Kahilil Gibran 預言者/Julia

2011-06-30 17:21:53 | Weblog

                                 1923年    

 

地震以来、床に置いてあったダンボールを棚に戻そうとして、中を見てみると文法の本やノートなどに混じって「カリール・ジブラン」の本がありました。懐かしい!
 もう30数年前でしょうか、ある学校で教師が私に貸してくれたのですが、暫くしてその人が顔を見せなくなり、そのまま私が持っていた、というわけなのですが。(ある大学の基金で運営されている、外国人学生のための会話教室。教師は全員ボランティアで、中年女性、リタイアした男性、大学生など。教師によってビギナー・クラスからアドバンスクラスまであり、5,6人がテーブルを囲んで教師のリードに従いテーマにそった会話、ディスカッションを進める)

 私がした質問がきっかけだったのですが、「先日、子供はあなたのものではない、、という詩を雑誌で見たが、知っていますか?」と聞いたところ「ああ、それはアメリカでは非常に有名な~」と説明があり、次の回に持って来てくれたのです。
 その雑誌が何だったのか、、あやふやな記憶ですが、ローリング・ストーン誌のボブ・ディランのインタビューだったように思うのですが、、。いずれにしてもこれがきっかけでカリール・ジブランを知ったのですが、日本では未だにあまり知られていないようですね。

 そう、ジョン・レノンは"Julia" で、この人の詩を引用していますよ。

   Half of what I say is meaningless,but I say it just to reach  you Julia 


  Half of what I say is meaningless,but I say it so that the other half 
                  may reach you               

                

                On Children                By Kahlil Gibran

            Your children are not your children.
            They are the sons and daughters of life's longing for itself
            They come through you but not from you,
            And though they are with you yetthey belong not to you.

            You may give them your love but not your thoughts,
            For they have their own thoughts.
            You may house their bodies but not their souls,
            For their souls dwell in the house of tomorrow,
            which you cannot visit,not even in your dreams.
            but seek not tomake them like you.
            For life goes not backward nor tarries with yeaterday.
   以下省略
                                                                            
         あなたの子供は、あなたの子供ではない
         彼らは生命そのものが望んだ息子と娘である
         彼らはあなたを通って生まれてくるが、あなたから生まれてくるのではない
         あなたと共にいるけれど、あなたのものではない

         あなたは彼らに愛を与えなさい、しかし考えを与えてはならない
         彼らには自分の考えがあるのだから
         彼らの身体を住まわせてあげなさい、しかし魂を住まわせてはいけない
         彼らの魂は明日の家に住み、
         あなたは夢の中でさえ訪れることが出来ないのだから
         あなたが彼らのようになろうと努力しても良いが、
         彼らにあなたのようになることを求めてはいけない
         生命は過去に遡ることなく、昨日に留まることさえないのだから 

                 カリール・ジブラン 1883~1931 レバノン生まれ アメリカ詩人

      


PETER FALK / ベルリン・天使の詩

2011-06-28 17:25:11 | Weblog

      

 「ピーター・フォークが亡くなった」のニュースが。
ロスアンジェルスの街並みなど懐かしくて、テレビでは時折コロンボ・シリーズをBSで見ていましたが、。
 1977年頃でしょうか、L.Aの市内からハイウェイに乗るため、ゆっくりと右折しようと先を見ると、ほぼ正面の車線の車が同じ道に行こうとしていたのです。「お先にどうぞ」と手で合図すると、その車はこちらに左手で会釈して(こちらもにっこりと、軽く手を振りました)進んだのですが、運転していたのはピーター・フォークだったのでした。軽く微笑みながらこちらを見た表情を今でも覚えています。気さくな人だな、という印象でした。
 
 確かL.Aにいた時、テレビで見たと思うのですが「コロンボ」で、レコードをアリバイに使ったストーリーの、、、(思い出せないので検索してみるとありました!)「殺しの序曲」ですね。これは面白かった記憶があるのですが、シリーズの中でも評判が良かったようですね。

                   

 P.フォークの出演している映画は殆ど見た記憶が無いのですが、「ベルリン・天使の詩」は見ました。本人の役で出ていましたが、好きな映画の一つです。
 
 「撮影のためにベルリンに来たP.フォーク。彼は大人には見えないはずの天使が見えるらしい(気配を感じる)。彼もかつては天使だった、、」
 
 天使から見たモノクロの人間世界と、人間が見ているカラーの世界、の使い分けが効果的です。

 

        


10万年後の安全 / 猿の惑星

2011-06-25 18:27:32 | Weblog

                   2009年フィンランド映画  

 週刊誌にこの映画の紹介が出ていたので関連サイト、公式サイトを見ると、、

 「フィンランドのオルキルオト島で、500メートル地中に{オンカロ}(フィンランド語で隠れた場所の意味)、と呼ばれる、世界初の、高レベル放射性廃棄物を格納する永久地層処分場の建設を開始した。

 地震や火山の無いフィンランドでは、地上や海底に処分施設を作るよりも、18億年前の地層に横たわる地下の頑強な岩盤を削って、巨大な貯蔵施設を造るのが最も安全だという結論に。2020年完成予定。
 
 計画では、施設に100年分の廃棄物を貯蔵し、入り口を完全に封鎖する。放射性廃棄物が無害になる10万年先まで二度と空けられることはない」 
 
 「オンカロの建設現場で働く人々と、10万年後の地球の変化を想定する専門家の話を通じ、
 10万年後の子孫に、放射能廃棄物について語るドキュメンタリー」

                     

 10万年後には無害になるそうですが(ホントに?それ以上に、施設の劣化などは?)それにしても、、。
現世人類が世界各地にあらわれたのが、2万~1万年前(日本では縄文、弥生)と言いますから、10万年というのは想像を絶しています。
 非常に不気味、というか、恐ろしさを感じてしまうのですが、。
 この映画の公式サイトを見ているうちに「猿の惑星」を思い出しました。

 「ロケットで飛び立って、ある惑星に不時着すると、そこは猿が支配していた。猿から逃れ、禁断の地と言われる場所で見たのは、、自由の女神像だった。地球の人類は、愚かな人間たちによる核戦争で殆ど滅亡したのだ。彼らは2千年後の地球に帰っていたのだった、、」
 
 実際にあり得そうな?(猿が支配する、、はともかく)楽しめた映画でしたが、10万年後を考えると、これ以上の想定外がいくらでもありそうな気が、、、、、。

         


Eddie Bauer/Father and Son

2011-06-22 17:46:53 | Weblog

         

R からTシャツとポロシャツが送られてきました。  THANKS A MILLION !!

相変わらず元気にやっているようですが、スカイプで話したのはもう2ヶ月ほど前かな?PCを見ていたら、たまたま休みだったようでコールしてきたのでした。それ以来、顔を見ていませんが、仕事が忙しいようで、まあ仕方ないですね。

 キャット・スティーブンスの作った「父と子」(1971年)と言う歌があるのですが、実はこれロッド・スチュアートの歌で思い出したのです。YouTubeで、R.スチュアートの他の歌を捜しているときにこのタイトルを見つけ、見てみたらなかなか良いのでipodに入れたのです。C・スティーブンスはツルゲーネフの「父と子」からこの歌を作ったようですね。
 私はこの歌を聴くと、若い頃、(私の)父が私に、このような意味のことを言っていたよなあ、、と少々感慨深いものがあるのです。

              

 「お前はまだ若いし、欠点もある。知らなければならないことも沢山ある。
もし望むなら、女の子を見つけ結婚も出きる。私を見てみろ。年はとったが幸せだ。

私も今のお前のような時期があった。物事が変わっていくと分かっているのに
じっとしているのが簡単ではない、と分かっている。
時間をかけて考えなさい、お前が今までに得てきたあらゆることを。
お前は明日もここにいるかも知れないが、お前の夢は消えているかも知れないんだよ」

     It's not a time to make a change,just relax and take it easy
     You're still young that's your fault
     there's so much you have to know
     Find a girl, settle down,if you want to,you can marry
     
     Look at me,I am old,but I'm happy
     I was once like you are now,and I know that it's not easy
     to be calm,when you've found something going on
     But take your time, think a lot,
     why think of everything you've
got
     For you will still be here tomorrow,but your dreams may not


JASPER JOHNS/ Free as a Bird

2011-06-21 18:11:50 | Weblog

              

 DVDレコーダーを買ったので、セットするためTV台を動かして、壁際を掃除。思ったほど埃はなかったのですが、ケーブルは埃を被っていましたねえ。この時代になっても接続線は減らないようですね。ともかく濡れタオルで一本一本拭いてさっぱりしました。ついでに、出てきたVHSの何本かも処分。おっと「ジャスパー・ジョーンズ展」の入場券も見つけました。懐かしいです!
 1997年ですねえ。東京都現代美術館なのですが、初めて行く場所だったので、(車で右折するのに)ちょっと迷った記憶があります。R,Tを連れて行ったのですが、彼らは中学生くらいだったかな?まあ、これなら彼らにも楽しめるかな、と思ったのですが、、覚えているかなあ、。

                     

 当時、車の中でよく聞いていたのが、Free as a bird,Real Love でした(1995,96年の発売)。ジョンの未発表曲が「「ビートルズ」として出たのですから嬉しかったですねえ。ジョージのスライド・ギターが良いです!

 *ジョンがデモを作ったのは1977年。ビートルズとして完成させたのは1995年。
   (デモテープからノイズなどを除く作業が大変だったようですね)
 
1995年の12月31日にテレビ朝日で「ビートルズ・アンソロジー」という番組を6時から11時まで!放映したのですよね。確かその時に初めてこの曲のPVを見たと思うのですが、今でも好きなPVの一つなのです(大晦日の夜は、通常テレビはあまりちゃんとは見ないのですが、この夜だけはビデオを録りながら、犬の散歩とお風呂以外はずっと見ていた一晩でしたね)。

                   

                                         Free as a bird
                                         It's the next things to be
                                         Free as a bird

                                         Home,home and dry
                                         Like a homing bird I'll fly
                                         As a bird on wings


Borg,Connors,McEnroe /ゾーン体験

2011-06-18 13:33:30 | Weblog

          

 クリス・エバートとナブロチロワの番組をBSで偶然見ました。新聞の番組欄には内容が載っていなかったのでノー・マークでしたが、ちょうど番組が始まったところでしたね!二人が現役時代からお互いを認め合ってる、というのは知っていましたが、引退後はさらに友情も深まって良き友人なのですねえ。二人の当時のプレーなど見ていると、自分が始めて買ったヘッドのアルミ・ラケット、次に買ったスノウワートのウッドなど思い出していました(ミッドからラージへと買い変えてきましたが、ウイルソン・プロスタッフ・ミッドが一番好きでしたね。初めて買ったテニス・シューズは白で柔らかい皮の、アーサー・アッシュ・モデル。これも好きでした)。    
          

 アメリカにいる時、休日にはテニスをやろうということになり(公営のコートが至る所にあり、無料、予約の必要もなし)、当時売り出していたヘッドのアルミを買ったのでした(確か50ドルくらい?)。
 ちょうどウッドからメタル素材へ、ヘッドサイズも大きくなりつつある転換期でしたね。ボーグの台頭もあってトップスピンが注目を集め始めた頃で、TVではヴィック・ブレーデンが毎週レッスンを放送していました。それを参考にしながらたちまちのめり込んで、週末はテニス漬けでした。

             

 ボーグ、コナーズ、ヴィラス、少し後にマッケンロー、と顔ぶれも良い時代でした。当時は練習の仕方もよく分からず、ひたすらガンガン打ちまくっていたのですが、今思うと非効率的でしたね。フォームのチェックポイントもよく分からずやっていたので調子の波も激しく、お陰でバックハンドは暫くの間苦手でした(フォームのポイントを知ってからは安定したので、かなり回り道をしていたのでした)。                    

        

 そんな、テニスに夢中になっている頃のある日、いつものコートがどこも塞がっていたので、あまりきれいではないが、まあ、できる所でプレイした時の事です。間もなく日が暮れそうな時間でした。最後にラリーを少しして、、と打っている内に、いわゆる「無」の状態になったのです。フォアもバックハンドもビシバシ的確に返して、永遠に続けられるのでは、と思うようなストロークをしていたのです。いつもなら良いボールを打ち返せば、「良し!」とか何らか、心の中で思うのでしょうが、このときはただ淡々と、、それこそ「無」の境地で打っていて、同時に自分のフォームもしっかり分かっていたのです(1球1球全て、ではありませんが。今でもその時の膝の折れ具合、バックスイングの時の腕の形などはっきり覚えているのです)
 間もなくボールが見えにくくなって終了したのですが、終えてからも暫くは殆ど口を開かず、心も静かな状態でいました。
 こんな経験は後にも先にもこれ一度ですが、後年「ゾーン」(ピーク・パフォーマンス)という言葉を聞いたときに「あ、あれだ!」と思い出したのでした。
 もう一度あの感覚を体験できたら、と思うのですが、、。 

      


仏と自然/プラネット・ウォーカー

2011-06-15 06:58:47 | Weblog

       

立松和平の「仏と自然」。仏陀、菩薩、道元、芭蕉、日蓮、などについてのエッセイ集。
 その中に以前から何回か聞いて、数字を忘れていた話が載っていました。
 
 「因縁」
 誰にも父と母という二人の親がいて、その両親にも親がいて、二代目の祖父母は四人になる。その前の曾祖父母は八人になり、こうやって祖先をたどっていくと、、十代前で1024人。
 28代前までたどると、何と2億6千843万5456人。

 25歳で子供を産むとして、その25年を一代と数えると、700年である。700年前の2億6千843万5456人の親の縁から「私」は生まれているのである。

 これは700年後には「私」は2億6千843万5456人の親になる、ということだ。

 生命誕生の瞬間から考えると、「私」がここに存在するのは奇蹟の中の奇蹟。幾つ奇蹟を重ねても言い切れないほど、得がたいことなのである。

  これを我が事として考えると、、壮大な話ですよね。これだけの先祖があってこその今、という訳ですからねえ、、、。
 四国遍路の話も出てきました。なるほど、遍路というのは彼岸への道なのですね。服装も死装束である、と。八十八ヶ寺の裏庭に行くと、いくつも遍路墓がある、そうです。
 そんな話を読むうち、一昨年読んだ「プラネット・ウォーカー」を思い出しました。

   

 「環境問題に目覚め、車を捨て、米大陸を徒歩で横断しながら(いぶかる周囲と言い争いをしないために口を閉ざし)、つまり、無言を通して、途中大学に入り、博士号まで取得し国連大使にまでなった17年の旅路」
 バックパックでバンジョー片手に、ジェスチャーと筆談だけでのコミュニケーションの17年間は想像を超えていますね。そんな彼を受け入れる大学もアメリカならでは、と思います。
 そう、3月の地震で家まで歩いている時、彼の本を思い出していました。
 


The Sun /ビートルズの子供たち

2011-06-13 16:58:20 | Weblog

                    

 R からメールが来ました(休憩時間かな?)。英国紙、The sunのアドレスが添付されています。ナンだろう?開いてみたら、、、携帯よりPCで見た方が良さそうです、、。
 6月11日付けのThe Sun に"Beatle boys are so like their fathers" というタイトルで、まずジョージと息子の写真が大きく載っていました!そっくりですねえ。他の3人も同様に紹介されていましたが、もう皆いい大人なんですよね。まあ、当然と言えば当然なのですが、、。
 彼らの子供たちの「今」に思いをはせた事はあまりなかったので(何となく知ってはいましたが、、)、何だか新鮮な気分で見た記事でした。
 ザ・サンの写真はコピー出来ないので他のサイトで捜してみると、、。

              HERE COMES THE SON

               
      Dahni ミュージシャン、32歳 ジョージの最後のアルバム、Brainwashedをジェフ・リンと共に編集し直し、完成させた。

                                     Julian 48歳、           Sean 36歳
        ジュリアンは「バロッテ」がヒットして、グラミーにもノミネートされていましたね。

                                                                             
                     Zak 45歳
 ザックはフーのキース・ムーンにドラムを教わったそうですが、実力も確かなようでフー、オアシス、ポール・ウェラーなどで叩いています(日本にもフーの二人と来ましたね)。

               
                James 33歳                次女Stella
  ジェームスは父のソロアルバムの幾つかにギター、ドラムで参加(知りませんでした!)。
 ステラはファッションデザイナーとして活躍していますね。クロエのチーフ・デザイナーを経てアディダスのスポーツ・ウェアーラインのデザイナー、などで知られています。

                     P.S.WE LOVE YOU
                                                                                                           


As Time Goes By/ボギー俺も男だ

2011-06-11 16:24:25 | Weblog

      
                                                        Here's looking at you,kid.

  そろそろ地デジ用にDVDレコーダーを買う時期なので先々週、先週と、家電売り場で情報集め。画質にこだわる気はないので(現在使用中のHDDで充分だと、今の所は思っているのです)、ブルーレイも3Dもいらないのですが、2番組同時録画など条件を考えると、そういう機種はないのですねえ。
 昨夜、T が仙台みやげに(出張だったそうです)持ってきたかまぼこをツマミに飲みながら、幾つかのカタログを見てこれかな?と候補を決めて、本日売り場へ。改めてこちらの条件を話すと、何と長年使ってきたメーカーの機種でも良さそう。予算も数千円高い程度だったので、決めました!在庫が無い、ということで次の週末に来ます。(ブルーレイを買って良かった、ということになれば良いのですが、、)
  今使用中のレコーダーもTVもまだまだ元気なのですが、仕方ないですね。
 時の流れを感じるなあ、と思ったら、カサブランカ"as time goes by"が浮かんできました。
これも好きな映画の一つですが、舞台はカサブランカでも撮影はハリウッドだそうですね。
 「カサブランカ」(1942年)はセリフも良いので、英語の字幕が出るVHSを買ったのですが、いつのまにかDVDで字幕の言語を選べるようになっていましたねえ。

               「昨日はどこにいたの?」
               男「そんな昔のことは覚えてない」
               女「今夜は会える?」
               男「そんな先のことは分からない」 

  そうそう、ウディー・アレンの「ボギー俺も男だ」もありましたね。それ以前の彼の映画はあまり、、、でしたが、この映画は楽しめました。

                   

 「原題は"Play it again SAM" 1968年のウディー・アレン、ダイアン・キートン主演の舞台劇を映画化したもので1972年製作。
ボギーに憧れるダメ男が、幽霊のボギーにアドバイスを受けて男らしく変身しようとするが、、、という、ファンタジック・コメディー」
 数十年前に一度見ただけなので、全くと言ってよいほど覚えてないのですが、TVでは放映したのかな?

                                       Play it once,Sam,for time's sake.


             You must remember this
                                     A kiss is still a kiss
                                     A sigh is just a sigh
                                     The fundamental things apply
                                    As time goes by


Eric Clapton/Steve Winwood

2011-06-09 18:30:42 | Weblog

               

新聞に、E.クラプトンとスティーブ・ウィンウッドが11月、12月に共演の広告が載ってますね。S・ウインウッドは見たことがないので行きたいですねえ。彼の歌声を初めて聞いたのは40年以上前でしょうか?当時ラジオでF.E.N(現在はA.F.N)を聞いていると、ビートルズは当然ですが、スペンサー・デイビス・グループもよくかかっていたのです。"Gimmie some lovin"とか”I'm a man"は特に印象的で「ぐんぐん来るなあ」と気に入ってグループ名も自然に覚えたのです。暫く後にアルバムを買ったのですが、そこでスティーブの名前を知ったし、彼こそがこのグループの「核」なんだ、と知ったのですが、それより年齢が10代だったのには驚きでしたね(16歳で参加。19歳で脱退)。あのソウルフルな声が10代とは、、!

        

 その後、トラフィック、ブラインド・フェイスを経て、ソロへ。"While you see a chance"がヒットしましたね。ちょうどその頃ラジカセを買ったのです(9cm+19cm)。これはFMの周波数が76~108MHZで、アメリカの放送局を聞ける、という物でした(日本は76~90MHZ)。仕事でアメリカへ行く時に、カセットにそのアルバムを入れて機内で聞いたのを覚えています。 (アメリカで、FM放送をテープに録ったのですが、残念ながらあまり良い音ではとれませんでした、、)   
                               
                           
 "Presence of the lord" はエリック・クラプトンが初めて一人で書いた歌詞、のようですが、彼がクリスチャンだ、ということを思わせる内容ですね。
YouTubeで2人のライブを見ると、いい感じですねえ。やはりこの曲をじっくりと聴いてみたい
です。
           「やっと生きていく道を見つけた、神の御許で、、」

                                   

                                         I have finally found a way to live,
                                          Just like I never could before.
                                          I know that I don't have much to give
                                        
 But I can open any door.                                                    
                                         
                       Everybody knows the secret,
                                          Everybody knows the score.

                                          I have finally found a way to live
                                          I
the presence of the Lord.

 


Irwin Shaw/Radio Days

2011-06-06 17:10:37 | Weblog

            

電車の中刷広告を見ると、雑誌はもう7月号なんですねえ。特集は各誌「夏旬の~」「シャツ~」そして「夏の服~」とあります。ここでアーウィン・ショウの「夏服を着た女たち」が頭に浮かびました。これを読んだのは何時ごろだったか、、。帰宅して本を開いてみると、1979年11月に買っています。発行は同年の5月ですね。この本をきっかけに、アーウィン・ショウの翻訳されたのは殆ど読んだ、と思います。何か都会的、というか洒落ているなあ、と感じたのですね。訳し方も良かったのかな?
 L.Aで、サンクス・ギヴィング・デイの日、ある先生(ミセスG)のお宅に招待されたことがあります。1F,2Fの各部屋を案内されて「テレビで見たアメリカの家庭の風景だなあ」と思ったのでした。サンクス・ギビングデイは家族、親戚の集まる、日本で言えばお盆や正月のような日なのですが、その日は私を含め5名ほどの留学生が招かれていました。恒例のターキーがふるまわれましたが、肉の中に野菜、小麦、米やらをつめたスタッフィング(詰め物)は美味しかったですね。末っ子の17歳の娘さんが何かと気を使ってくれたので(ホステス役ですね)あまり退屈することもなく過ごせたのでしたが、アーウイン・ショウの小説に出て来る人たちは、こういう感じの生活をしているのかな、と思ったものでした。ごく一般的なアメリカン・ファミリーの祭日を体験できたのは貴重な思い出です。
 
訳者あとがきより。
 「夏服の女たち」は最も良き時代のニューヨークである。ショウの短編はその素晴らしいニューヨークへの招待である」
 ジョン・チーバーは自著の短編集の序文で、当時のニュー・ヨークをこう書いている。
「遠い昔ニューヨークの街はまだ川明かりがあたり、街角の文房具屋のラジオからはベニー・グッドマンの音楽がながれてきたし、誰もが帽子を被っていた」

                                                             Westwood BookStore で 
                       $5.95 でした    

久しぶりに本を読み返していたら、ウディー・アレンの「ラジオ・デイズ」(1987)を思い出しました。これはロードショーで見たのかな?(空いてました) 「夏服を~」は1930年代。ラジオ・デイズは1940年代、前半でしようか。

                       

 「第二次世界大戦開戦直後のニューヨーク。ユダヤ系移民の大家族が、ラジオから流れる名曲の数々(トミー・ドーシー、グレン・ミラーなど)と、当時の文化・市民生活を通じ、その時代の空気を表現している。ラジオが一家団欒の中心であった頃の、古き良きアメリカの郷愁を描いている」と紹介されていますね。
 
「子供の頃のマンハッタンをある程度は表現できた映画だ。子供時代の僕が戦争関連の展示へ連れていってもらうが、あれは僕の子供時代の思い出だよ」
「小さい頃に連れていってもらった場所のうちいくつかは、はっきり覚えている。その一つがラジオ・シティー・ミュージック・ホールで、ただ圧倒された記憶がある」 ウディ・アレン


           


Holy Mother /Save the Earth

2011-06-03 17:10:03 | Weblog

                

養老孟司 週刊文春 4/7

福島原発「津波のせいで予備の発電機が動かなくなった。何でそんなバカな事が。ほとんどブラックジョークですよ。海辺にあるのだから、なぜ水をかぶっても大丈夫な発電機にしておかなかったのか。あるいは燃料タンクが流れないようにしておかなかったのか。いまだに理解できない。それだけの手は打っている、と思っていた」

「仏教は”縁起”、つまり一切のものは網の目のように繋がって成立している、という思想。  我々は環境の一部である。あるいは環境は我々である、という考え方は、近代西洋の文明観とは相容れないものだった。だからいつの間にかそれを忘れてしまっていた」

内田 樹 サンデー毎日 4/24

「日本人は、正しいか間違っているか、イエスかノーか、で問題をを論じることに慣れて、常識的な現実感覚を失ってしまった。原発事故を生み出したのは、この幼児的な”善悪二言論”のマインドだと思います」

「どのような組織にもとっさの判断が出来る人、危機体制に強い人を適所に配備しておくことが必要。でも現代日本のシステムはそのようなリスクヘッジへの配慮を怠ってきた。
 逆に、決断しない人間・上から指示があるまで何もしない人間・他の人と違うものの見方をしない人間、だけを育成し、そのような秀才たちだけでシステムの中枢を埋め尽くした」

                     

  椎名 誠 週刊文春 5/5

「福島原発が核の汚染水を海に流した、というニュースに驚いた。分からないのは、それを報道するNHKなどの最も影響力あるメディアが、”低濃度の汚染”など、いかにも”どうということのない表現”をすることだった」

「浅くて限りある海に放射能汚染された水をいとも簡単に流してしまう国、というのは文明国なのだろうか、と考えてしまう。
 海から蒸発する水蒸気によって、大地は水分を回収し、それを人間が飲む。汚染は海の生き物を食物連鎖によって確実に有害化させていく」

「数式だけいじくりまわしている科学者の一群と、その人たちの言っている事を正確に理解する能力のない為政者と、金儲けだけを目的とした企業に、私たちもやっぱり無知識なために、”核”というどえらく危険なものをそっくり渡してしまった、という悔恨が残る。
 地球の破滅はSFではなく、福島からもう現実化しているのでなければよいが」

                                       

                                                          

Holy mother where are you?           聖母よ、どこにいらっしゃいますか
Tonight I feel broken in two            今宵、心が二つに引き裂かれる思いです
I've seen the stars fall from the sky     空から星が幾つも落ちるのを見ました
Holy mother,can't keep from crying      聖母よ、涙が止まりません

 I need your help this time            あなたの助けが今必要です
Get mr through this lonely night        この孤独な夜を乗り切らせてください
Tell me please which way to turn       どうか教えてください どうすれば
To find myself again                    自分自身をもう一度見いだせるのでしょう
                                                     Eric Clapton