日蓮聖人のご霊跡めぐり

日蓮聖人とそのお弟子さんが歩まれたご霊跡を、自分の足で少しずつ辿ってゆこうと思います。

福船山安立寺(横浜市金沢区町屋町)

2017-08-16 11:00:14 | 旅行
日蓮聖人の活躍された鎌倉時代、千葉から鎌倉への交通は海路が主流だったようです。
現在でこそ湾岸線やアクアラインがあるので当然陸路を選びますが、当時は江戸川、荒川、多摩川・・・など多くの川を越えなきゃなりませんからね、東京湾を船で渡るのが安全かつ早かったのではないでしょうか?


立教開宗の翌年、日蓮聖人と富木常忍公は下総からの船上で問答をしました。
天台宗のお坊さんだったのに、なぜ急にお題目を唱え始めたのか・・・日蓮聖人を若い頃から支援してきた富木常忍公は、疑問や不満をぶつけたと思います。


日蓮聖人は丁寧に、仏様の中心は「久遠実成本師釈迦牟尼仏」であり、その教えは「法華経」に依るべきだということを説き、富木常忍公は教化されました。


今回は上行寺に引き続き、金沢八景のご霊跡を訪ねます。
風光明媚な金沢八景は、多くの浮世絵にも描かれてきました。


釣り宿も多いですね~!
馴染みのある魚の名前が並んでいます。


このへんの街路樹はサルスベリです。
ちょうど開花の時期!!


目指している安立寺がありました!


「船中問答霊場」の法塔があります。


山門です。
訪問したのがちょうど新盆供養会の直前、めちゃくちゃ暑い頃でした。


山号は「福船山」です。


本堂です。
・・・お?あの紋は!!


桔梗紋だ!


中山法華経寺と同じ、桔梗紋が掲げられています。


「感應祖師」
このお寺には富木常忍公ご真刻の祖師像が安置されているそうです。
船の甲板に腰掛けているお祖師様のご尊像のようですよ。

「感應(感応)」は仏教用語でもあるようで、仏様の人への働きかけ、またそれを受け止める人の心を「感應(感応)」というそうです。
船中問答のやりとりは、まさに「感應」だったのでしょう。


ところがもう一人、船中で「感應」されたお坊さんがいました。
このお寺を開いた日悟上人です。


歴代お上人の御廟を参拝。
現在のお上人で41世・・・気の遠くなる時間を越えて、脈々と受け継がれています。


確かに開山は、安立院日悟上人となっています。


注釈が刻まれていますね。
「悟明法印と称し、宗祖に対面、帰伏し、改宗の運をひらく」


もともとはここは真言宗僧侶・悟明法印のお寺だったのです。
たまたま下総からの船に乗り合わせて、日蓮聖人と富木常忍公の船中問答を聞いていた悟明法印。
まさに「感應」し、改宗しました。
日蓮宗の法名・安立院日悟上人が、安立寺の寺名の由来でしょう。


僕は、石板に刻まれていた「改宗の運をひらく」という言葉が心に浸みました!
日悟上人は自ら感應して運を開いたんですね!


このお寺のトレードマークともいえそうな、枝ぶりの見事な松。
よく手入れされています。ご苦労様です。


帰り道、こんな碑を見つけました。
この付近で大日本帝国憲法制定のための起草がなされたようです。


この付近にあった「東屋」という料亭で密かに練られたみたい。
それまでの国制をガラっと変えた起点ですね!

安立寺さんを訪問した直後だけに、船中問答と重なりました!
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