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迦陵頻伽──ことだまのこゑ

手猿樂師•嵐悳江が見た浮世を気ままに語る。

偲姿―おもかげ―7

2012-06-11 23:28:15 | 戯作
二十五歳―

世の中の女性のタレント志望が、そろそろ焦りだす年齢でもあります。

あと五年で三十代、もう“若い”と言える年齢ではなくなってくるわけですよ、あのギョーカイでは。


十代後半から二十代前半が、タレントとして最も光り輝く時期―なんて考えるタイプのコは特に、

「何とかして結果を出さなきゃ…!」

といった傾向が顕著で。

それでいろいろなことやって、結局は失敗に終わるんです。

そのまま潔く廃業する人もいれば、要するに“潰しがきかない”というやつで、一生エキストラに甘んじることに決める人の、二通りがありました。


わたしだって、それは悩みましたよ。

自分はこんなじゃない!と思っていましたから。

十九歳の時にドサ廻りに引っ張り込まれて、約一ヶ月ヒドイ目に遭わされて、心底懲りて、それでやり直そうと東京へ戻って来たとはいえ、 以前と全く変わらない状況が五年も続けば、さすがに考えますよ。

ですから、何としてでも打開策を講じなきゃ、と遅まきながら思うようになって、その一つの方法として、「映像俳優ワークショップ」に、初めて参加してみることにしたんです。

はい、女優を志して五年目も経ってから。

その前にも何度か考えたことはありましたけど、参加したことがあると言う同じ事務所のタレントから、「当たりハズレが大きい」と聞いていたので、そんなバクチみたいなことは経済的にもムズイなぁ、と諦めていたんです。


それでも参加をしてみよう、というところに、当時のわたしの心情が読み取れますでしょ?


自分が応募したのは、週一回二ヶ月プログラムのワークショップで、経験の有無は不問、演技に興味ある人なら誰でも、というものでした。

講師は、かつて高視聴率を飛ばしたドラマをいくつも手掛けたとかいう男性監督で、最近は何してんだろう、といった感じの人でしたね。


今にして思えばですけれど、こういう映像俳優系のワークショップの講師というのは、仕事もお金も無い人、つまり売れていないヒマなギョーカイ人が、生活費稼ぎにやるのが大半なんですよ。

巨匠だの名匠だのとか言われている監督が、そんなワークショップやるなんて、聞いたことないでしょ?


参加費がやけに高価(たか)いにも拘わらず、同類の無名タレントたちは、「もしかしたら仕事に繋がるかも…!」なんて、藁をも縋る思いで応募してくる。

ま、そんな形で売れていない者同士、需要と供給が成り立っているわけです。


あの時も、講師のネームバリューで三十人近くの受講者が集まっていました。


で、どんなことをやるかと云うと、講師の監督がかなり昔に撮ったドラマのワンシーンを、その時の脚本をテキストに、それぞれが演じてみせる、ただそれだけです。

講師からのアドバイスなんて、ナシ。

三十人近くを相手に一々そんなことやっていたら、とても二時間と云う所要時間内で収まりませんから。

回を重ねる毎に、これっておかしくないかしら、思うようになりましてね。


みんなだってたぶん、そう思っていたでしょうけど、彼らはとにかく、講師に顔と名前を覚えてもらうことに躍起になっていましたから、そんなこと気にしてはいられなかったのでしょう。


ええ。

みんな自己アピールに懸命でした。

売れたい一心で。

講師のくだらないダジャレに、オーバーリアクションで反応したり。

…ですから、わざと大きくのけ反って、手を打ちながら、大声で「あっはっはっ!」と笑ってみせたり、あと、パシッとわざと大きな音が立つように手で膝を打って爆笑してみせたり、です。

もう、わざとらしいのなんのって…。

でもみんな、一生懸命“演技”してましたよ。

講師に、こちらを向いてほしいから。


現場で演技出来るチャンスが無い分、あんなところで下手くそな演技して。

たまに見学に来るギョーカイ関係者に、ヘコヘコと愛想振りまいて。

そんなレベルの低いところで、お互いに競い合っていました。

一応、“ライバル同士”ですから。


わたしは正直言って、そんな彼らのなかに飛び込んで行くことは出来ませんでした。

単に度胸も勇気もなかったただけのことなのでしょうけれど、なによりも彼らのあの姿に、とても嫌悪感を覚えて…。


あんなに卑屈になって、惨めったらしい、と。


これが「役者志望」と云う、ギョーカイ圏外の底辺にいる人々の現実なのかと、女優を志して五年も経ってから、目の当たりにしたんです。


結局、最後の二回を残して、“欠席”しました。


嫌気がさした、と言うか、気持ちが折れてしまったんですね。



その最後の参加の時、例の磯江寿尚氏が、一人で様子を見学に来ていたわけですよ。


ははは、ここからが話しの本筋です。

ゴメンナサイね、前フリが長くなってしまって。

ま、あとでテキトーに編集しておいて下さい。


最初に彼を見た時、わたし誰だか、思い出せなかったんですよ。

あれ、どっかで見たような…、くらいなもので。


向こうはすぐに気が付いたらしくて、もう次からは来ないぞと心に決めて帰り支度をしている時に、声を掛けてきたんです。

「ずいぶん前に、山梨で会ってるよね…?」

と。

そこで初めてわたしも、「ああ…」と思い出したわけで。


磯江氏はこのワークショップを協賛している映画会社に知り合いがいて、その関係で今日は見学に来た、と言いました。


「今回のメンバーは、レベル的にう~ん…、って感じだなぁ。あなたの前で悪いけど」

誘われて近くの喫茶店へ入って席に着くなり、磯江氏はそう言いました。

「いいえ、構いません」

わたしもそう思いますから。

もちろん、自分も含めて。

三年ぶりに偶然会った磯江寿尚氏は、わたしの環境はあれから何も変わっていない、と聞くと、ちょっと考える素振りを見せてから、こんなことを言いました。

「やっぱりさ、ウチで試しに活動してみない…?」






〈続〉
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