「お前の名前は父ちゃんの名前から取ったのさ。祖父ちゃんが付けたんだ」
祖母がそう言って、俺の両頬を両手で挟んだ。五歳の時だ。
「祖父ちゃんは働き者だった。軍服がよう似合っていたよ。戦争に行ったさ。お前の父ちゃんの『岩太郎』が生まれて直ぐだ。戦争から無事戻って来ても戦争の話は何にもしなかった。こちらもなんにも聞かなかったよ。時々、夜中にうなされている祖父ちゃんを見ていると、うんと恐ろしいことを経験して来たんだろうと思ったからね」
そして祖母は、祖父の脛を掠めた弾痕の話を付け加えた。
「お前の父ちゃんがお前の母ちゃんと結婚した時には、祖父ちゃんは大分体が弱っていたんだ。その頃生まれたお前の名前を付ける時に、あれこれ考えを巡らすことも出来なかったのかもしれない。『岩太郎』の子だから『イワタロコ』って名付けてから、カタカナ名はこれからの時代にマッチしているって誇らし気に言ったよ」
祖母はそこまで話してから俺の顔をじっと見た。
「イワタロコ、お前は自分の名前を気に入っているかい」
俺は子供心にも良いことを言わないと、祖母が何と思うか心配になった。
「うん」
後は何も言わないで頬を緩めた。それを見届けると祖母は仏壇に向かった。
なにを祈ったかは知らない。長い時間、家で一番良い座布団に座って手を合わせていた。
俺は、胸を張った祖父の写真を眺めていた。黒い着物の写真の角に、『吉朗次』って名前が書いてあった。
著書「夢幻」収録済みの「イワタロコ」シリーズです。
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