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会津の旅人宿 地域との交流・旅人との交流が盛んな【会津野】宿主ブログ

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【会津野】社会契約論 ロールズの巻

2017年04月21日 | 宿主からのブログ

おはようございます。旅人宿 会津野 宿主の長谷川洋一です。

まだ、「社会契約論」(重田園江著)を読んでおります。

【会津野】契約とないったいなんぞや【会津野】暗黙の了解とはなんぞや【会津野】社会契約論 ルソーの巻と続き、今日の投稿がこの本を読んだことを書く最後となります。

ホッブス、ヒューム、ルソーの思想と続き、最後のロールズを読み、社会契約論は社会学的思想の古典と思っていたものが現代でも、おおいに活きていると感じさせられました。

ヒトの持つ利己心について、4人の思想を端的にまとめているところがありましたので、ご紹介しましょう。

★ ★ ★

狭隘な利己心をどこかで終わらせることでしか秩序が生まれないというのは、ホッブス、ヒューム、ルソーの共通認識になっている。ホッブスの場合、人々は相互性(お互いさま)の観念と約束の拘束力を通じて、第三者としてのリヴァイアサンを設立する。ヒュームの場合、利己心とは別種の感情である共感から道徳原理が生まれ、また、長期的利益のために目先のエゴイズムを乗り越えることで、コンヴェンションに基づく秩序が生まれる。ルソーの場合、具体的で個別の自己である特殊な人間が、一般的立場の自己、あるいは自己を含む社会共同体と約束を交わすことで、エゴイズムを乗り越える。

ロールズは、ルソーが描いた原初の契約を交わすことによる公的世界の生成を、原初状態における情報の遮断と、そこでの人間の推論のあり方へと読み替える。たしかに人は、原初状態ではエゴイズムの立場を棄てる。でもそれは、人間が突如として聖人や天使になるからではい。情報の制約によって、利己的に考えるとは、エゴイスティックに行動するとはどういうことなのかが分からなくなるからだ。

★ ★ ★

ボクなりのたとえでいえば、ある人(A)がエゴイズムによって不公正なことを考えたとして、他の人が不公正な考えでAが不公正なことを強いられたとしたら、Aは公正な社会で公正に扱われる方がマシと思うようなことを、論理的に説明している内容です。

震災などで大変な思いをする人々がいるとき、何か協力をしたいと思っても何もできずにいると、いざ自分が被災者となったとき、協力を得られず茫然とすることを想起します。そういうとき、公正な社会契約の秩序に従い、支援体制を保障する法や体制があることは、ルールによる制約を超えた生きる希望になると、この本を読んでボクは感じました。

でも、古くに制定された法は、「なにかおかしい」ということもしばしば。著者の重田園江さんは、そのおかしいことが、社会契約論をこの現代で振り返るきっかけとなったようです。

ヒトの社会で生きていくための秩序、その基本となる社会契約論。やはり、おさえておきたいところです。

今日も素敵な一日を過ごしましょう。


【会津野】社会契約論 ルソーの巻

2017年04月20日 | 宿主からのブログ

おはようございます。旅人宿 会津野 宿主の長谷川洋一です。

さらに引き続き、「社会契約論」(重田園江著)を読んでおります。

今日は、【会津野】契約とないったいなんぞや【会津野】暗黙の了解とはなんぞやの続きです。

本は、ホッブス、ヒュームの思想を説明したのち、次はルソーの思想へと内容は進みます。

まず、ホッブスは、自然状態から人々の社会は始まり、契約による政治社会が形成されるといいます。

ヒュームは、契約ではなく、コンヴェンションという、暗黙の了解のようなことが社会を形成するといいます。

そしてルソーは、ホッブスの言う自然状態から文明が進むことで政治社会が出来上がり、そののちに繁栄して、腐敗して、堕落して、また新たな政治社会が始まるという、循環の説を唱えます。そして、一般意思という、つかみどころのない概念を唱えます。

著者の重田園江さんは、この一般意思について説明を試みるも、最後に断念し、ロールズの語った原初状態という仮想の状況設定の中に一般性の視点に立つとはどういうことか、という説明に一般意思の説明を譲り、ルソーの章を終えます。

さあ、最後のロールズの説明を残すのみになりました。

ここまでで、一般意思を持つ法の下の個人は特殊意思を持つ存在であり、法は一般意思なので例外を持たないのだという思想が、社会契約論の根本にありそうなことを想像するようになってきました。

その認識があっているのかいないのか、ロールズの章を読んで、さらに理解を深めていこうと思います。

今日も素敵な一日を過ごしましょう。


【会津野】マンガ「うつヌケ」

2017年04月19日 | 宿主からのブログ

おはようございます。旅人宿 会津野 宿主の長谷川洋一です。

マンガを読みました。「うつヌケ」(田中圭一著)です。

 

「鬱」を発症する方々が、私のまわりにもいらっしゃいます。

私も「ガビーン!」とするような場面に出くわすと、「オレ、鬱になったかな?」と思うときがありますが、忘れっぽい性格からか、気分転換すると本当に忘れてしまい、深刻な状況にはならずにいます。

鬱を経験した著者が、長いウツのトンネルから抜け出した経験を元に、鬱を患った方々へのインタビューにより描かれたのが、このマンガです。

このマンガから2つのことを学びました。

ひとつは、ウツ状態になったら、迷わず休むこと。

もうひとつは、誰かのためになっていることを実感する場面に遭遇する行動を起こすことです。

特に2つ目は、自分の仕事のエンドユーザに逢い、その仕事が社会と自分にとって必要なことであったことを実感することが大切なのではないかと思いました。

私の場合、組織に属さない自営業者ですので、常にエンドユーザと接する仕事の形式です。

なので、ウツにならずにいられるのかもしれません。

職場の人間関係に悩む人が多いようですが、そういう時こそ、エンドユーザに支えられていることを実感する行動を起こすべきでしょう。

そんなことを考えさせてくれるマンガでした。

今日も素敵な一日を過ごしましょう。

※コメントは、旅人宿会津野Facebookにて承ります。
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【会津野】暗黙の了解とはなんぞや

2017年04月18日 | 宿主からのブログ

おはようございます。旅人宿 会津野 宿主の長谷川洋一です。

引き続き、「社会契約論」(重田園江著)を読んでおります。

今日は、【会津野】契約とないったいなんぞやの続きです。

ホッブスに続き、ヒュームの章を読むと、「コンヴェンション」という言葉が出てきます。

ホッブスの社会契約論と、ヒュームのコンヴェンションの対比をまとめた良い表があります。

★ ★ ★

 

コンヴェンション

社会契約

社会生活

すでに一定程度成立

バラバラの自然状態から作る

成立の形式

言葉がなくてもよい

定型化された言葉か意志表示

相手との関係

期待に応えることを予測

約束を交わせるかどうか不確実

秩序の成り立ち

意図の読み合いとその成功

秩序が成立するかどうか予測不能

秩序生成に必要な時間

一定の時間をかけて徐々に秩序が生成する

一度きりの約束で一気に秩序が生成する

★ ★ ★

ヒュームは、政治社会には約束はないと言い、あるのはコンヴェンションだといいます。

我々の用いる「暗黙の了解」に近い感じです。

ただ、重田園江さんは、この暗黙の了解とは違う形の政治体制がこの世界に存立しうる、という。

ヒュームは、論理的に矛盾しているように感じるけれど、根源的なはじまりには約束があったとも言う。

現実の社会は、剣と刀による支配が実際だ。根源的な約束の上で、コンヴェンションによる社会形成が行われたとしたなら、剣と刀による支配とは、征服におびえる社会であっただけなのだろうか。

次に出てくるルソーは、この問いに応えた思想家だと予告を出して、この章は終わります。

今日も素敵な一日を過ごしましょう。

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【会津野】契約とないったいなんぞや

2017年04月16日 | 宿主からのブログ

おはようございます。旅人宿 会津野 宿主の長谷川洋一です。

「社会契約論」(重田園江著)を読んでおります。

なんだか難しい世界に足を突っ込んでしまったと思うものの、ホッブズ、ヒューム、ルソー、ロールズの各思想家たちの著作から、社会契約に関することを詳しく引用し、述べている内容の書籍です。

まず、ゆっくりとホッブスのところを読んでみました。

著者がホッブスの社会契約論をまとめているところを少し引用してみます。

★ ★ ★

社会契約論という近代を創った思想の出発点にあるのは、崇高で冒すことのできない人間の尊厳、その意味で不可侵の人権ではなかった。それは、貴賊も社会的地位も身分も財産も老若も男女も問わず、ものすごくくだらないことにこだわり、欲望にはかぎりなく、そしてどうしようもないことで言い争い、同じパターンの醜いけんかをいつまでもくり返す、そういう人間認識だったのではないか。

(中略)

しょうもなくくだらない人間から秩序を作るために、ホッブスは人間と人間との約束という、当事者にある種の対等性が求められる関係に注目する。人間たちが政治社会を構成するためには、相手がたとえ誰であっても、ことばやしるしを伴って交わされた約束に例外なく縛られるというルール、約束によって無理やりにでも相手を引き込んでしまう、関係そのものが生み出す力が必要だった。醜くしょうもない人間たちは、ばかばかしいことでいがみあい争うけれど、彼ら自身が交わす約束に内在する力から、約束へと巻きこまれる。契約が持つ力は、それぞれの人が交わす無数の約束に内在する力として、アソシエーションを維持するために作用し続けるのだ。

(中略)

約束が交わされたとたん、関係そのものから拘束力が生まれる。だからそれは、約束自体に内在する力なのだ。しょうもない人間たちは、それでも相互に約束を交わすことができ、そこの内在する力は、契約の力、約束の力となる。それが政治社会形成の原動力となり、それを維持する基礎的な結合力、引力となる。

人間へのこれほどの信頼、あるいは人と人との関係へのこれほど絶大な信頼の思想が、いったいほかにあっただろうか。ホッブスの社会契約論が、近代における人間の最も強力な擁護者だというのは、こういう意味なのだ。

★ ★ ★

なるほど。契約と、契約から生じる拘束に内在する力が、社会を支えているということですね。

実社会では、「暗黙の了解」や「社会通念」などという分かりにくい契約に似たものに良く出くわします。

どんなに一匹オオカミな生き方をしても、近代社会では契約からは逃れられないもの。

ただこういう状況の中で、「2年縛り」のような不利となるものを盛り込み、商品の対価を安く見せかける契約も存在しています。

商品売買の契約は、社会契約とは違うと言えばそれまでだけど、しょうもない人間がしょうもない人間をだます争いを、永遠と繰り返しています。

社会契約という人間の擁護者を悪用する醜い商人の世界からは、さよならしたいものだ。

ヒューム、ルソー、ロールズの章も楽しみだ。

今日も素敵な一日を過ごしましょう。

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