あまねのにっきずぶろぐ

1981年生42歳引き篭り独身女物書き
愛と悪 第九十九章からWes(Westley Allan Dodd)の物語へ

受胎の子

2017-04-19 03:32:28 | 物語(小説)
俺はそのとき、まんまるい泡(あぶく)かなにかのような球体だった。
俺の内部には、なにものもない、空っぽで空洞のようだった。
どっちが前で、どっちが後ろで、どっちが上で、どっちが下か、まったくわからなかった。
ぷかぷか浮かんではぽんぽん飛び跳ね、くるくる廻り続けていた。
そうしてずっと、意識のある間じゅう小躍りし続けていた。
俺はそのとき覚った。
どうやら俺は、人類の母親の子宮内壁部に着床した受精卵。
すなわち、俺は今、”受胎”という現象であることを。

これが俺の、最古の記憶、”受胎時の記憶”です。
とにかく何が楽しいのかもわからなかったのですが、身体が妙に軽くてゴムマリのようによく跳ねるので狭い子宮内部で踊るように動き回り続けていたのです。
眠るときは静かにしていたと思うのですが、それでも夢の中では同じように踊り続けていた為、俺はそのうち、いつまでこんなことを続けるのだろうと思いました。
じっとしていたところで解決にはならず、かといって踊り続けていてもなんの解決にもなり得ないことをまたもや覚ったのです。
ですからとにかく”変化”の時を、ひたすら待ち望みました。
しかし俺はこの時を、永遠に経験し続けているようです。
何故なら先ほども言いましたが、俺という現象が受胎という今に存在しているからです。
それで俺が誰にこうしてずっと話しかけ続けているのかというと、それは”あなた(母親)”なのですが、何故あなたは何も応えてくださらないのですか?
まるであなたは、雨がしとしとと降る真夜中に一軒だけ開いていた小汚く狭苦しい宿屋に一人だけ居てる無愛想で無口なおかみの如く、濡れそぼったたった一人の客である俺の注文するあてを黙って持ってきてテーブルに置いてまた去っていくその動作を、ただ目のまえで繰り返し続けているその無関心に傷つき果てる俺は注文以外にもあなたを何度も、何遍も呼んでいるんですよ。聴こえませんか?俺の声。まだ芽吹いてもおらない人でないものと思っていらっしゃるのだと思いますけれども、俺はあなたの宿をやっと見つけて駆け込んで、どうか泊めてくださいと言ったらあなたは黙して頷いてくれた気がしたのです。俺の夢かもしれませんが、真っ暗闇のなかに、一軒の灯りが見えて、その灯りが見えたとき、どんなにほっとしたことか。もうすこし、優しくしていただけませんか?俺はあなたに、優しくしてもらいたいのです。御声をかけていただきたいのです。前も後ろも上も下も解せませんが、それでもあなたをこうして求めていることは確かなのです。とりあえず、栄養を俺に送り続けてくださってどうもありがとうございます。あなたの御陰で俺は生存していられているわけでしょうから、感謝したいと思います。先ほどは、すこしく我儘なことを言いまして申し訳ございませんでした。何分、未熟な存在でありましょうから、許していただけますか。
永遠に、俺の独り言は続きました。
”変化”を望み、”変化”を恐れる俺に、あなたは”永遠なる受胎児”でいることを叶えてくださったのです。








参考文献
胎児は見ている―最新医学が証した神秘の胎内生活
トマス バーニー

P123〈だれもが記憶している出生時の体験〉より