パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

ボールしか見えないけど、幸せそうな子供たち

2006年04月23日 19時40分11秒 | Weblog
今日は少年サッカーの練習日。
先週に引き続き悩ましい天気で、出席者はもうひとつ、といったところだった。

やっぱり出ましたね、定番のセリフ
「今日試合やる?」
「今の練習終わったら、試合?」

子供たちは試合が大好き。
練習では集中が続かない子も、この時だけ?は真剣になっている。

試合といっても小学校3、4年。 週一回の練習のレベルでは
必ずと言っていい程、だんご状態になってしまう。
つまりボールを持った子の近くに敵も味方も寄っていって
味方の邪魔になろうが お構いなしに、つまり自分の好き勝手やっている。
でも、夢中になっているのはこちらにも伝わってくる。

よく周りをみてパスしなさい、とすぐに言う人がいるが
必ずしも無条件でその意見には賛成できない。

まず第一に、あの学年で生理学上、本当に周りが見えるか?という事。
夢中になってまっすぐしか見えてないのではないか、としか思えない。
そして、チンチンになって何にも見えずにボールを追っかけているのが
楽しくて仕方ないのでは?と思ってしまう。

実は、だんごになってしまう事は、必ずしも悪い事ばかりではない
当たりに強くなるし、だんご状態から抜け出す方法、技術も
知らず知らず身につく。
それに、必ず一人や二人、離れたところにいてチャンスをうかがって
声を出したり、手を挙げたりして、パスを要求する子が、教えなくても出てくる。

自分なりに考えて、知恵がついてきている。
こうしなさい、と言わなくてもできるようになっていく子供たちは想像以上に逞しい。

勿論、言って教えてあげる方が効率的だろう。
しかし、指示通り実行していくサッカーなんて
たとえ強くても楽しいだろうか?

子供たちが視野を確保できるようになるのは
もう少し試合慣れして、余裕持てるようになってからでいいのではないか。

彼らを見てて思うのは、敵も味方も見えず、
ボールしか見えてないくらい
チンチンになってるのは、とても幸せそうで、羨ましいという事。

練習終了時、いつも聞く事がある
「疲れた人?」
「楽しかった人?」
火照った顔と、満足そうな顔が頷く。

この時の、子供たちの幸せそうな顔を知ってしまうと
止められませんねえ
子供たちとのサッカータイム。
やっぱり、我らおじさんたちは、子供たちに遊んでもらってる?




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