あまねのにっきずぶろぐ

1981年生42歳引き篭り独身女物書き
愛と悪 第九十九章からWes(Westley Allan Dodd)の物語へ

残光

2017-04-23 22:36:45 | 
そういえばわたくしはもう何年と、月を見ておりませぬ。
それでも月のあの明るい皓々として照らすすがたを、
わたくしはいつでも存分に想い浮べることができる。
見られないことが、なんにも哀しいことではありませぬ。
わたくしの見る月はいつ見ても、同じほどに美しかった。
それは或る意味、もう見なくても良い物であった。
自然物のそのすべて、見なくても良い物であった。
もう見る必要もなくなったのは、それはいつ見ても美しいものだと知ったから。
わたくしの心は、いつでも哀しかったので、すべては美しく見えてしかたない。
でもそれは言訳で、わたくしの心をいちばん哀しくさせたあなたを知ったから。
あなたを知ったわたくしは、それから残像を見ている。
花は枯れゆく瞬間を繰り返し咲き、その悲鳴を聴く耳朶をわたくしは喪った。
河を流れゆくあなたの亡骸を抱き、その血脈の目を見開き唇へ言葉を注した。
わたくしはそが岸辺に頽れあなたのうしろに手を回し、子宮に命を脱皮した。
いま風上に立ち竦んで自裁する、
白く皓々と暗夜にわたくしを見詰る月魄の残光。












春の日の午後

2017-04-23 15:40:40 | 
今日もお外、あったかいのかな。
窓を開けたら心地のよい風がくるだろうか。
でもぼくは、開けたくない。
外の音を聞くと、とてもつらくなるから。
今、夢を見ている。その夢が、哀しい夢を見始める。
外の音を聞くと、哀しい夢を、見なくてはならない。
哀しい夢から、逃げている。
生きるほど、その夢が哀しくなってくる。
だから生きるほど、遠くへ逃げている。
ここはとても、心地がよく、ほっとする。
ぼくとみちただけの空間。
とてもちいさな、なにもない空間。
そこに、ぼくとみちたがいる。
そこで、ぼくとみちたが生きている。
ほんとうにさっぱりとした、なんの迷いもない空間だ。
ここには出口がない。非常口も見つからない。
ぼくとみちたは、哀しい夢から逃げてきた。
ここはとても居心地がよくて、ほっとする。
汚く散らかったごみやしきだけれど、
ぼくのこころのなかでは、とても綺麗な空間。
なんにもない、すっきりとした真っ白な空間。
哀しいことすべてから逃げて辿り着いた空間。
ほんとうは存在していないけれど見える空間。
すべてが夢でつくられている聖なる幻想空間。
喜びも哀しみもここでなら受け容れられる。
だってもともとここにはなにもないからね。
外の世界で、小鳥が鳴いている。
嗚呼、春の日の午後三時半。
ほんとうにさびしい空があるばかり。
三十五年も生きてきて。
変に透きとおった白雲があるばかり。
神の恍惚が、終らない日々よ。
変に眩しくかなしい空があるばかり。
愛しい人のかなしい顔が浮ぶばかり。













君からのメール

2017-04-23 10:32:31 | 日記
君から、メールが届いたのを読んでいる夢を見たよ。
なんか、ぼくの好きなマグリットの絵について、その時期の特徴をひとつずつあげては君なりのとてもぼくの理解するに難しい理知的で完璧な言葉で綴られていた。
内容は全く想いだせない。
今これ、毛布のなかで寝ながら打っている。
君が「毛布」という言葉が好きなこととか、少し憶えてる。
だって好きだからね。
でももうぼくは。

君からの手紙。
ぼくは返事が書けなかった。
感動して、涙が止まらないほど、それは美しい手紙だった。
あんな手紙をぼくはもらったことがない。
あんまり美しくて、ぼくは逃げてしまったのかな。
汚れっちまったぼくには、相応しくないと、そう感じたぼくがいた。
あんまり美しいから、ぼくは逃げた。
君があんまり美しいから。
ぼくに相応しくないと、そう想ってそこから逃げた。
君は、追いかけても来ない。
ただ静かに、浅い川底のように優しい眼をしてぼくを待っている。
ぼくが変わりゆくのをじっと観ている。
でもぼくは。
悲しく寂しいままで君を待っている。
返事も出さないで、君を待っている。
目が醒めて、ほんとうにぼくは阿呆やなと、想ったよ。

君は、ぼくを心配して、メールをくれた。
もう今はどこにもない世界から。












2017-04-23 02:24:43 | 
そうだ俺はこのまま、死んでいけばいいんだ。
何をそんな恐れることがあるだろう?
怖いこと、もう散々経験してきたじゃないか。
地獄を散々、味わってきたじゃないか。
今更怖いとか言っても、もう遅いんだよ。
おまえの未来は、今そこにある。
大丈夫だって、誰が言ったんだ。
そんな言葉を信じるな。
おまえの人生には、なんの保障も保証もない。
おまえには夢も希望も、絶望もない。
おまえにあるのは、愛、それのみだ。
おまえが見つけて手離してきた全て。
どこにも、それはなかったんだ。
おまえの捜しているもの。
どこにも、それはなかった。
でもおまえは、それを見ていた。
おまえの求めているもの。
でもおまえを、それは見ていた。
どこにも、それはなかったのに。
おまえにあるのは、愛、それのみ。
それ以外、なにもない。
おまえは何者でもない。
すべてに恐れ、震えて生きるがいい。
すやすやと眠るおまえを襲ってくれる。
おまえの魂が腐るまで、見届けてやる。
なんにもない浜辺に落ちているおまえの骨を、拾ってやる。
焼かれることもなく塵に棄てられたその骨を、拾ってやる。
そして「くだらん」と言って海に投げ捨ててやる。
その波の干渉はどこまでも円を描き、沈んでいた骨たち全員が歌いだした。

此処はつめたい
何処かあたたかい処へゆきたい








おれのすべて

2017-04-23 01:17:17 | 
苦しいことからわたしは、逃げたぁ~。
悲しいことからわたしは、逃げたぁ~。
肉体的な快楽だけに身を委ねてたぁ~。
そしてそれは死んでいるみたいだったぁ~。
そしてそれは屍みたいだったぁ~。
そしてそれは最早此の世のものではなかったぁ~。
そしてそれは著しく金を欲しがっていたぁ~。
そして俺は高級マンションへ引っ越したいと想ふ。
宝籤を当てて。
そして俺は高層マンションの最上階で腐乱死体と化す。
宝籤を当てて。
それが俺の最期。俺の望む、もっとも俺にお似合いな最期。
俺が何処まで俺を憎んでいるか、御前に見せてやろうか。
俺が何処まで俺を愛しているか、手前に見せてやろうか。
苦しいことからわたしは、逃げたぁ~。
哀しいことからわたしは、逃げたぁ~。
楽しいから笑っている。
悲しいから哂っている。
嬉しいから泣いている。
それが、おれのすべて。
くだらないほど愛しているおれのすべて。










町田康 / 苦しいことから私は逃げた