小倉山やま峰の紅葉葉心あらば今まひとたびのみゆき待たなむ
小倉山の峰を美しくいろどっている紅葉よ、もし、おまえに物のあわれを解する心があるのなら、いまそんなに散り急がずに、もう一度天皇がここにいらっしゃるときまで待ってて欲しいなぁ。
貞信公(880~949)
藤原忠平。関白藤原基経の四男で、兄の時平・仲平とともに「三平」とよばれた。醍醐天皇に仕え、摂政・関白を長く勤め藤原氏が栄華の元を作る。
朝政を司り、延喜の治と呼ばれる政治改革を行う。
極めて聡明で、穏健寛大な人物であったとの記録が残っている。
兄・時平と敵対した菅原道真とは親交があったとされる。
平将門が忠平の家人として仕えた時期があった。
小倉山の峰を美しくいろどっている紅葉よ、もし、おまえに物のあわれを解する心があるのなら、いまそんなに散り急がずに、もう一度天皇がここにいらっしゃるときまで待ってて欲しいなぁ。
貞信公(880~949)
藤原忠平。関白藤原基経の四男で、兄の時平・仲平とともに「三平」とよばれた。醍醐天皇に仕え、摂政・関白を長く勤め藤原氏が栄華の元を作る。
朝政を司り、延喜の治と呼ばれる政治改革を行う。
極めて聡明で、穏健寛大な人物であったとの記録が残っている。
兄・時平と敵対した菅原道真とは親交があったとされる。
平将門が忠平の家人として仕えた時期があった。