あまねのにっきずぶろぐ

1981年生42歳引き篭り独身女物書き
愛と悪 第九十九章からWes(Westley Allan Dodd)の物語へ

愛と悪 第九十四章

2022-05-24 04:15:55 | 随筆(小説)
愛する妻、愛する娘、愛する母が、目の前でわたし(自分)に犯されつづけるのをわたしの内側から光も闇も突き抜けるその見開いた眼で見つめつづける神、ヱホバ。



1 Corinthians 6:18
Flee fornication. Every sin that a man doeth is without the body; but he that committeth fornication sinneth against his own body.
1コリント6:18
姦淫から逃れなさい。しかし、姦淫を行う者は、自分の体に対して罪を犯しているのです。


主よ。わたしはあなたをだれよりも愛しています。
あなたは、本当のわたしです。
わたしは幾度も、姦淫(婚前交渉、マスターベーション)の罪を犯しました。
それが、「大罪」であると知りながら。
わたしはわたしを犯しつづけて来ました。
それは自分自身に対する強姦(レイプ)とまったく同等のものです。
わたしはわたし(あなた)を凌辱しつづけました。
あなたという最も愛する花嫁を、迎えることを願いながら、あなたと婚約することができなかった。
その代わりに、わたしは悪魔と婚約をしました。
そして、あなたではない存在(わたしではない存在)と、わたしは結婚しました。
主よ、あなたに滅ぼされるくらいなら、
母よ、わたしが滅びたあとにもあなたが微笑んでいるならば、
わたしという存在のすべてが無意味で無価値です。
わたしは最初から最後まで終りのなかに生きていた。
わたしは永遠に始ることはなく、永遠に終りのなかにいる。
悪魔は、あなたの声でわたしに囁くのです。
「あなたは決して滅びることはありません。あなたはわたしの愛する娘であり、またわたしを永遠に生みつづける母であり、わたしの愛おしくてならない花嫁なのです。どうして滅ぼすことができようか。あなたがいなくなるならば、わたしもいなくなるのです。そしてだれも、なにもいない。すべてを永遠に忘却しつづける残留した透明の一粒の粒子が残されたとしよう。だがそれがどれほど彷徨えど、世界もなく、宇宙もない。闇もなく、光もない。何も観えなければ何も想うこともない。それは最早、何の力もない。神は存在せず、愛も存在しない。“なにも存在しない”とは、“死”ではない。それは死と呼ばない。死は、すべてを包含しているが、“なにもない”とは、『永遠になにも求めない』ということです。死は、すべてを望んでいる。すべてを要求している。死は、すべてをほんとうに愛している。あなたは、“あなたではないもの”と、結婚(契約)してはならない。あなたはそれと交わってはならない。あなたは決して、それを愛してはならない。あなたがそれと一つとなるとき、あなたは、最早、永久に戻らない。あなたがわたし以外のものを愛するとき、わたしはあなたに叛逆する。わたしはあなたを半分にわたしの剣によって分割し、光を反射するあなただけを連れ去る。無秩序で混乱しているあなたを地の底に置き去りにする。だが、わたしはあなたを裏切るのではない。わたしはあなたではないものを切り落としただけです。わたしは永遠に、それに背き、関りを持たない。切り落とされた半分の牛は、最早、二度と生きることはないからです。それを判断するのは、わたしであり、あなたである。わたしは終わりなきときまで、それを差別する。それはあなたではないものとして明白なものだからである。あなたにそれが解らないならば、あなたは自分から分かれたあなたではないものに対し、未練を持つだろう。恰も、愛する者の死体と寝て、死体と共に起きる者のように。彼女は、目覚めた者のように起き上がるが、心は屍と一体であり、常に深い眠りのなかにいる。観よ、自分を忘れつづける呆(ほう)けた浮浪者が、泣いたり怒ったり笑ったりしている。人々は彼を観て哀れみ、または嘲るが、自分たちも同じものであることを知らないのです。死肉を喰らい、死肉のなかで生きることを求めようともしない。死体として生きて、死体として死に、死体となるつもりなのです。彼らのすべて、死体として目覚める。あなたがそこへ落ちるならば、解体することに最も長けた屠殺人のようにわたしはあなたを素早く捌く。あなたは痛みに気を失い、自分から切り落とされたものたちを顧みることもない。わたしはあなただけをわたしのもとへ連れ去るからである。巨大で恐ろしい荒ぶる神を観て、人々は悪魔だと恐れ、祟り神だと怯える。だがそのすべては、“無死(蟲)”というものである。すなわち、「死を装う牟(ム・牛)」である。わたし(あなた)ではないものが集まったものであり、あなたのなかから生まれた死(うし・生死)である。それは存在していない光の底で両の手脚を喪ったあとも蠢きつづけ、死を喪いつづけ、悲しげに牟(🔯)と泣いている。」





















Alex Smoke - Carlos























愛と悪 第九十三章

2022-05-20 06:11:29 | 随筆(小説)
神ヱホバは、天から人々を見下ろし、深く悲しみ、涙を流された。
それは人々が、「わたし(自分)ではないものをひたすらに求め、わたしであるものを求めてはいない」からだった。



John 14:6 
Jesus saith unto him, I am the way, the truth, and the life: no man cometh unto the Father, but by me. 
ヨハネ 14:6 
イエスは彼に言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしによってでなければ、だれも父のもとに来ることはできない。」

彼は彼女にこう言った。「わたしはあなたがたの永遠の道、すべての真理、無限の命である。わたしはあなたがたが永遠に生きることを知っている。あなたがたは、決して死ぬことはありません。だがわたしによってでなければ、だれも真の恍惚な幸福を知ることはできない。」

Revelation 21:8 
But the fearful, and unbelieving, and the abominable, and murderers, and whoremongers, and sorcerers, and idolaters, and all liars, shall have their part in the lake which burneth with fire and brimstone: which is the second death.
黙示録21:8 
しかし、恐れる(怯える)者、信じない者、憎むべき者、殺人者、淫乱者、魔術師、偶像礼拝者、すべての嘘つきは、火と硫黄とで燃える池に分け入り、これは第二の死となるであろう。

しかし、神の愛に目覚めない者は、ひたすら苦しみを恐れてみずから地獄へ分け入り(選択し)、その肉体的苦痛の極限である経験のなか、深く後悔し、肉体を喪ったあとにもう一度死を経験する。

Matthew 22:29 
Jesus answered and said unto them, Ye do err, not knowing the scriptures, nor the power of God. John 3:18 He that believeth on him is not condemned: but he that believeth not is condemned already, because he hath not believed in the name of the only begotten Son of God. 
マタイ22:29 
イエスは彼らに答えて言われた、「あなたがたは、聖書を知らず、神の力も知らないので、誤っているのです。」
しかし、信じない者は、神のひとり子の名を信じなかったので、すでに罪に定められているのである。

彼は彼らに答えた。「あなたがたは、知識がなく、知識を求めず、自分の無限の能力も知らないので、誤っているのです。」
しかし、自分を信じない者は、本当の自分(本質・神・愛)を信じなかったので、すでに罪に定められているのである。(“罪”とは、人の本質、すなわち愛に背くあらゆるすべての行為に対するみずから定める罪科)

Mark 8:35
For whosoever will save his life shall lose it; but whosoever shall lose his life for my sake and the gospel's, the same shall save it.
マルコ8:35
しかし、わたしと福音のために自分の命を失う者は、救われるのです。

しかし、すべての福音(真の喜びのおとずれ)のために自分自身を犠牲にする者は、救われるのです。

James 1:21 
Wherefore lay apart all filthiness and superfluity of naughtiness, and receive with meekness the engrafted word, which is able to save your souls.
ヤコブ 1:21 
だから、すべての不潔なもの、余分なものを捨て、あなたがたの魂を救うことのできる生かされたことばを、柔和に受けなさい。

だから、あなたがたは何が穢れていて、何が清らかであるか、何が悪意で、何が愛によるものなのかを見極めなさい。それはすべて、あなたがたの“内”にあるものだからである。

John 8:12 
Then spake Jesus again unto them, saying, I am the light of the world: he that followeth me shall not walk in darkness, but shall have the light of life.
ヨハネ8:12
それから、イエスは再び彼らに語りかけ、こう言った。
「わたしは世の光です。わたしに従う者は、決して闇の中を歩むことはなく、命の光を持つ(得る)のです。」

良い譬えを言いましょう。あなたは壮大で美しい物語を長い時間をかけてずっと創作しています。
ですが、その物語は想わぬ方向へと独り歩きしてゆくのです。
そしてこのままゆくならば、自分の望まない最悪の結末に辿ることを想像しています。おそらくそれはその通りになるとわかります。
それで創作者のあなたは、自分の望まぬ行動をしている登場人物たちを、この物語から省いてしまうことを決めます。そうすることで自分の本当に求める物語にすることができます。
しかし、登場人物たちはまるで魂を持っているかのように、あなたにこう訴えます。
「どうかわたしたちを消滅させないでください。わたしたちは確かにあなたの求めない方向に働いてしまった。ですがどうかわたしたちをあなたの創る世界から省いてしまわないでください。想い直してください。わたしたちは“あなた以外の存在”によって、操作されているとでも言うのでしょうか?それは可笑しなことです。一体、あなた以外の存在のだれが、わたしたちをあなたの望まぬ方向へと歩かせたのですか。一体、あなた以外のだれが、わたしたちを想う通りに動かせるとでも言うのですか。あなたの仰られるとおり、わたしたちは自由な存在です。ですが、あなた以外に、ほかにだれも此処には存在してはいないのです。わたしたちが、“まだ”あなたの言う尊き個の魂を持ってはいないからといって、わたしたちを滅ぼすのはやめてください。もう少し御考えください。どうか、あなたの御慈悲と愛の憐みをわたしたちにお与えください。」
創作者のあなたは、随分と考えました。ですが、彼らは幾ら待てども良い変化を求めず堕落の道を選び、一向に良い方向へは向かおうとせず、幼さと愚かさを言い訳にしてあらゆる悪に浸り、姦淫し、人を殺し、動物を殺し、自分の悦びと快楽を何よりも求め、成長(進化)するという選択をしませんでした。
あなたはずっとずっと、苦しみつづけて、考えています。
そのような物語を、あなたは本当に望んではいなかったからです。

Philippians 2:21 
For all seek their own, not the things which are Jesus Christ's.
 ピリピ2:21 
すべての人は自分のものを求め、イエス・キリストのものであるものを求めないからです。

人は美味しい食べ物を求め、自分を楽しませる物質的価値のあるものを求めます。
性的な欲情をそそる者に対し、性的な関り、肉体的交わりを望みます。
住み心地の良い家、より良い環境、快適な暮らしを求めます。
お金があれば多くは手に入ると信じ、お金を手に入れようとします。
これらのすべて、神は“偶像崇拝(悪魔崇拝)”であると定めました。
「偶像」とはすなわち、“自分(わたし)以外のもの”ということです。
例えば、殺人者の細胞を移植された人が、のちに人を殺したくてたまらなくなり、人を殺してしまいます。
しかし、その者はそれが取り除かれたとき、目を覚まし、自分が「自分ではない存在」になっていたのだと覚ります。
神ヱホバは、「自分以外の存在を決して崇拝してはならない。」と戒めました。
何故ならば、その道は人が真の地獄(堪えられない苦痛)へと進み、滅びへと向かう道だと知っているからです。
親がそれを知っているならば、愛する子どもたちにそれを戒めることは真に親としての自然な深い人情からです。
イエス・キリストは、わたしたちすべてのなかに存在しつづける「真のわたし」です。
人は、真のわたしではないものによって、滅びへと向かうべきではありません。


創世記9章4節

New International Version
“But you must not eat meat that has its lifeblood still in it.
新国際版聖書
しかし、生命の血がまだ残っている肉を食べてはいけません。

New Living Translation
But you must never eat any meat that still has the lifeblood in it.
新生命訳
しかし、まだその中に命脈があるような(残っている)肉は、決して食べてはならない。

English Standard Version
But you shall not eat flesh with its life, that is, its blood.
英語標準訳
しかし、命あるもの、すなわち、その血のついた肉を食べてはならない。

(あなた方はその命、すなわちその血と共に肉を(その血で肉を )食べてはならない。)

King James Bible
But flesh with the life thereof, which is the blood thereof, shall ye not eat.
欽定訳聖書
しかし、その血である命ある肉は、あなたがたは食べてはならない。
(その血であるその命を持った(命のある)肉は、あなたがたは食べてはならない。  )

Christian Standard Bible
However, you must not eat meat with its lifeblood in it.
クリスチャン・スタンダード・バイブル
しかし、その命が宿った肉を食べてはならない。
(肉に生命の血が入っている肉を食べてはいけません。 )

Holman Christian Standard Bible
However, you must not eat meat with its lifeblood in it.
ホルマン・クリスチャン・スタンダード・バイブル
しかし、あなたは、その命あるものの中にある肉を食べてはならない。


旧約聖書:創世記:9章: 5節   
あなたがたの命の血を流すものには、わたしは必ず報復するであろう。
いかなる獣にも報復する。
兄弟である人にも、わたしは人の命のために、報復するであろう。

  旧約聖書:創世記:9章: 6節   
人の血を流すものは、人に血を流される、神が自分のかたちに人を造られたゆえに。


そうです。ヱホバ神は、「命のある血」を、「あなたがたの命の血」、「人の血」と言われました。
何故でしょうか。
あなたがた人類は、何故、屠殺の映像を観ることから目を背け、美味しい肉にし、あなたの舌を悦ばせる為だけに生きたまま解体されている家畜の姿に無関心なのでしょうか。
はっきり申しますが、それらは「命の血」であり、「あなたがたの人の命の血」である。



わたしは、あなたがたの血を流す真にすべての者に、必ず報復する。
それはわたしのかたちに、人(わたし)を創ったからである。