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映画や歌舞伎、音楽などのアブクを残すアクアの日記。のんびりモードで更新中。

新橋演舞場 五月大歌舞伎 夜の部

2008-05-09 23:51:31 | kabuki
通し狂言東海道四谷怪談

「四谷怪談」は怖いお話で、その怖いお話にひそむ有象無象を知りたくてつい瘡蓋をつついてしまうように覗き込んでしまうという恐ろしさのスパイラルが、今日まで愛されて(?)きた所以なのかなぁと思います。
落語や歌舞伎の「四谷怪談」がスタンダードなのかもしれないけれど、私にとって最も印象深いのは京極夏彦の小説『嗤う伊右衛門』で、それまで漠然と抱いていた「四谷怪談」のイメージが壊れ、「どこまでも義理を立て通した武家の夫婦の哀しいお話」へと変わっていきました。蜷川幸雄監督の『嗤う伊右衛門』も原作に忠実に映画化され、さらに視覚的にも美しい伊右衛門とお岩さまを創っていたと思います。

その後、納涼歌舞伎、コクーン歌舞伎で勘三郎さんのお岩さまを拝見しました。
納涼は実はあまりよく分からなかったんですね…。びっくり(どっきり?)はさせられたけど怖くは感じられなかった。怖かったというより、面白かった。。
2006年に見たコクーン歌舞伎の北番はひどく恐ろしくて、ただその怖ろしさは人間が本質的に持つ醜い部分を浮き彫りにする演出によるところが大きかったのかな。当時の記事はコチラ↓ダラダラと長いので、時間のある方はどうぞ~。
コクーン歌舞伎「四谷怪談 北番」その一
コクーン歌舞伎「四谷怪談 北番」その二

そして今回の演舞場の五月大歌舞伎。
率直な感想は、「これが、歌舞伎の四谷怪談なんだなぁ」ってこと。

吉右衛門さんの伊右衛門はとにかくひどい男で、左門を殺すことなんて何とも思ってないし、お岩さまに対する愛情も全く持ち合わせていない。
お岩さま(福助さん)にしても、伊右衛門は不義理な男であると分かっている上で父の敵討ちのためだけに復縁する。そして、妹・お袖(芝雀さん)にも夫の敵討ちのために直助(段四郎さん)と仮の夫婦になるように勧めてしまう。
どっちも、根本的に武家の男と女なんですね。義理を悉く破るどうしようもない男と、武家の義理にがんじがらめになった女。
これは『東海道四谷怪談』が上演された当時にお芝居を見た町人が抱いていた武士に対するイメージなのかなぁ、と思うのです。そして、それを踏まえた上でお芝居は展開したのかなぁ、と。

福助さんのお岩さまは、強いんですよ。どんなに伊右衛門にいたぶられても、武士の女としての姿勢を保っている。
その彼女が泣き崩れる様子はひどく憐れでぞっとするような美しさがありました。
そして髪梳きの後、本当に恐ろしい様相になったお岩さまからは武士の女としての最後の体裁は消え失せて、多くの妄念を背負った哀しい魂が感じられました。
歌六さんの宅悦は人のよい按摩で、伊右衛門浪宅の場では唯一人間味が感じられるほっとするお役でした。
私にとっては、この場が最も恐ろしくてただただ舞台に見入ってしまいました。

伊右衛門役の吉右衛門さんは、ニンに合わないように感じてしまいました。刹那的に流されていく悪の花、というよりどっぷりと悪の色に染まりきった伊右衛門でしたね。
でも、強いお岩さまには吉右衛門さんくらい非道な悪がちょうどいいのかも。

上演時間の関係から仕方が無いんだろうけど、三角屋敷の場がないのはやっぱり残念。芝雀さんのお袖と段四郎さんの直助をもっと見たかった。
芝雀さんのお袖の思わずいじめたくなるような哀れさがよかったんだけどなぁ(笑)。染五郎さんの与茂七も素敵でした。

お芝居の後半は、「戸板返し」や「提灯抜け」の仕掛けが目を惹き、歌舞伎の面白さを堪能。
蛇山庵室の場で、焦燥して狂ったような伊右衛門からは、大きな大きな悪の色が漂っていました。
恐怖というのはなんでこんなに人を魅了するのか、ますます疑問に思いながらもまた『四谷怪談』を見てしまうんだろうな、と演舞場を後にしました。


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5 コメント

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待ってました!歌舞伎!! (玉さん)
2008-05-10 16:58:56
残念ながら今回は拝見できませんが吉右衛門さんの伊右衛門は相当な冷酷非情ぶりと伺っています。それがまずうれしい!

最近はお岩さんなら勘三郎さん、伊右衛門といえば橋之助さんって定番になりつつあるだけに、吉右衛門さんの伊右衛門、福助さんのお岩さんがとても興味深かったのですが、南北の真骨頂ともいうべき「三角屋敷」「地獄宿」が上演されないのが今回パスした一番の理由でした。だって直助(段四郎さん)にとっては最大の活躍の場のはずなのに。

それより福助さんのお岩さんはいかがでした?
歌右衛門襲名の噂も聞こえる福助さんのお岩さん役はぜひ成功してほしいのです。ご本人も会見で言っておられました。
「お岩さんの一番の見せ場は「髪すきの場」ですが、今回は今までに見たことのないような個性的なお岩さんというか、観ている側に「もっともがき苦しめ、もっと」と同情されるどころか、苦しめば苦しむほど観客に快感を呼び起こさせるようなお岩さんを演じたい」と。
本当にそんなお岩さんであってほしいと思っています。南北の真のねらいは、実はそこにあるようにも思えるので、福助さんがどれだけ疎ましいお岩さんを演じられるか、極悪人の伊右衛門がどれだけ観客を味方に引きずりこめるか、とても興味があります。

いつもながら長文でごめんなさい。
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見る前からどきどきです。 (Sa)
2008-05-11 16:35:39
團菊祭で話題の歌舞伎座をよそ目に(ま、行くけどね。笑)、私は(も?)演舞場、とにかく今月は演舞場だってば、なのであります。

女形の個々人の持ち味って面白いもんですよね、福助お岩、楽しみなんです~。絶対どろどろ冷たってなお岩だと思うんですが…そっかあ芝雀さんがお袖なんですね、豪華ですよねえ 女の四谷怪談だわ(えっとお岩さん女性なんですが…)~どきどきの楽しみだわ
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こんばんは。 (アクア)
2008-05-11 23:47:22
玉さん:
「三角屋敷」がないのは本当に残念でした。今の興行形態だと難しいんでしょうねぇ。。
できることなら、初演時のように『忠臣蔵』と併せて見たいとも思っています。これこそ、無理ですよね…。

>同情されるどころか、苦しめば苦しむほど観客に快感を呼び起こさせるようなお岩さんを演じたい
そう聞いて、納得です。
鬱陶しく感じさせられたんですよね、髪梳きの場。Sの人にはたまらないお岩さまだったかもしれません。

Saさん:
>どろどろ冷たっ
さすがSaさん、予想敵中です!
お袖も、芝雀さんの真面目な妹気質がとてもマッチしていて素敵でした
お楽しみに~。
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四谷怪談 (paru)
2008-05-28 12:04:10
コクーンでは最前列で大変怖い観劇でしたよ。
でもまた見たくなってしまいます。
お岩さんが来られた?ような不思議な体験もしましたし・・・
一番怖いのは伊右衛門の「首が飛んでも動いてみせらぁ」という人間の恐ろしさのような気がしています。
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コクーン (アクア)
2008-05-30 22:28:47
paruさんの不思議体験、何だったんでしょうねぇ?やっぱり、お岩さまの仕業(?)だったんでしょうか…。
そうですね、恐ろしいのはいつだって人間の奥底にある深い闇だと思います。

来月のコクーンは夏祭浪花鑑ですね!しかし、私はチケット購入をすっかり忘れ、今年は見られなさそうです
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