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日蓮聖人のご霊跡めぐり

日蓮聖人とそのお弟子さんが歩まれたご霊跡を、自分の足で少しずつ辿ってゆこうと思います。

日朗上人御手作井戸(身延町身延)

2018-06-10 15:58:14 | 旅行
梅雨入りしたばかりの6月初め、長い間の念願であった七面山登詣を妻と二人でしました!

最近では車で七面山の麓まで行き、日帰りで登下山をする方も多いと聞きますが・・・
せっかくの機会なので敢えて、僕たちは古(いにしえ)の先輩信徒達が信仰登山に用いた道を、歩いてみようと決意しました。

2泊3日の登詣の道では、日蓮聖人とそのお弟子さん達のご霊跡が沢山ありましたので、少しずつ紹介したいと思います。


旅の前日午後に、身延に前乗りしました!
時間があったので久遠寺本堂地下にある宝物館を見学しました。


現在、「女人の法華信仰」という特別展示をしていました。
特に女性信徒に七面山登詣の道を開いた養珠院お萬様に関する展示が充実していましたよ!


御廟を参拝。
明日からの旅、十分な敬意を払い真剣に登ります、とお祖師様に誓いました。


お萬様の墓所にも手を合わせました。


来週は開闢会なんですね!
境内の至る所で幕を替えたり枝を払ったり、準備が進められていました。


今晩は三門横の松井坊さんに前泊!
お世話になります!!


松井坊は14世紀中頃に波木井家の方が開いたということです。


伝教大師がお作りになったといわれる、妙見様のご尊像が安置されているそうです。

食事が美味しくとても居心地のいい松井坊で、ぐっすり熟睡しました!


翌朝は天気予報通り、雨!
この雨で関東甲信地方は梅雨入りとなりました。
朝5時に三門をくぐり、旅はスタート!
※雨のため、画像が不鮮明な部分があります。


ピントが合ってなくてごめんなさい!
目の前に屹立する菩提梯に動揺してたのかな~!?
最初の関門です!


ほぼ45度の287段!
お題目を唱えながら・・・


何とか登り切りました!


本堂で5時半からの朝勤に参加したあと、松井坊で用意してくれたお弁当で朝食を摂り、


7時に出発!!
上の山をひたすら登ります。


本地堂を過ぎ、まずは10丁目!


丈六堂を参拝。お釈迦様、見守って下さいね!


わ~、霧が濃くなってきた


20丁を過ぎて


大光坊を参拝。
大黒様、妙見様にも旅の安全を祈りました。


ここからは歩行者のみの道になります。


当然、舗装もなくなります。


倒れちゃってるけど30丁っ!


青木林という杉林。
違う次元の世界に来たような錯覚。


そして・・・
ちょうど40丁目


お?建物だ!
大光坊を過ぎて以来、久しぶりの建物なので、すごく安心します。


水屋・法明坊です。
「日朗菩薩鏡井戸」って書いてあるぞ。


これがその井戸ですね!


日蓮聖人とともに身延山頂(今の思親閣のあるあたりかな?)に登られた日朗上人は、日蓮聖人の喉が渇いているんだろうな、と覚ったそうです。
しかし頂上に水などありません。

早速日朗上人はどこかに沢の水、湧き水などがないか、山中を探しに行きました。


もちろん一面の深い森、それも道なんか整備されてない単なる急斜面ですから、飲み水探しは難儀したと思われます。


鬱蒼とした山中を10丁ばかり下って、日朗上人はやっと、やっと石清水を見つけたそうです。

・・・実際に歩いてみるとわかりますけどね、せっかく登った急斜面の10丁を下るのって、ものすごくやるせないっていうか、喪失感があるんですよね~


日朗上人は竹筒に水を汲み、また10丁を登って日蓮聖人に差し上げました。
本当に冷たくて美味しい水だったのでしょう、日蓮聖人はとてもとても喜んだそうです。

以来、日蓮聖人が身延山を登る際には、日朗上人がこの石清水を汲んで差し上げたそうで、「日朗上人の井戸」と呼ばれるようになったといいます。


(↑は鎌倉松葉ケ谷・安国論寺の日朗上人御荼毘所の扁額)
日朗上人のご霊跡には「師孝第一」の文字が多く見られますが、日蓮聖人の為であれば自分の犠牲を厭わない、その姿勢は時代を超え、現在でも僕たちの心を揺さぶります。
実際にその場に行ってみるとなおさら、そう思うはずです。


法明坊は山頂まであと10丁、いちばんキツい場所にある貴重な休憩所でもあります。
当日はこのへんから雨が本降りになってきたので、屋根と椅子のある小屋がありがたかった~!


さあ、頂上の思親閣までもう少し、カラ元気で頑張るぞ~!!
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