オーロラ特急    ノスタルジック旅日記 

旅好き、歴史好き、鉄道好き、クルマ好き、カメラ好きの団塊ボーイが社会科見学的な旅を続けます。

九州・古城の旅 島原の乱の原因をつくった松倉氏の島原城

2016年09月12日 | 九州

熊本港フェリーターミナル。天気は雨、予定通り島原に渡るか、あるいは熊本で天気を見つつぶらぶらするか悩みましたが、雨が多少小降りになってきたので、フェリーに乗船することを決断しました。

私はオートバイあるいは車無しでフェリーの旅をしたことは何度もありますが、四輪でフェリーに乗船するのはあまり経験がない。青函フェリーを1往復あるのみです。

阿蘇山?

10分後に出航した熊本フェリーの高速船。まさか途中で抜かれるとは思っていなかった。

島原港から来た九商フェリーの船。私が乗った船と同タイプです。


雲仙岳。雲仙岳は妙見岳、普賢岳、国見岳の三峰に五岳を含めた山体の総称です。妙見岳は1333m、1991年6月に大火砕流が発生した普賢岳は1359m、国見岳1347m、平成新山は1483mです。

宇宙ツツジ。女性宇宙飛行士の向井千秋さんと一緒に宇宙旅行をしたツツジの種子から育ったツツジの木です。群馬県館林市から寄贈されました。

島原城天守


御馬見所


天守入口

島原の乱で一揆勢は最初に島原城に押し寄せましたが、攻撃を断念し、原城址に向かい原城址で籠城することになりました。

原城攻防戦の模型




島原城普請図。島原の領主となった松倉重政は島原城を築城しました。城普請の動員と重税で苦しんだ農民はついに一揆に立ち上がり、一揆の農民と禁教となったキリシタンが合体して島原の乱が起こりました。

島原藩の大砲

天守模型

島原大変は1792年の雲仙岳の噴火、眉山の山体崩壊、対岸の肥後国への大津波の一連の大災害です。



天守から見た島原市街

島原鉄道・島原外港駅。島原鉄道・諫早駅は2015年1月に行きましたが電車には乗れませんでした。今回も島原鉄道に乗る時間がありません。鉄道ファンと城ファンの両立はけっこう難しい。

天守最上階


民具資料館

西望記念館

蓮堀

北村西望の像。西望は長崎平和祈念像をつくった彫刻家です。




天草四郎像


西望記念館

加藤清正像

平和祈念像の縮小模型


北村西望


民具資料館




資料館内部

島原城の諫早門門扉

シャープの書院。これは懐かしい。仕事用として愛用しました。ワープロはいまや資料として展示されるのです。

古野梅苑

松倉重政の祭祀祠





観光復興記念館

西の櫓


西の櫓と石垣



雨脚が強くなりましたが、いそぎ原城址を目指します。









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