悪いだろうと比較的新しいものを選んだ
ジャンルとしては小説類が多かった

勢い込んで図書館に重い紙袋を下げて「寄贈したいのですが」と受付に声を掛けた
すると、何やら以前とは違った雰囲気
前は無条件に「ありがとうございます」って感じだった
ところが今日は「少々お待ちください」と別の担当者に聞きに行った
そして一緒に戻ってきた担当者が言うには
「倉庫には寄贈された本が多くあり、未整理ままという状態になっていますので
現在では自費出版の本、郷土の本、新刊本など以外は受け付けなくなっています
すみません」
新刊本というのは2.3年の間に出版された本のことで、持ち寄った本の中には数冊含まれていた
だが在庫の中にその本は既に存在し新たに揃える余力はないのだそうだ

それでスゴスゴと帰らざるをえないことになった
フト考えた
自分の本棚にあるとても大事にしていて、人が読めば絶対に有益だったり感動したり
つまりは大げさいえば人類の宝のような本は、自分がいなくなったらどうなるのだろうと、、
例えばライプニッツ全集(10冊)西脇順三郎全集(10冊)ハンナ・アーレントの全体主義の起源(3冊)
メルロ・ポンティ、フッサール、ベルクソン、サルトル、キエルケゴール、ヘッセの本
他にも科学・産業の分野では「不思議な数eの物語」「エレガントな宇宙」「プログラムはなぜ動くか」
ひところ凝った新選組関連の本(一時資料的な本)
あと古代史に関係しそうな本(秦氏の歴史とか蘇我氏関係の本)、、
まだまだ探せば、、いろいろある、、これらの本は、、
(こうしてあげてみるとつくづく変な好みの本ばかりだと改めて気づく)

でも手元に置いてそれらに囲まれていると喜びを感じ
それらの本で自分の個性はおおよそ想像できるような重い本、、
こうした自分にとってはかけがえもなく大切な本が
実社会では変人の単なる好みとか商業的にあまり価値がなさそう、、
という価値判断で、いつか無残な末路になってしまうのでは、、と不安になった

おせっかいな気持ちからすれば、自分が大事にしている何冊かの本は、人は絶対に読んだほうがいい
だから図書館には、読む人が少なくてもこれらの本は絶対揃えておくべきだ、、と思っている
気楽に読まれなくても、読んだ人は大きな影響を受けるに違いない本、
それらを揃えておくことは、とても価値のあること、
それこそがその地区の文化の度合いを測るもの
本好きはついそう考えてしまうが、、、








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第九を聴きながら頭に浮かんだこと

2018年12月06日 08時46分13秒 | 音楽

電車に乗るのが好きだ
車窓に流れる風景を見てボーッとしたり、脈絡もなく浮かんでは消えるいろんな思いに身を任せる
この時間は本来の自分自身との対話のようで、時に大いなる気分転換をもたらす

音楽の生演奏を聴いている時も、勝手気ままにいろんな思いが頭の中をよぎる
多分一番いいのはその演奏に集中できて、耳に入る音が物理的な楽器の音ではなくて
頭の中にある楽器が鳴りだすような、ただただ音楽の流れに身を委ねるような感覚を持てること
そうした瞬間は一瞬のことであっても、まるで永遠のような気さえする
だがいつもいつもそうした感覚になれるわけではない
大概はとりとめのない思いが浮かぶ
まるで電車の窓から風景を見ているときのように

昨日の演奏会 「悠久の第九」 セントラル愛知交響楽団

これは演奏中に様々な思いが浮かぶタイプの体験だった

年末は第九の季節
でもベートーヴェンは聴くには覚悟とか勢いとか、そういったものがないとなかなか気が進まない
少しばかり押し付け気味な印象が、どうしても二の足を踏ませてしまう
ベートーヴェンで押し付けがましさを感じないのは後期のピアノ・ソナタ(30.31.32)とか
弦楽四重奏曲(12.14.15)などで、これらはいつでも聴きたくなるのだけれど

先日のフルトヴェングラーの「運命」を聴いて以来、ちょっとばかりベートーヴェンモードになっていて
たまにはいいか!と当日券のある上記のポスターの演奏会に足を運んだ

第九の生で聴くのは今回で3回目
1回目は新城市の文化会館で東京フィル、田中良和の指揮で合唱団は市民の方々
その当時流行った「第九を歌う会」の流れに沿ったもの
この演奏会で覚えていることは田中良和の導き出す音がとても清潔なスッキリした感じであったこと
まるで小澤征爾のそれのよう、、とその時感じたのは今でも覚えている
2回目は浜松アクトシティでロリン・マゼールとどこかのオーケストラ
多分、この施設のオープニングの祝祭的な意味もあったんだろうが、この演奏会のことは
悲しいくらいなんにも覚えていない
マゼールとの相性が良くないのか、、ただ、無理やり思い出そうとすると、冷たい音楽だな、、
といった印象があったような、、

そして3回目の昨日
プログラム前半のベートーヴェンピアノ協奏曲で耳慣らしはできて、集中しやすい環境はできた
聞き手ばかりだけでなく奏者も、どこかしら勢い込んでいる感じ
冒頭の神秘的な和音から、鋭い音型のモチーフが奏される
フルトヴェングラーの闇の中を音がストンと落ちるような印象を与えるのとは違ってスピーディーな感じ
この指揮者はこの感覚で行くのか、、と、なんとなくわかったような気がする
オーケストラは前半のプログラムの4番のピアノ協奏曲よりも練習が充分にされているような
自発的な、自分のものになっている感じがした

生の演奏は時に意外な部分とか音が印象に残る
昨日はファゴットとホルンが、楽譜にはそう書かれているのか、、と感じさせるような瞬間が幾度かあった
そのうち気ままな連想が浮かんだのは、、この曲はブルックナーの8番に似ているな、、ということ
第2楽章のスケルツォ、第2楽章のアダージョ、第4楽章の全部をひっくるめた終わり方などは
この曲がお手本になっているのだ、、、とつくづく感じた
でも、そのニュアンスはだいぶ違う
ベートーヴェンは人間讃歌だがブルックナーのそれは交響楽という音の建造物による
響きの中に快感をもたらす音、、そのもの、、

話はベートーヴェンに戻って、第一楽章の途中のフレーズでフルヴェングラーならここはもう少し
絶妙なニュアンスで音出ししたのにとか、あのバイロイトの演奏はこのあたりから気合が乗り始めて
それ以後はスピードアップするのだが、それは音楽的に必然なんだな、、とか
ついついフルトヴェングラーのレコードと比べていた

この比較は第2楽章でも同じこと
木管楽器が表に出たり入ったりする音型のところは、もっと立体的のほうがいいとか
でもこの楽章の若さに溢れる演奏は、なかなか良かった

3楽章になって合唱団が舞台に現れた
登場に拍手がなされたが、曲全体の集中が途切れそうで、自分的にはあまり肯定的とは言えないかも
3楽章は、押し付けがましくないベートーヴェンが感じられる
内生的な考えるアダージョで、最近ではこの楽章が一番の楽しみになっている
だが、ここでもついついフルトヴェングラーと比較してしまった
フルトヴェングラーの演奏は音を慈しみように、ゆっくりと深く流れ、指揮という行為のもとに音楽があるのか、
それとも音楽はもともとある形で勝手に流れているのか、そして忘我としか表現のしようがない一瞬を
今回は味あわせてくれるのだろうか、、と
でも名人芸のような奇跡的な瞬間は訪れず、若い音楽家の音楽解釈の一つのパターンとしてこの楽章は表現された
フルトヴェングラーの指揮によるファンファーレのあとの寂寥感は、それを望むのは酷なことか、、、

第4楽章
ベートーヴェンは晩年になっても枯れるということはなく、力技で全体をまとめる力があったり
それを望んでいるのだと改めて感じる
前の楽章のテーマの否定、それではなく肯定的なあの歌を、もっと、、とするストーリー展開は
ブルックナーのまとめ方よりはわかりやすいかな、、とまた気ままな連想がチラチラ訪れる
フルトヴェングラーの第九の印象の残る2つの部分
歓喜の歌がいつ始まったのかわからないような最弱音から奏される効果
そしていつまで続くのかと思わせるような合唱のフェルマータとその後のトルコ軍の行進のようなテーマが
これまた最弱音から始まる、、この圧倒的な効果 これはレコード作成の時に講じられたものとの説もあるが
いすれにせよ、その効果は、一度聴いたら忘れられない

第九はプロの人の安定した演奏もいいかもしれないが、この演奏会(市民合唱団による)のような
その日のために気張った演奏もその勢い・熱気に負けて全体として何かを感じることはできる

ということで、聴いてる最中はあれこれいろんなことが浮かびすぎたが、それをも含めて
久しぶりの第九は、、なかなか楽しかった、、というところ
それにしても、思うのはフルトヴェングラーの第九の凄さ
(でもこの演奏(1951年 バイロイト祝祭管弦楽団のレコード)は何度も聴けないでいる
 聴き直したら今度はさほど感動しない自分がいたり、その感動自体が錯覚だったのだ
 とがっかりしてしまうのが怖くて)




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「モーツァルトとの散歩」を読んで

2018年12月05日 08時34分41秒 | 

1791年の今日(12月5日)、モーツアルトが亡くなった
それを知ったのは、昨日読み終えたアンリ・ゲオンの「モーツアルトとの散歩」のなかのこと

モーツアルトの音楽は好きだが、彼の人生や手紙などにはどういう訳か大して興味はなく
購入後も積読状態になっていたこの本を、もったいない精神を発揮して先日から読み始めたのだった

この本は伝記によくあるように彼の一生をたどっている
彼の身の回りに起こったこと、手紙も絡ませてその時々彼が作曲した曲を、まるっきり信者のごとく
興奮気味にその完成度を楽譜を混じえて紹介している

読んでいてとても不思議に思えてきたことがあった
それは彼が作った曲と彼の人生上の(生活上の)変化とはあまりにも関係がなさそうに感じられたことだ
ベートーヴェンなら耳が聞こえなくなって、苦労して努力して作り上げた曲は、どこかそういうところが曲に感じられる
バッハでもヴァーグナーでも、そういう一面は聞き取れる
しかし、モーツアルトの場合は、何故、このような曲がこの時に作られたのか?との気持ちを拭い去ることができない
そんなことはない、K304のホ短調のヴァイオリン・ソナタやK310のイ短調のピアノソナタは、お母さんの死の影が
見て取れる、、との声があるかもしれない
でも、自分がこれらの曲に感じるのは死を悲しむという人間的なことよりも、もっと別の単に音楽の表現しうる何か
もしかしたら美というものをのみ恐るべき客観性のものとに表現していると思えてしまうのだ

この実生活と出来上がった曲のアンバランスな感じは
たくさん残された彼の手紙と、出来上がった曲との食い違いにも見られる
いや手紙だけでなく普段の生活ぶりも、映画「アマデウス」でサリエリが怒ったように、
こんな軽薄な男が信じられないほどの完成度の高い美しい音楽を作るのか、、
神が存在するのなら、何故こんな男に、、、という怒りとか絶望も納得できてしまいうそうだ

つまり、実生活とできた音楽はあまりにもかけ離れている
音楽はその人を表すのではなく、もっと別のものをさらっと表現してしまうモーツアルト
確かに彼は時を重ねて進化している
でもそれは人生を重ねて、ふっとそのニュアンスを曲に込めるテクニックと言うよりは
作曲上の技術の上達を表しているように思えてならない

出来上がった曲と彼の過ごしている時間、実生活とのイメージの違い
多分これは多くのモーツァルト好きの連中の共通認識だろう
この本「モーツァルトの散歩」はアンリ・ゲオンのモーツァルトへのラブレターだ
レクイエムまでの生き様の紹介が終わった後の最後の十数ページ
そこでは彼(アンリ・ゲオん)の思いの丈が一気に放たれる
モーツァルト好きからすれば、よくぞ代弁してくれた!
そのとおりだ、との思いが湧き上がる
音楽は音楽自体で、なにか大げさなことをするのではなく
控えめに、でも耳を傾けるととてつもなく繊細な美と楽しみと、そしておしゃべり(会話)
大げさに人間を語るのではなく、異性が好きで、冗談が好きで、誰かが偉くて誰かが偉くないと区別することなく
大きな間違いをする人間も、横着な怠け者の人間も、それらを全部ひっくるめて自分に与えられた「音楽」という分野で
決して過激になることなく、その完成のみを職人的な精神で作りあげたモーツァルト
次の時代の「大文字で書かれた人間の時代であり、大文字で書かれた芸術の時代」からは
忘れ去られたような存在となりつつも、、そのやはり天才としか言いようのない作品群は
それがないと生きててつまらない、、ものとなっている
天国とはモーツァルトの音楽がなっているところ、、と言った人がいた
子どもたちの声がいつも聞こえるところ  とも言われている
バッハの祈り、完成度、ベートーヴェンの人がどのくらい成長しうるものかを驚きの目を持って眺めても
やはり、自分にはモーツァルトがいないとつまらない

5年前、ウィーンのマルクス墓地にモーツァルトのお墓を訪ねた

可愛そうなヴォルフガング
お土産屋には彼の顔を描いたチョコレートが溢れ
巷には彼の音楽を奏でるコンサートが商業的に計画されていた
でも、かれの眠るここには、自分にはあまりにもひっそりしていた




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1936年と1947年の演奏の聴き比べ(フルトヴェングラーの運命)

2018年12月04日 08時34分06秒 | 音楽

今ではそれほどでもないかも知れないが、クラシック音楽の権化みたいなのが
ベートーヴェンの5番目の交響曲
冒頭のモチーフの徹底的な使用法というよりも、苦悩を乗り越えて勝利に至る過程を
連想させるようなストーリーがわかりやすいようで、音楽の先生もそう言っておけば大丈夫
みたいなところがあったのではないかと、フト思ったりする

この「運命」と名付けられた交響曲
いざ聴こうとするには少し抵抗感がある
あまりにも押し付けがましくて、しつこくて、上から目線で、、、
とにかく聴く気にならない、、ことが多かった

ところが、先日東京で安く仕入れた中古レコードのフルトヴェングラー全集の中の
ベルリン・フィルとの1947年の演奏を何気なしに聴いてみたら、これがとても面白かった
最初はフムフム、大げさっぽいこういう時代がかった演奏は今の感覚とは少し違うかな
くらいに余裕もって聴いていたが、途中からこの指揮者の場合にはよくあるように
音楽の圧倒的な奔流の中に引き込まれてしまった

押し付けられたような、上から目線の感じはしない
むしろ演奏者がお互いの立場をわきまえて、効果的に会話をしているような
それもムキになって、そしてそれを楽しんでいるに違いなみたい
ベルリン・フィルの音は深く重い
楽譜は同じでも出てくる音はこれほどまでに違う
オーケストラは慣れている曲なので曲のツボのようなところは、興に乗った感じで
それがまるで自分の頭の中の楽器が鳴るように響く
そして、以前は気づかなかった休止のあとの間の いつ音が出るのか、、と待つ間の緊張感
これがとても効果的で、とにかく、、あとは一気呵成に聴いてしまった

すげーなー!
フルトヴェングラーを聴いたあとについ出てしまう言葉がまたもや出てしまった
そのあと考えたことは、もっと若い時のフルトヴェングラーの演奏はどうだったんだろうか?ということ
フルトヴェングラーにハマる人がついしてしまう同じ曲の他の演奏との比較を、
今手元にあるものの中でしてみようとCDの棚をい探ったら1937年のベルリン・フィルのがあった
まだ戦前の演奏だ
しかも音質の比較もしやすい同じベルリン・フィル
早速、かけてみた
あれっ、音が違う、、
スタイルは似ているがベルリン・フィルの音が1947年もののみたいに重くない
それよりはもっとハリがある
ちょっとウィーンフィルみたいな艶がある(少し感じは違うけど)
若さ、、フト浮かんだのはこの言葉、
この時、1886年生まれのフルトヴェングラーが50歳台の一番気力も馬力もあった頃で
まだ彼には戦争の暗い足音は現実には感じられていないかもしれない
ただ単純に音楽に一心に向かう感じが見て取られた
ベルリン・フィルの艶のある音もそうだが、途中のちょっとしたアイデア、ニュアンスは
やっぱり普通じゃない才能を感じさせる

1937年の演奏は悲劇的な要素がない
音楽的な統一感とか効果とか、そうしたことが全面にでて、いい演奏を聴いたという感じ
ところが1947年のはとにかく重い
音が重いというよりは、そこから感じさせる何かが圧倒的にちがう
この約十年間に戦争があったのだが、この戦争の経験、彼と演奏者の心にもたらした心境の変化が音に現れている
演歌歌手がヒット曲を歌い続けて、嫌になるほど同じ曲を歌って、その上で名人芸のような自分のものになっているすがたを
つい思い出してしまった
(ポール・マッカートニーでも何十年前と違うのだが、彼の場合は熟成と言うよりはライブ現場の差のような気がしてる)
人生経験は音楽表現に現れるものだ、、とつくづく感じる

ということで、思いの外楽しんだ「運命」の聴き比べ
それにしても、やっぱり出てしまうのは「すげーなー!」の一言
ネット上で「生きていたら聴きたい指揮者は誰ですか?」という問いがあったが、当然フルトヴェングラーと答えておいた
彼のお墓には二度もお参りしたことだし、、、

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