
ラジオで、觀世流「葵上」の再放送を聴く。
賀茂祭で葵上の一行に辱められた六條御息所が、夜な夜な生靈となって葵上を苦しめる、光源氏の愛を失った誇り高き熟女の悲哀。
能樂の普及企画などでよく採り上げられる曲ではあり、私もたひたび觀てゐるが、十二年前に都内の文化ホールで催された演能會でこの曲を觀た翌日、あの東日本大震災に遭った。
その後、國立能樂堂の勤勞者慰勞企画のなかでこの曲を觀た時には──私はべつに勤勞者ではないが──、終演直後に正面席でなにやら叫(わめ)き散らす蛮人が現れ、觀劇の余韻をいっぺんに毀された。
演能中に居眠りをしてゐたら、隣席のお客に肘で突かれたことに腹を立てたのが理由らしいと後日仄聞し、本當に恐ろしいのは目に見えない生靈以上に、ああした目に見える低俗な狂氣のはうかもしれないと、私はただただ呆れたものだ。