あまねのにっきずぶろぐ

1981年生42歳引き篭り独身女物書き
愛と悪 第九十九章からWes(Westley Allan Dodd)の物語へ

愛と悪 第七十四章

2021-03-27 07:52:23 | 随筆(小説)
かたちなく、しきなく、おとなく、ひなきところのかみ、エホバ。
わたしが目を開けたとき、何も見えなかった。
わたしはだれかに呼ばれて此処にいるとわかったが、だれがわたしを呼んだのかわからなかった。
わたしは闇の空に、どれほど独りでいただろう。
孤独に震え、自分を呼んだものを呪おうとしたときだった。
一匹の光る竜が、わたしの周りを舞うように泳いでいるのが見えた。
その美しさに、わたしは心を奪われ、それをわたしのものにしたいと想った。
わたしの側を離れないそれと、わたしは交わることを夢に見た。
光る竜は、わたしを拒むことなく受け容れ、わたしの肋から垂れる幾本もの帯のひとつが、彼女の深い処の宮の大きな樹に巻き付いた。
そしてすべての枝先から垂れる雫とわたしの帯先から出る水が交り合い、地に無数の卵が落ちた。
わたしはその瞬間、世が天と地と巳(み)に分かれたのを知った。
わたしはそれを祝福し、竜が卵を抱いている形”み”をわたしたちの子たちに母と子の象徴として与えた。
子供らは、母である彼女を”カカ”と呼び、父であるわたしを”ゴズ”と呼ぶようになった。
カカは、最初の子を”アリ”、次の子を”ウトゥ”と名付けた。
彼らは顔が瓜二つの双子であったが、ほんの少し、早く生まれたのがアリだったからである。
しかし、アリはすべてにおいてウトゥに優っていた。
アリはすべての願いは叶うと信じたが、ウトゥはすべての願いは叶わないと信じたからである。
ある日、アリはウトゥに言った。
おまえは自分の最も大事なものを父に捧げないで、願いが叶うとでも想っているのか。
ウトゥはそれで、自分が最も大切に育ててきた牛の仔を生きたまま火のなかに入れ、それを父に捧げた。
ゴズは、酷くそれを喜んだ。
その脂肪の焼ける匂いはなんとも馨しく、恍惚とさせるものだったからである。
アリは、それに嫉妬し、ウトゥに言った。
おまえは父上の顔を知っているのか。
ウトゥは知らないと答えた。
アリは、自分も知らなかったが、ウトゥにこう言った。
おまえが父に捧げた燃えゆく牛の顔と同じ顔をしている。
ウトゥは、泣きながら地に突っ伏してアリに問いただした。
父上は目が見えないのですか。
アリは、笑って言った。
父上は目は見えるが、あんまり遠いところにいるため、それが自分と同じ顔をしたものだと気づかなかったのだ。
ウトゥはアリに向き直り、噛んだ唇から血を流しながら言った。
あなたはわたしに何の恨みがあるのか。
アリは微笑みながら言った。
おまえはカカ上の右の乳房が自分のものだとでも想ってるようだが、それはわたしのものである。
ウトゥは呆れたように首を横に振り、幕舎に帰って眠りに就いた。
アリはカカの右の乳房から出る乳は金を砕いた黄金色の血の味がすることを知っていたのである。
しかしウトゥは、それを知らなかった。
ウトゥは、自分の存在を呪い、自分のすべてを捧げることを父に誓い、赦しを請うた。
アリは、そんなウトゥに、自分の”父母から最も愛される特権”を奪われぬ為にウトゥが眠っている間にその四肢を切り落とした。
そして彼を覆っていた白い布を引き剥がした。
するとそこに、一匹の哀れな蛇が、腹から血を流して苦しんでいた。
アリは剣を地に落として叫んだ。
おお、カカよ!赦し給え!わたしはあなただと知らなかったのです。
カカは、自分の四肢を切り落とした剣に巻き付いて言った。
おまえは自分の顔を知らぬのか。わたしの顔をよく見なさい。
アリは初めて、カカの顔を見た。
すると、その顔は二本の角が生えた牝牛のように見えた。
アリは、地に崩折れ、とぐろを巻いて丸くなったカカを抱き締めると言った。
わたしは地の終りから地の終らぬ日までわたしを呪いつづけるだろう。
そして鉾を空高く掲げるとその鉾先に自分の顎から頭の天辺まで突き刺し、みずからを串刺しにして両手を翼のように広げた。
すると見よ、亀裂が稲妻のごとく速さで地の果てまで走り渡り地と空のすべては龍の這う脈のように罅割れ、子供らは互いの姿が見えなくなり、争い、殺し合うようになった。
天からそれを見ていたゴズは、それはそれは悲しみ果て、自分の尾を切り落としてそれを地に落としたが、人々はその尾の切れ目から生まれた牛の仔を殺し、火で焼きつづけた。
アリはその燃え盛る炎の地の上で夜空を見上げた。
そこに、牡牛の頭の形に光る星を見た。
彼は、天にも地にも自分の居場所がないのを知り、巳へと独り降りて行った。
二本の角と、一本の尾で這うように降りた為、三つの血の帯が、どこまでも深く地に続いた。